表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/33

濁った畑

村は、森の切れ目にへばりつくみたいにあった。

高い石壁も、立派な門もない。木柵(もくさく)と浅い(ほり)で囲っただけの、小さな集落だった。だが、近づくにつれて湊は、ただの貧しい村ではないと分かった。家の軒先には鈴や乾いた枝束が吊るされ、井戸の縁には木板が何枚も重ねてある。納屋(なや)の入口には、弦を一本だけ張った枠のようなものまで掛けてあった。


どれも飾りではない。


この世界では、そういうもの全部が暮らしの道具で、防壁なのだ。


かわいげのある田舎村、ではなかった。


見た目は素朴でも、中身は完全に対害獣仕様だ。ファンタジーの村というより、ずっと静かな前線に近い。

村へ入るなり、何人かが焼けた溝の様子を聞きに駆け寄ってきた。


「どの筋が濁った」


「溝からどこまで飛んだ」


「家畜の囲いは閉めた?」


誰もまず「倒せたのか」とは聞かなかった。


誰かが短く答え、若い男性が荷車を納屋脇へ回す。そのあいだ湊は、完全に場違いなまま立ち尽くしていた。手伝えることが思いつかない。いや、本当は謝るべきなのだろうが、何にどう謝ればいいのかもまだうまくまとまっていなかった。


「突っ立ってるなら持て」


不意に、腕へ木箱を押しつけられた。


見れば、さっき白い粉の袋を出していた若い男性だった。背は高いが、顔立ちはまだ若い。鍬を担いでいた少女の兄だろうか、よく似た目をしていた。


「これ、どうすればいい」


「裏手。濁り見張りの棚」


それだけ言ってから、男性は半歩だけ戻った。


「ダーヴだ。落とすなよ。それ、いま村でいちばん足りてない」


説明になっていないが、聞き返せる空気でもない。湊は慌てて木箱を抱え、その男性の後ろについていった。


村の裏手には、畑があった。


だが一角だけ、色が違っていた。まだ昼の湿り気を残しているはずの土が、そこだけ黒ずみ、表面に薄い膜を張っている。近くの麦は穂先から力を失って垂れ、(うね)の脇に植えたらしい香草も、葉の端から腐るように色を変えていた。


「あれが濁響(だくきょう)だ」


若い男性が言った。


「焼き潰した鳴核(めいかく)の残りかすが、土に張りつく」


湊は木箱を抱えたまま、黒い畝を見た。


思っていたより地味だった。地味なのに、嫌だった。派手に燃えているわけでも、禍々(まがまが)しい煙が上がるわけでもない。ただ、そこだけ土が死んでいるように見えた。


「時間が経つと、草木が死ぬ。水も濁る。小さい獣が舐めれば腹を壊す」


男性は足で畝の端を軽く蹴った。


「運が悪いと、そこからまた変なもんが生まれる」


「……それ、俺がやったやつのせいですよね」


「お前だけじゃない。焼く連中は前にもいた」


言い切られて、湊は顔を上げた。


男性は振り向かない。


「焼く連中は前にもいた。中央から来た魔法屋も、旅の半端者も、面倒になるとすぐ焦がす」


声音に怒鳴る感じはなかった。諦めに近い硬さだった。


「だから、そういう焼き方は嫌われる」


そこで言葉は終わらなかった。


男性は黒い畝をしばらく見てから、低く続けた。


「ただ、お前のはそれとも少し違う」


湊は思わず顔を上げた。


「違うって、どう違うんですか」


「火球や雷撃なら、もっと縁から壊れる。熱が走って、残りかすも散る」


男性は畝の真ん中を鍬の先で示した。


「お前のは、真ん中だけが妙に押し潰れてる。焦げたっていうより、地面の中へ押し込まれたみたいだ」


その言い方に、湊の背筋がわずかに粟立った。


「見たことあるんですか、こういうの」


「ない。少なくとも、俺は見たことがない」


返事は早かった。


「だから余計に気味が悪い」


そこまで聞いて、湊はようやく口をつぐんだ。


反論の余地がなかった。


木箱を棚へ置くと、今度は小さな鍬と木桶(おけ)を渡された。黒ずんだ土を浅く削り、白い粉を混ぜ、腐った表土だけを剥がして別の穴へ移すのだという。単純作業だったが、すぐに分かった。面倒だ。しかも、気分が悪い。黒い膜は薄いくせに鍬へまとわりつき、削るたびに湿った鉄みたいな匂いが立つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ