白い村
村は、完全に白い世界へと変わってしまった。
北門の影はない。井戸道の返りもない。南へ曲がる道も、畑へ続く細い道も、色の抜けた面の中に沈んでいる。
まだ黒く見えるのは、湊とエルゼの足元、東の畝の端に残った細い土だけだった。
グレイアウト。
なぜグレイなのかは分からない。全てが白くなってしまった。
湊は王冠胴を握り直した。
さっき弦から手を離しただけで、右手の腹が焼けたように痛い。指先はもう自分のものではないみたいだった。
足元の黒い土が徐々に白く侵食されていく。
エルゼの膝の下まで、白い面が近づいていた。
湊は太い低弦と、その隣の弦を押さえ込んだ。
「…プライマル、ブースト」
低い二本だけに熱を通す。
王冠胴の首が鳴った。太い音が出た。だが、さっきより荒い。左手の腹で止めている余計な弦が、熱に引っ張られて細かく震える。
ヴァルグが低いリフを鳴らした。
すでに白くなった村を、重い反復がもう一度響いた。
南の見張り台側で、まだ黒い土に届いていたはずの鳴り板が一度だけ鳴った。
返りはなかった。
その後に、人の声がまとまって途切れた。
湊の位置から、南の列にいる全員の顔は見えない。だが、荷物が落ちた音ではなかった。足音が乱れただけでもなかった。
木札の返りが、まとめて消えた。
湊はそちらを見ようとした。
「見るな」
エルゼが短く言った。
「手元だ。崩せば、ここも消える」
湊は歯を食いしばった。
戻らない。
戻れない。
そのことが、湊の胸をえぐった。
ヴァルグは湊を見ていた。
攻撃対象を見る目ではない。
珍しい道具を測るような、温度のない視線だった。
「なるほど、未調律の増幅か」
ヴァルグがそう言った。未調律?どういうことだ。
その時、遠くから歌が聞こえた。
ひとりの歌声ではない。合唱だ。
低い男性の声が聞こえる。
その上へ女性の声が重なる。
さらに薄い声も横から聞こえる。
村の歌ではない。ルカの生活歌とも違う。揃いすぎていて、まるでCDを聞いているかのようだった。
南の端で倒れかけていた人影の周りに、細い黒い土が戻る。
エルゼが息を吐いた。
「聖歌院」
エルゼは白い粉の向こうを見ていた。
白い衣の列が、村の外周に沿って並んでいた。
そして、人影がこちらに向かってきていた。
1人は肩幅の広い男だった。鎧は儀礼用に見えるのに、泥と傷で実用品だと分かる。日に焼けた顔に古い傷が走り、抜いた剣だけが鈍く白い。
男は、黒い土が白い粉に変わる境目へ足を置いた。
白い粉が足首まで上がる。
だが、男は沈まない。
その後ろから、白金の聖歌衣をまとった少女が入ってきていた。
淡い金髪が白い粉の中でも明るく見えた。細身で、背筋が真っ直ぐすぎる。整いすぎた顔立ちのせいで、人が倒れている場所に立つには場違いに見えた。
彼女は片手に杖を持っていた。
もう片方の手には、細かな札を持っている。
杖と白い札が震えているように見える。その震えが、白い面を押さえているように感じた。
少女はヴァルグを見た。
「討てますか、グレゴール団長」
銀鎧の男は、白骨の六弦から目を離さない。
「愚問だ」
儀礼剣の切っ先が、ヴァルグに向けられた。




