白いリフ
ヴァルグが低く構えた。
さっきまでの一音ではない。
白い指が、六弦の上へ並ぶ。
湊の低い二本に押された半歩が、ヴァルグの足元で白い粉を削っていた。白骨の胴端には、さっき欠けた黒い筋が残っている。
湊は続けて二本の弦を鳴らした。
さっきと同じように地面に亀裂が走る。
次の瞬間、ヴァルグが白い六弦を鳴らした。
低いリフが始まった。
「この曲は…」
湊はこの曲を聴いたことがあった。これは確か、「メタリカ」だ。メタリカのリフだ。ライブの客入れで聞いた覚えがある。
曲名までは浮かばない。湊は系譜も理屈も知らない。それでも、ライブで浴びた鋼の刻みと、全身を前へ押す重さだけが耳の奥で立ち上がる。
メタリカのリフが、地面の色を奪っていく。
一巡目で、北門の影が消えた。
二巡目で、南へ曲がる道の土が白く抜けた。
三巡目で、井戸道の木札が鳴らなくなった。
湊は二弦を押さえたまま引き続けた。湊とエルゼの足下だけは黒い土のままだ。
だが、村は白くなっていく。
屋根の影、踏み固められた広場、畑へ続く細い道。ついさっきまで人の足音を返していた場所が、リフの刻みに合わせて色を失う。
背中側で、荷車が一度だけ大きくきしんだ。
それきりだった。
ハンナが荷台からルカを引きずり下ろす。食料袋も水桶も見ない。ルカの手に木札だけを握らせ、東の畑道へ押す。
「走れ!」
今度の声は、湊にも言葉として届いた。
ルカが首を振った。
ハンナはもう一度、ルカの背中を押した。
白い線が、二人の足元へ走る。
ハンナはルカを黒い畝の残る方へ突き飛ばした。ルカの体が転がり、まだ色の残る畑道の端へ入る。
ハンナの足だけが遅れた。
白い線が、足首から膝へ上がる。
ハンナは走ろうとした。
喉に、色の抜けた譜線跡が浮いた。
指から力が抜ける。
木札は鳴らなかった。
ハンナは倒れ、そのまま白い塊へと変わった。
ダーヴと同じだった。フェルドとも同じだ。
白い面の向こうへ隠れたのではない。声も木札も返らない、戻らない死だった。
湊は叫ぼうとした。なんなんだこれは。どうしてこんなことに。異世界転生って、こんなにキツいのか。序盤から厳しすぎる。もっとこう、ハーレム展開とか、イケメンの仲間が増えるとか、そういうのはないのか。なんでこんなに死ぬんだ。なんでこんなに辛いんだ。
低い二本が乱れる。
足元の黒い土が狭くなる。
「見るな!」
エルゼが声を絞った。
「二本だ、湊!」
湊は息を止め、低い二本を押さえ直す。
リフはまだ止まらない。
南の見張り台側から返っていたはずの音も、東の畑道のざわめきも、次々に白い面へ沈んでいく。村人の声が薄くなり、木札の返りが途切れ、白い領域が家並みの下まで広がった。
ヴァルグは倒れていない。
湊の二本は、村を救えなかった。
湊は二本の弦を離した。掌が熱い。限界はとうに越えていた。
黒い土が白く侵食されていく。
だが、ヴァルグは不意にリフを止めた。姿勢を正して湊を見つめた。
「お前のその力、どこで手に入れた」
湊は答えなかった。目の前のヴァルグが、この村を白い塊に変えたのだ。答えるはずがなかった。
「まぁいい。ここまでだ」
ヴァルグはそう言うと、再び白骨の六弦を構えた。




