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世界最強の殺し屋は異世界で静かに暮らしたい 〜最凶の殺し屋一家の三男が、最弱の神王候補に雇われた件〜  作者: 霜月ネル
第2章 異世界アスピシオン

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大切なのは最初じゃない

 この世界に来てから初めてまともに食事ができて、あったかい風呂に入れた。

 しかも、ベッドの上で、新品の柔らかい布団に包まって寝れる。最高に幸せだ。

 しばらくベッドに転がって柔らかさを堪能していたら、部屋に誰かが近付いて来る気配を感じた。

 少し待っていると、戸惑いがちにドアがノックされる。


「……入ってもいい?」


「いいよ」


 部屋に入って来たアリベルは、風呂に入った後の湿った赤い髪がペタンと胸や肩に垂れていた。

 大きなシャツを一枚だけ着ていて、無理して着ているメイド服よりも似合っていた。


「起きてた?」


「風呂に入ったし、腹いっぱいだし、ちょうど寝るところだった」


「……私が作った分、マズいなら全部食べなくてもよかったのに」


「何でだよ。せっかく作ってくれたのに。俺が腹減ったって言ったから、沢山作ってくれたんだろ」


「そうだけど……」


「食えないほどじゃなかったよ。でも、明日から俺が作るから」


「うるさいわね!わかってるわよ!」


 アリベルはそう言うと、ベッドに腰掛けていた俺の肩を掴んで布団に押し倒した。


「何だ?まさか、夜這いに来たのか……?!」


「違う!顔を赤らめるんじゃない!治療が途中だから、続きをしに来たの!」


 アリベルは右手で首に掛けた赤い石に触れて、左手を俺の服の中に突っ込んで来た。

 ほぼ痴漢行為だし、誰がどう見ても夜這いだ。


「アリベル、積極的だな」


「勘違いしないでよ!直接触った方が簡単なの」


 アリベルの手が触れた箇所から痛みがすぐに引いて行く。

 賢者の石とかいう便利な力を使って怪我を治してくれているのは確からしい。


「なんか、派手な古傷が多いわね。あんた、そんなに弱いの?」


「俺にも色々あるんだよ。変わり者の兄貴がいたり」


「あっそ。私はソフィアと姉妹のように育ったけど、ケンカなんて殆どしなかったわ。ソフィアと私は心から信頼し合っているの。言葉が無くても目と目で通じ合える……だから、あんたが入る隙はない!」


「お、おう……」


 気付いていたけど、アリベルのソフィアへの愛は尋常じゃなく重い。

 無駄な怪我をしたくないから、2人の間に首を突っ込まないようにしよう。

 でも、食事の前のアリベルとソフィアの様子は、ちょっと引っ掛かっていた。


「アリベルは、ソフィアの世話をずっとしていたのか?」


「違う。前まではソフィアは自力で歩けていたから1人で生活できたの。車椅子が必要になったのは、石の力を使ってあんたを招いたから」


「へぇー……異邦人を招くってのは、大変なんだな」


「そうよ。相応の犠牲を払ってあんたを招いたんだから、役に立たないと許さない」


「まぁ頑張るよ。それで、神王っていうのはソフィアでも務まる仕事なのか?」


「な……っ!あんた、ソフィアを馬鹿にしているの?!」


 アリベルが服の下で俺の体に爪を立てた。

 猫のように鋭く光る緑色の目が、数センチ先で俺を睨んでくる。

 でも、まぁまぁと宥めると、アリベルも俺が言いたい事はわかっているのか少し力が緩んだ。


「ソフィアは何か特殊能力がありそうだけど、目も見えないし足も悪い。味方もお前しかいない。神王ってのは、そんな奴がやっていける仕事とは思えないけど」


「それは……」


 アリベルは俺の上から下りて、ベッドに腰掛けて俯いた。膝に置いた両手を固く握りしめている。


「そうよ……でも、現神王に指名されたら候補者争いからは逃れられない。なのに、最終的に神王に選ばれなかった候補者は、この世界で迫害される。味方は処刑されるし、財産は取り上げられるし……何も持っていないソフィアは、殺されちゃうかも……」


「はぁ……シビアだなぁ」


「だから、ソフィアは神王にならないと。どんな手を使ってでも……だけど、それは他の候補者も同じだから、私もあんたも命を狙われるかもしれない」


「へー?まぁいいよ」


「勝手に呼ばれてちょっと悪いとは思うけど、怖くて無理だって言うなら……って、いいの?!」


「うん。お前らのお遊びに協力する気はなかったけど、命が懸かってるなら俺も真面目にやるよ」


「そ、そう。それならいいんだけど……なんで?」


「なんでって、何が?」


「あんた、乗り気じゃなかったでしょ。命が懸かってるって、別にそれで逃げようとしてもよかったんじゃないの」


「まぁそうだけど。そっちの方が面倒だろ」


 アリベルは少しの間、俺の顔を見ていた。

 何か言いたそうにして、結局「……そう」とだけ言った。


「ところで、ソフィアはどういう条件で俺を招いたんだ?」


「知らないわ。詳しく聞いていないけど、多分、『異世界で最強の人間』とかじゃないの?」


「ふーん……」


 顔も知らない異世界の人間なんだから、俺の名前をピンポイントで指名したんじゃなく、何か条件を指定したはず。

 あの世界で最強の人間を呼んで俺が来たってことは。

 これは、あまり良い状況ではない。


「うん……できる限り頑張るよ、俺も死にたくないし……」


 妙な沈黙が流れてしまってそう誤魔化すと、横にいるアリベルの顔色が悪いのに気付いた。

 部屋に入って来た時は普通だったのに、青白い顔で額を抑えていて、呼吸が弱々しい。


「どうした?」


「い、石の力を使うと、私の力が奪われるの……」


「はぁ?じゃあ無理して俺の治療なんてしなくて良かったのに」


「思ったよりも重症だったの!あんたがへらへらしているからどうせかすり傷程度だと思ってたのに……うぅ……気持ち悪いぃ……あんたのせいだ」


「なんで俺のせいなんだよ」


 倒れそうなアリベルの体を支えると、体が冷えて震えていた。

 軽い貧血みたいなものかと思ったけど、このままの状態が続けば危ない。

 震える唇から浅い呼吸が漏れていて、何となくそこからアリベルの力が漏れているような気がする。

 ただの勘だったけど、そこを塞げば何とかなるような気がして、口を合わせて息を吹き込んでみた。


「ん……んんッ……!」


 風船を膨らませるようなイメージで口を塞いでいると、じわじわと俺の体温が移るように、アリベルの体が温まって震えが止まる。

 原理はわからないけど、多分、異世界から来た俺には賢者の石で失われた力を補充できるような便利な機能が付いているんだと思う。


「どうだ?復活した?」


「…………あの、今……」


「ああ、なんか口塞げば大丈夫かなって思ってさぁ。ごめんごめん」


「き、ききき、キス……した」


「あーでも、まぁ一回くらいいいだろ」


 まさか初めてでもあるまいし。

 って言おうとしたけれど、さっきまで青かったアリベルの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、ヤバいことをしてしまったと気付いた。


「もしかして、初めてだった?」


「ち、違うし!」


「何かごめんな。でも、これからの人生で何回もあるんだから、すぐに忘れるよ」


「違うわよ!私は経験豊富なんだから!恋人いたことだってあるし、デートしたことあるし、き、き、き……キスだってしたことあるんだからー!」


 アリベルはそう叫んで部屋を飛び出て行った。

 あの様子だと、恋人はいたことがないし、デートもしたことないし、キスもしたことないのか。

 廊下でドタドタぶつかる音が聞こえて、最後にドアが力強く閉まる爆音がして、それから静かになった。

 助けようとしてやったことだけど、悪いことをしてしまった。

 アリベルが元気そうだから、まぁいっか……とはなれなかった。

 明日、ちゃんと謝ろうと思った。


 しかし、そんなことよりも。

 俺は狩刃家三男の狩刃ルカだ。

 あの世界で最狂の狩刃家長男でも、最凶の狩刃家次男でもなく。

 過激な兄弟ゲンカが異世界で勃発しそうな嫌な予感がする。

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