褒美
帝都ヴィントール。我らが祖国ガルドフェルト帝国の首都。帝都である。
街は人であふれ、活気に満ち、交易も盛ん……だったのはかつての話。
周囲を敵国に囲まれ常に戦争状態が続いて戦費がかさみ、それを税で賄うようになって、人々の生活は苦しくなった。
治安は悪化し、今も目の前で果物が盗まれた。
貴族の不正が横行しマフィアが闊歩し、そのしわ寄せはただ帝都で暮らしているだけの民衆に行った。
「うーん。かつて華やかなる帝都……ってとこか」
シュターブ伯爵領を出発して一週間程。
俺はかつて栄えていたであろう帝都ビントールの街を歩いていた。
帝都の表通りは昼間でも人通り少なく、寂しさを感じる。
俺はそんな中央通りを抜け、皇帝が住まうお城へと到着したのだった。
門兵に送られて来た手紙を見せ、皇族の印を確認してもらって中へ入れてもらう。
帝城の中はそれはもう煌びやかで、帝都との対比はいっそ滑稽ですらあった。
皇帝陛下への謁見は『謁見の間』で行う。
雰囲気を感じただけだが、どうやら処分ではないらしい。
そりゃそうか。何もしてないもんな俺。
謁見の間に入り、玉座の前で跪く。
「アルバート・フォン・シュターブ。先の戦功を称え、褒美を与える」
皇帝陛下がやってきて、それだけ言って去っていった。
……え?終わり?俺、これだけのために来たの?
本当に終わりらしかったので謁見の間を出ると、そこで俺を待ち構えていた人が。
「アルバート。少しいいかな?」
声をかけてきたのは第三皇子であらせられるフランツ・フォン・ガルドフェルト殿下だった。フランツ殿下には以前、一度だけご挨拶をさせていただいたことがあった。
「はい。何か御用でしょうか?」
「立ち話ではなく僕の部屋で少し話そう」
殿下からのお誘いを断るわけにもいかない。俺は大人しく付いていく事にした。
殿下の私室は皇族にしては質素だった。
確かに高級な家具だらけだし、美術品も飾ってある。
だがどれも過度に華やかに飾ってあるわけでもなく、品の良さを感じさせる程度だ。
殿下に勧められて応接用のソファに腰かける。
なんと殿下自らがお茶を淹れてくださり、俺は恐縮しながらそれに口を付けた。
「見事な単騎突撃だったらしいじゃないか。城でも噂になっていたよ。『最近の若者にしては骨がある』ってね」
「いや、まあ……はい。ありがとうございます」
殿下の軽口に曖昧に答える。馬が勝手に、とは言い出せなかった。
「それでその……殿下は何故私などにお声掛けくださったのでしょうか?」
フランツ殿下とは一度挨拶を交わした以外に接点はなかったはずだ。
俺は直球で聞いてみる事にした。
「実は君に頼みがあるんだ」
「頼み……ですか」
殿下からの頼み……無茶な話じゃないといいなあ。皇族の頼みなんて断れないし。
「単刀直入に行こう。アルバート。僕の配下になってくれないか?」
そう来たか……。
嫌なわけではないが、即答はしづらい。
「ふむ。いいね。即答するような猪じゃなくて良かったよ」
答えない俺を殿下は何やら気に入った様子。
「猪……」
「指揮官が先陣を切って全軍突撃をかましたなんて聞いたからね。そりゃあ猪かどうか確かめないといけないだろ?」
そう言って笑う殿下。
それはそうとしか言いようがない。
今時あんな、戦術を無視するような用兵をする指揮官はいない。
あれは偶然だったけども。
「まだ少ししか話していないけど、少なくとも猪じゃないことはわかった。ちょっと安心したよ」
「もし私が猪だったらどうするおつもりだったんですか?」
気になったので聞いてみた。この殿下は気安く話しかけても大丈夫そうだ。
「ちょっと雑談してそのまま帰らせてたよ」
誰でもいいわけではなかったようだ。
「それで、どうかな?僕の配下になってほしいって話。受けてくれるかい?」
殿下が話を戻してきた。
「アルバート。僕と帝国を獲らないか?」
おっと。
「殿下。滅多なことを仰らないでください。叛意を疑われます」
俺は殿下にストップをかける。
「ははは。城じゃ誰に聞かれてるかわからないからね」
「御戯れが過ぎます」
「ごめんごめん。でも、君が欲しいって言うのは本当だ。アルバート。どうか僕に仕えてほしい」
殿下はなんと頭を下げて頼み込んできた。
「おやめください殿下。皇族に頭を下げさせたなどと知られれば、私の頭が体から離されてしまいます」
「受けてくれるかい?」
殿下は本気のようだ。こんなに本気で勧誘されると悪い気はしない。
「わかりました。今から私はフランツ殿下の配下です。殿下に忠誠を誓いましょう」
「受けてくれるか!ありがとうアルバート!」
殿下は大喜びだ。これだけ喜んでくれると俺まで嬉しくなってくる。
……それは置いておいて、一つ気付いた事と言うか気になった事が。
「陛下が俺に褒美を与えるって言ってましたけど、何もいただいてないんですが」
「皇族と直に話せる栄誉を賜っただろう?それが褒美さ」
爽やかに答える殿下。
やはりそう言うことだったか。
「最初からこのために仕組んだわけですか……」
「悪かったと思ってるよ。こうでもしないと君を呼び出す口実がなくてね」
殿下に悪びれた様子はない。……まあいいけど。
「それで、殿下につくのは良いとして、一つお願いがあります」
「なんだい?」
「私の側役にエルザ・フォン・アイゼンと言う者がいます。彼女も連れてきてよろしいでしょうか?」
エルザは俺の側役で、副官でもある。絶対に連れて行きたい。
「それくらいはお安い御用さ。すぐに手配しよう」
殿下は快諾してくれた。
こうして俺は帝国の第三皇子フランツ・フォン・ガルドフェルト殿下に仕える事になったのだった。




