二本の輪郭
エルゼは、ヴァルグの白い指が鳴る前に動いた。
王冠胴を斜めに入れ、白骨の六弦の首を外へ押す。左肩が痛むのか、息が乱れた。それでも低いリフを短く刻み、湊の前の白い面を割る。
黒い土が一瞬だけ見えた。
エルゼはそこへ足を置く。
ヴァルグが白い線を走らせた。
線はエルゼの体ではなく、足元を切る。黒い土が横から白く抜けた。エルゼは半歩ずらして避ける。
避けた先へ、白骨の六弦が飛んで来た。ヴァルグは白骨の六弦を投げてエルゼに叩きつけたのだ。
胴が脇腹を打つ。
鈍い音がした。
エルゼの体が折れ、王冠胴の弦が乱れる。左腕が外へ流れた。指が首から離れかける。
「エルゼ!」
湊は起き上がろうとした。
膝が白い粉に滑る。壊れた冠一二が邪魔をする。肩帯を外そうとしても、指がうまく掛からない。
エルゼはよろめきながらも、もう一度、低いリフを鳴らそうとした。
だが、左手が追いつかない。
ヴァルグはゆっくりと白骨の六弦を拾い上げ、そのままエルゼを殴った。
エルゼの手から、六弦が落ちる。
王冠胴は土の上を跳ね、湊の方へ滑った。傷だらけの胴が白い粉をかぶり、首が湊の手の届くところで止まる。
エルゼは片膝をついた。
脇腹を押さえている。左腕もだらりと下がっていた。
ヴァルグが彼女へ歩く。
湊は壊れた冠一二を胸から引き剥がした。肩帯が皮膚をこすり、割れた胴が地面へ落ちる。
湊は地面を這った。
王冠胴の首へ手を伸ばす。拾うというより、溺れた手が板をつかむ動きだった。指が冷たい木へ掛かる。王冠胴を持ち上げた。
重い。
エルゼの六弦は、冠一二よりずっと重かった。傷も多い。胴に触れるだけで、何度も戦ってきた道具だと分かる。
湊は低い弦へ指を寄せた。
何かしないと。そんな思いでいっぱいだった。このままではエルゼもダーヴのように殺されてしまう。
だが、王冠胴を抱えたところで、湊はリフを弾けない。
最強魔法とやらのプライマル・ブーストは、きっと六弦に乗せて使うんじゃないかという予想はある。
だが、プライマル・ブーストを使っても、弦はすぐに切れてしまう。
一本だけでは切れた。
だったら、二本なら、二本鳴らせば、この「パワー」に耐えられるのでは?
一番太い、低い弦を二本。
余計な弦は左手の腹で止める。低い二本だけを押さえれば、熱は片方だけに噛みつかない。二本でなら、耐えるかもしれない。
理屈ではない。
切れた指先が、そう逃げ道を探しただけだった。
湊は太い低弦と、その隣の弦を押さえ込んだ。
「何を」
エルゼの声がかすれた。
止める声ではなかった。湊の手元を見て、一拍遅れて息が漏れたような声だった。
「プライマル・ブースト」
湊は右手を振った。
今度は、撃つという感覚ではなかった。
低い二本の間に熱を落とす。壊れた一本へ突っ込ませるのではなく、二本の形へ逃がす。
低い二本だけが鳴った。
一本の時より、明らかに太い。
音が横へ割れず、二本の間で噛み合う。王冠胴の首がうなり、湊の左手の腹が焼ける。それでも、弦は切れなかった。
白い地面に、黒い亀裂が走った。
亀裂は湊の膝の下で止まらない。エルゼの片膝を包み、細い線になってヴァルグの足元へ届く。
ヴァルグの外套の裾が跳ねた。
白骨の六弦の胴端が、かすかに欠ける。白い粉の上へ、骨片のようなものが落ちた。
ヴァルグが半歩、後ろへ滑った。
倒れはしない。
だが、仮面が初めて傾いた。
「なんだ…お前は…」
ヴァルグが驚いたように言った。
エルゼは目を見開いた。
彼女が教えた形ではない。湊が勝手に押さえた、低い二本だけの塊だった。
湊とエルゼの足元に、黒い土が残る。
それは道ではない。
退路でもない。
二人が飲まれないための、狭い踏み場だった。
「まだだ」
エルゼが、驚きを飲み込んで言った。
指が痛い。王冠胴の首は太く、弦は硬い。低い二本を押さえるだけで、左手の腹と右手が焼けるようだった。
ヴァルグが、ゆっくりと白骨の六弦を両手で構え直した。




