最強魔法で台無し
右手の奥で、何かがひらく。
白い空間で見た光の輪が、今度はもっと生々しい感触で指先へ集まってきた。空気が震え、耳の奥で低い唸りが鳴る。目の前の泥の塊だけが急に輪郭を濃くし、そこへ向かって見えない圧力が一直線に伸びた。
次の瞬間、灰色の森に、白金の閃光が走った。
轟音ではなかった。むしろ妙に澄んだ、硬い破裂音だった。
溝の右端にいた泥の塊が、まとめて弾け飛ぶ。
火花と熱風が遅れて顔へ当たった。目を細めた湊の前で、石列を乗り越えかけていた三体分の泥が一瞬で蒸発し、その奥にいた小さい塊まで巻き込まれて黒く焼け縮む。勢いはそこで止まらず、溝の縁の草と、泥へ差し込んでいた杭の先まで白く焦がした。
森が、静まった。
さっきまで重なっていた歌が、全部途切れていた。
湊は熱の残る手のひらを見た。
できた。
今度はちゃんと出た。
しかも、強い。
というか、思っていたよりだいぶ強い。
「……え、これ、そんなにまずいやつですか」
最初に声を出したのは湊自身だった。
自分でやっておいて何だが、威力が想像を超えている。一発で、まとめて吹き飛ばした。ゲームなら気持ちよくコンボ表示が出るところだ。
そして次の瞬間には、「やっべ、これ怒られるやつかもしれない」という直感まで来た。だいぶ忙しい。
なので、やっぱり、誰も喜ばなかった。
頭巾の女性が、ゆっくり湊を振り返る。
その顔には安堵も賞賛もなかった。
ひたすら、信じられないものを見る顔だった。
「あんた」
低い声だった。
「いま、自分が何をやったかわかってるのかい」
湊は自分の周囲を見回した。
焼けたのは泥の塊だけではなかった。溝の縁に置かれていた木片の何枚かが真っ黒に割れ、石列の一部は熱でひびを入れている。草の先には薄い灰が乗り、さっきまで澄んで聞こえていた鈴の音も消えていた。焦げ臭さの奥に、何とも言えない、湿った鉄みたいな匂いが混じっている。
荷車を押してきた老人が、青い顔で溝のそばへしゃがみ込んだ。
「濁ったぞ。核を焼いて、残りが土へ回った」
その一言で、場の空気がさらに冷えた。
若い男性が慌てて別の板を差し込み、鍬を持った女の子が口元を袖で押さえる。さっきまで歌っていた人たちが、今は皆、焼けた溝を見ていた。敵を倒した後の顔ではない。家の柱を一本へし折られたみたいな顔だった。
「いや、でも、止まったのは止まったじゃないですか」
湊は自分でも情けないと思う声で言った。
が、言った瞬間に、間違えたとわかった。
頭巾の女性が一歩、こちらへ詰める。
「止めりゃいいってもんじゃない」
「でも、あれ増えてて」
「だから囲ってたんだろ」
言葉に詰まる。
囲っていた。たしかにそうだ。歌も石列も木片も、全部そのためだった。湊はそれを理解したつもりになった直後、自分のやり方で上から潰した。
「鳴核を焼けば、濁響が残る」
老人が、しゃがんだまま言う。
「そんなことも知らんのか」
いや、知らないよ。
でもすぐにそれは言い訳にならないとわかった。知らないまま撃ったのは自分だ。
溝の底で、じゅるり、と小さな音がした。
全員がそちらを見る。
焼け残った泥の一部が、黒ずんだままゆっくり脈を打っていた。さっきまでの鈍い灰色ではない。表面に暗い虹みたいな膜が浮き、形も不揃いで気持ち悪い。小さいくせに、妙に目を引く。
「下がれ! そこにいると次をまともに浴びる!」
若い男性が叫ぶ。
今度は湊も反射的に動いた。石の中央へ退く。鍬の女の子が荷車の陰へ飛び込み、他の人たちも焼けた溝から距離を取る。
黒い塊は一度膨らみ、次の瞬間、ぶしゃっと細かい泥を撒き散らした。
広くはない。だが飛んだ先の草が、触れたところからしおれていく。
「最悪だ……」
誰かが呟いた。
頭巾の女性は、湊を見ないまま言った。
「もう一度焼くなよ」
命令口調だった。
「次はもっと散る」
それでようやく、湊は自分のしたことの意味を少しだけ掴んだ。




