ブレイク・ポイント
ダーヴだった白い土が、北道の上で崩れていく。
音はしなかった。
剣だけが落ちていた。刃に残っていた淡い光も、土へ触れたところから薄くなっていく。
「ダーヴ」
エルゼの声は、叫びになりきらなかった。
ヴァルグが白骨の六弦を持ち上げる。
ヴァルグの方が早いはずだった。
だが、エルゼはもう動いていた。
白骨の六弦が上がりきる前に踏み込み、王冠胴を横からぶつける。白い胴が外へ流れ、ヴァルグの胸元が一瞬だけ空いた。
エルゼは低いリフを短く刻んだ。
一拍ごとに、白い土の表面へ黒い筋が走る。
黒い隙間が、ヴァルグの足元まで伸びる。
届いた。
湊がそう思った瞬間、裂け目は止まった。
ヴァルグの体には入らない。
外套がわずかに揺れただけで、ヴァルグはよろめきもしない。黒い隙間は足元で止まり、エルゼの踏み場だけを残してまた白くふさがっていく。
「鳴核が見えない」
エルゼが低く言った。
畑の獣には、体の奥に黒い核があった。あれをほどけば倒せた。
目の前の相手には、その中心が見えない。エルゼのリフは白い地面を割る。だが、ヴァルグ本人の奥へ入る場所がない。
ヴァルグは声を荒げない。
「なるほど、まずはお前からだな」
白骨の六弦の胴底が地面をこすった。色の抜けた粉が、胴の下で薄く広がる。
エルゼの踏み出していた足の下で、土の色が抜けた。黒く残っていた踏み場が、白い粉に変わる。
エルゼが足を引く。
その瞬間、ヴァルグの指が一本だけ弦をはじいた。
細い白い線が横へ走る。
線はエルゼの胸を狙わない。足元を切った。黒い踏み場が横一文字に白くなり、エルゼの右足が滑る。踏み直す場所を失った体が、門の方へ流れた。
ヴァルグは待たない。
白骨の六弦を斜めに振り下ろした。
エルゼは王冠胴を立てて受けた。胴同士がぶつかり、弦がばらばらに震える。
衝撃は止まらない。
王冠胴ごと、エルゼの体が後ろへ飛ぶ。靴が土を削り、肩帯が軋む。次の瞬間、エルゼは北門の門柱に叩きつけられた。
「エルゼ!」
湊は叫んだ。
声は北へ広がらない。喉から出たはずの尾が、門柱に走った白い筋の手前で吸われた。
背中側で、ハンナの声が割れた。
「ルカ、つかまって!」
ハンナは南へと逃げるように荷車を押していた。車輪が石を噛み、荷車に乗ったルカは崩れかけた食料袋を足で押さえた。
北へ向けた声には返りがない。
南へ逃がす声には、人の動きが返る。
エルゼは門柱から身を離した。
倒れてはいない。王冠胴も離していない。だが、片膝が土につき、すぐには前へ出られない。
ヴァルグが近づく。
一歩ごとに、門前の黒い土が白くなる。見張り小屋の柱も、白旗の棒も、影を失っていく。
湊は一歩出た。
戦えると思ったわけではない。
ただ、ヴァルグの次の一音でエルゼが死ぬ。それだけは分かっていた。
誰かが止めた気がした。
ハンナか、ルカだろうか。
言葉としては届かなかった。
エルゼが顔を上げる。
口の形が動く。
戻れ。
声は聞こえない。
湊は北門の敷居を越え、エルゼより前に出てヴァルグの前に立った。
足元は、白く抜けかけた土。
そこで初めて、自分が何も防げない距離に出たと分かった。
左手の指が、低い一本へ行く。
「そんな六弦で鳴らすつもりか」
ヴァルグの冷たい声を間近で聞いた。
そんな六弦。だが、朝なら鳴った。止まった広場で、余計な五本を止めて、低い一本だけなら。
今は足元が震えている。白い面が増えている。エルゼは膝をついている。南へ曲がる道でだけ、ハンナの声がまだ人を動かしている。
エルゼが白い面を割ったのは、低いリフだ。
湊にできるのは、低い一本だけだ。
それでも右手の奥が熱い。
自分には最強魔法のプライマル・ブーストがある。
プライマル・ブーストをそのまま打てば大地が死んでしまうが、もうそんなことは言ってられない。
効くかどうか分からないが打つしかない。ただ、湊には気になっていることがあった。
エルゼの言葉が頭をよぎる。
「歌でも六弦でも整えず、内響をそのまま外へ出した」
エルゼは湊の魔法を見て、そう言った。つまり、この魔法は歌や六弦で「整えて」出すんじゃないだろうか。
ヴァルグはもう目の前にいる。白い領域は門を越えようとしている。フェルドの白い布の端まで、色を失い始めている。
ダーヴだった白い土も、門前の白い面に混ざって、もうどこまでが体だったのか分からない。
湊は撥を握った。
大きく振れば、六本全部に触れる。
狙うのは一本だけ。
左手の腹で、余計な五本を押さえる。
右手が落ちる。
撥が、低い一本を弾いた。
同時に、湊は静かに唱えた。
「プライマル・ブースト」




