日本円で500万円くらい
この世界にはテレビみたいな物もパソコンみたいな物もあるのに、電源がどこにもないからどういう原理で動いているのか不思議だった。
やっぱり、異世界だけあって魔法のようなものがあるのか。
ここまで乗って来た馬車の馬は、恐らく金属でできていて内側に術式が刻まれていたんだろう。
ソフィアが言うように新しい調理器具を作るなら、圧力鍋とか欲しい。
俺の経験上、俺みたいなのは下手に凝った料理を作るよりも雑な料理を作った方が好感度が高い。
しかし、ここでは3食任されているんだし、ちょっとレパートリーを増やすか。
圧力を掛ける術式は何だと本を調べていると、時間を操れそうな式を見つけてしまった。
これはもしかして、料理番組でよく観る「こちらが事前に準備していたものです」ができるんじゃないか。
「きゃああー!!」
真剣に考えている俺の後ろで、掃除中のアリベルが水の入ったバケツをひっくり返して派手な水音が響いた。
「何してんだよ、アリベル」
「うるさいわね!邪魔だからあっち行きなさいよ!」
「俺が先にいたんだけど……」
リビングの絨毯がびしょ濡れになって、アリベルは慌てて拭いていた。
俺が近付くと、アリベルは警戒して雑巾を盾に俺から身を離す。
俺の頬にはアリベルに一回ビンタされた痕が赤く残っている。
アリベルは、夜更かしをすると風呂に入って髪も乾かさずに裸で寝てしまうことがあるらしい。
昔から度々あることで、教えていなくて悪かったとソフィアには謝られた。
俺に非はないと思うんだけど、裸を見ちゃったのは確かだから、一発殴られてチャラにした。
「掃除なら俺がやるから、昼寝でもしてろよ」
「いいの、私の仕事だもん!」
薄い鉄板に《火》の術式を書いて、範囲を指定して熱を抽出する。
鉄の板をパタパタと仰ぐと、簡易ドライヤーみたいになって絨毯がすぐに乾き始める。
一回使うだけなら終わったら消せばいいだけだから、簡単な式で済む。
「あんた、四術式をもう使いこなしてるの?」
「アリベルはこれを使わないのか?楽だろ」
「私は、あんまり好きじゃないの」
「なんで?あ、もしかして、めっちゃ使用料かかるとか……?」
「使用料?違うわ、お金はかからないけど、賢者の石の力の使い道は全部神王に知られちゃうの」
「全部?」
「そうよ。誰が何に使ったとか、どこで誰に使ったとか、全部よ」
俺は手を止めた。
掃除を手伝うついでに鉄板を使った、それだけで今の神王に筒抜けになっているということか。
「ふーん、監視されてるみたいで、ちょっと嫌だな」
「でしょ。だから、私は自分でやるの!」
そう言いながらアリベルはゴシゴシと絨毯を拭いていた。
力が強すぎて絨毯がどんどん伸びていくから、俺はさりげなくアリベルを制して簡易ドライヤーで絨毯を乾かす。
「……どーも」
不貞腐れた顔で言ったアリベルの首にも、賢者の石が掛かっている。
俺が見ているのに気付いて、アリベルが首飾りを服の下から引っ張り出す。
「これも同じ賢者の石の欠片よ。でも、神王の原石と分離しているから、何に使っても神王にはバレないの」
「つまり、神王候補者が神王になるために悪い事する時は欠片を使えってこと?」
「そういう事でしょ」
「ああ、そういや神王ってどうやればなれるんだ?」
「それは……次期候補者の誰を選ぶかは、現神王が全部決められるの」
「え、じゃあ、不義の子のソフィアが選ばれる可能性って、かなり低いんじゃないか」
「なによ、ソフィア、あんたにそんな風に教えたの……?」
アリベルは嫌そうな顔をしたけど、渋々頷いた。
「まぁ、そうね。でも、神王が好きな人を選べるわけじゃないのよ。民を納得させないといけないから……」
アリベルがリビングの暖炉の上にあった本を持って来た。
開いてみると図鑑のようでイラストや写真が多い。
この世界の文字を完全に理解していない俺でも内容は何となく掴めた。
毛むくじゃらで巨大な四本足の獣、グレイ型エイリアンみたいな人間に近い二本足の生物、煙の塊みたいな謎の物体。
「これは、妖怪図鑑か……?」
「よーかい?違うわ、この世界に生息する神竜っていう生き物よ」
「これが神竜……」
なんだか、あんまりかっこよくない。
竜と聞くと、巨大なトカゲを思い浮かべてしまうけど、この世界の神竜は大きさも形もバラバラらしい。
「神竜は体のどこかに竜石が付いてて、色は5色。緑、蒼、紅、黒、銀」
アリベルの説明を頼りに図鑑を読んでいくと、緑が一番弱くて一番多く発見されていて、順番にレア度が上がって銀色が一番強くて一番珍しいらしい。
図鑑には、緑竜の写真やイラストは多く載っているのに、銀竜の情報は殆どない。
過去2、3回、はっきりしない目撃情報が残っているだけらしい。
「私は前に軍の訓練の時に偶然蒼竜に遭遇したことがあるわ。死者は出なかったけど、怪我人が沢山出た。神竜を倒すのはそれくらい大変なの」
「へー?で、これを倒すと何かいいことでもあんの?」
俺が尋ねると、アリベルは図鑑を捲って勲章の写真が載ったページを指差した。
黒竜以上の神竜を倒すと、竜騎士の称号を得る。
派手な勲章と恭しい授与式で、貰っておいて損はなさそうな称号だ。
「竜騎士はこの世界で神王に次いで名誉なことなの」
「竜騎士になれば、そのまま神王になれるってこと?」
「そんな単純な話じゃないけど……でも、竜騎士を神王に選ばないのはどう考えても不自然。もし選ばないのなら、民を納得させるために説明しないと」
つまり、ソフィアが竜騎士になれば、神王は不義の子だから選ばないという選択肢が無くなる。
ソフィアの他の候補者は、実の息子に金持ちに世界一の歌姫。
どう考えても他の候補者を選んだ方が神王を引退した後も甘い汁を吸えそうだけど、表向きの適当な言い訳が通じなくなる。
「ソフィアが選ばれるには、それしか方法がない……だから、ソフィアを神王にするために私とあんたの目標は、黒竜を倒してソフィアに竜騎士の称号を与えること」
「うーん、俺、人は殺すけど動物はあんまり相手にしたことないなぁ。それより、俺が候補者の3人を殺すってのはどう?」
俺はソフィアが早くそう依頼をしてくれないのかと待っているところだ。
それなのに、アリベルは緑の瞳を鋭くして俺を睨んで来た。
「あのね、この世界では人を殺したら罪になるの。ソフィア以外の候補者が全員殺されたら、ソフィアが当然疑われちゃうでしょ!」
「えー……でも、それが一番手っ取り早くて簡単だろ?」
「あんたが18人殺した事がうやむやになってるけど、ソフィアの力で揉み消してやってるだけだからね!本当は呑気に掃除してられる立場じゃないんだから!」
「そうだよな、掃除はアリベルの仕事だもんな」
「そういう事じゃない!とにかく、この辺りでは、竜の目撃情報が多く寄せられてるの。黒竜とか銀竜じゃないけど、神竜退治の練習にはなるでしょ」
「でもさ、黒と銀じゃないと竜騎士になれないんだろ?他の竜を倒して何か意味あんのか?」
「だから、練習よ。それに、1体倒せば3人で1年間暮らせるくらいの褒賞金が出るわ」
「え?お金貰えんの?」
それは、少し興味出て来た。
今、ソフィアがお金を全て出してくれるから不自由はしていないけど、今よりもリッチな生活ができるなら悪くないと思う。
それに、貯金はいくらあっても無駄はない。
竜1体殺して3人で1年間暮らせる金額って、殺し1件10万円なんて段違いの金額だ。
「頑張ろうな、アリベル!」
「と、突然張り切り出して、どうしたの……?」
アリベルは微妙な顔をしていたけれど、俺はやっとこの世界でやるべき事が見えてきて燃え上がっていた。




