村まで来な
倒したのではない。
壊しただけだ。
しかも、雑に。
最強魔法で一発、という理想の初戦は、ほんの数秒でぐちゃぐちゃになっていた。
理想の初戦、終了。
しかも終了の仕方がひどい。もっとこう、気持ちよく勝たせてくれてもいいだろう。
若い男性が木箱を開け、中から白い粉の入った袋を取り出す。老人が震える手で別の鈴を差し出し、鍬の女の子が息を整えながら新しい節を取り始める。さっきまでと違って、今度の旋律は暗く、遅い。抑え込むための歌なのだと、説明されなくてもわかった。
しかも、今度の方がさっきより少しだけ耳に引っかかる。どこで鈴が入るかまでは言えないのに、次の音を身体が待ってしまう。自分ではまだ何もできないのに、耳だけが勝手にその並びを追っていた。
さっきよりもずっと、小さい相手に。
さっきよりもずっと、面倒な手つきで。
湊は何もできず、それを見ていた。
手のひらにはまだ熱が残っている。あれだけ派手に出た力なのに、今この場では役に立っていないどころか、明らかに事態を悪くした側だった。
最強魔法を持っていて、正しい戦い方を知らない。音も出せない。
この世界では、それは強い人間ではなく、危ないだけの役立たずに近い。
女神の顔が脳裏に浮かぶ。
あなたがどう使うかによります。
いまなら、その言い方が少しだけ腹立たしくわかった。
「旅人」
頭巾の女性が、今度は振り向いた。
さっきより怒鳴っていないぶん、かえって怖い声だった。
「村まで来な」
「……はい。ちゃんと見ます」
「その手で何ができるのか、何を駄目にしたのか、ちゃんと見てもらう」
拒否できる空気ではなかった。
というより、拒否する資格がない気がした。
湊は焼けた溝と、黒く変色した泥と、まだ消えない焦げ臭さをもう一度見た。つい数分前まで、自分はここで格好よく無双する側のつもりだった。いまは完全に、やらかした部外者だった。
最強魔法を授かったのに、この異世界ではまだ役に立たない。
そう認めるのは、思っていたよりずっと悔しかった。
それでも胸の奥のどこかで、冷めきらないものがある。
魔法は出た。
確かに強かった。
ただ、この世界では強いだけでは足りない。
その事実が、悔しいくらい鮮明だった。
湿った風の中、村の人たちの低い歌が続く。
その歌の合間に、さっき森へ飛ばしていた呼び歌が、もう一度だけ短く挟まった。
今度は湊にもわかった。村へ助けを求めるだけではない。外で動いている誰かにも、「戻れ」と伝えているのだ。
湊はその後ろについて歩き出しながら、自分の右手を見下ろした。最強のはずのその手は、いまはただ、少し震えていた。




