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災害対応

村から来たのは、兵士ではなかった。


最初に姿を見せたのは、荷車を押した老人と、背の高い若い男性、それに(くわ)を肩へ担いだ少女だった。さらにその後ろから、洗濯板みたいな板を抱えた女性や、縄の束を提げた男たちが駆けてくる。

どれも、湊の想像していた「モンスター討伐隊」とはだいぶ違う。


違うのに、全員の動きには迷いがなかった。


「溝、どこまで持ってかれた!」


「三筋めまで脈打ってる!」


「南の石列はまだ生きてる!」


言葉が飛び交う。誰かが荷車から木枠を下ろし、誰かが泥道の脇へ杭を打ち始める。鍬の先で地面を掘り返す音、縄を引く音、木がぶつかる音。その全部に混じって、さっきから続いている呼び声の節が、今度はもっと厚く重なっていった。


戦っているというより、災害対応だった。


湊は石の上で、完全に置いていかれていた。


灰色の泥はもう一匹どころではない。溝のあちこちで膨れ上がった塊が、押し合うみたいにうねっている。大きいものは子犬ほど、小さいものでも人の拳より大きい。どれも石列へ触れるたび縮みはするが、数が増えすぎて押し返しきれていない。


「坊や、そっちの板、石の外へ出すんじゃないよ!」


「わかってる!」


「旅人、あんたもそこから動くな!」


急に言われて、湊はびくりと肩を上げた。


「え、俺もですか。何をすれば」


「あんただよ! 踏み抜いたらこっちが面倒なんだ!」


面倒。


最強魔法を授かった異世界転生者への言葉としては、あまりにも扱いが軽い。

もう少しこう、ないのか。「頼む、力を貸してくれ」とか。「見たところただ者ではないな」とか。

さっきからずっとそうだ。誰も湊を特別視しない。むしろ、余計なことをしそうな素人として扱っている。

右手を半端に上げたまま、湊は立ち尽くした。さっきまでなら、ここで自分が一発決めて流れを変えるはずだった。女神に最強魔法を渡され、異世界へ送られたのだから、そういう役目だと勝手に思っていた。

だが現実には、誰も湊へ期待していない。冷たいとか意地が悪いとかではなく、ただ本気で忙しすぎるのだ。目の前の泥を食い止めることの方が、見知らぬ旅人の事情よりよほど重い。


それが、かえって刺さった。


いまの自分は、最強どころか現場の邪魔になる荷物だ。


少し腹が立った。


いや、かなり立った。


もちろん現場の邪魔をする気はない。だが、ここまで露骨に戦力外扱いされる筋合いもないはずだ。自分には最強魔法がある。まだ上手く出せていないだけで、本来ならこういう雑魚をまとめて片づけられる側の人間なのだ。

灰色の泥が一気に膨らみ、石列のひとつを乗り越えかけた。


「右、抑えて!」


誰かが叫ぶ。


若い男性が声を張り上げるが、そちらの音は一瞬だけ薄かった。溝の向こうで泥の塊が跳ね、石の外側へ半身を乗り出す。頭巾の女性が舌打ちし、棒の鈴を強く鳴らした。


間に合わない。


そう思った。


というより、そう思ってしまったからこそ、身体が先に動いた。


さっきから鳴り続けていた鈴と桶の拍が、まだ耳の奥に残っていた。

湊はそれに合わせるみたいに息を落とし、右手を突き出す。


「プライマル・ブースト」


今度は、応えた。

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