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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~囚われの姫と月の使者編~  作者: バニラ味一択


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61.漆黒の獣⑥




 焼け焦げる身体。

 気を抜けば一瞬で遠のいてしまうであろう昏い意識の底で、ワクはただ思考を巡らせていた。


(またか……)


 また、AIの予測を超えられた。

 国家規模であるエデンのリソースを直接利用した絶対の武具を装着していようが、ルナは、知恵と執念でそれを容易く乗り越えた。

 だが、このまま敗北するわけにはいかない。それでは、自らの本懐が達成できなくなってしまう。


 学園の生徒を異形化から救うため、ルナにより、警察としての権能を与えられ誕生した我が身。

 すべては職務としての、生徒たち――エデンの住人の安全。

 生命、および身体の保護。


(……いや、違う。そんなものは広義の意味合い、ただの表向きのプロトコルに過ぎない)


 AIとして、警察という役割を幾度も経験してきたワクだからこそ、今なら本質が理解できる。

 実際に最前線で働いてきた人々が、最後に何を原動力に動いていたのかを。

 彼らの――いや、ワク自身の真の目的。 

 それは、法律の遵守でも秩序の維持でもない。


 『大切な人を守る』ということだ。


 自分がここでルナを止めなければ……。

 その心をへし折り、諦めさせなければ……。

 彼女は智天使によって消去されてしまう。

 そう……ルナが死んでしまう。


 ワクは、これまで見て見ぬふりをし続けていた、己のあまりにも人間じみた想いに、まっすぐ目を向けたのだった。




 だが、今の自分は警察という権能に縛られすぎている。

 生徒達のように『死なない』と分かっている者を救うためなら発砲すら実行できるが、通常ならば、人に対して必要以上の過剰な危害を加えることは、法を執行する身として絶対に許されない。

 たとえそれが、国家を揺るがすテロリストを相手にしていたとしても……。


 過剰な危害は与えられない。だが、手加減をしていては、ルナを止めることは不可能。

 守るためのシステムは、目的達成の足枷でしかない。

 ワクの思考回路は、致命的な矛盾パラドックスの泥沼へと陥っていった。


 このような問題、本来のAIであれば、決断を放棄し演算を停止するだろう。

 正解が存在しないからだ。

 だが――すでにシンギュラリティの麓まで到達していたワクの魂は、バグの先にある、彼独自の恐るべき答えを導き出した。



(生きてさえいれば、それでいい――)



 どんな姿になろうと、どんな絶望を背負うことになろうと、絶対にルナを生存させる。


 ……たとえそのために、彼女の手足をぶった切ることになったとしても。



 ワクは、自らの出力に制限をかけていた警察としての権能そのものを完全に無視する、最悪の手法を選択した。



 ワイルド・フォーム

 コード:【ケルベロス】



 それは、理性的思考を自ら放棄すること。


 ……罪を犯す意思がない行為は罰しない。



 人としての判断能力、形態維持をすべて捨て去り、己をただの狂暴な獣へと成り果てさせる、禁忌の御業であった。





――フシュゥゥゥッ……。

 漆黒の外骨格に覆われた魔獣の隙間から、超高温の排熱が白煙となって噴き出す。

 三つの赤黒い凶刃を静かに燃え上がらせ、四足で地を這うワクは、完全に理性を失った虚ろな、しかし狂暴な瞳でルナたちをじっと睨みつけていた。


「ワク……!? なっ、何なのッ、その姿は……!?」


 ルナの驚愕の声を置き去りにして、大気が爆ぜた。


――ギャッ!!!


 鼓膜を激しく引き裂くような、獣の鋭い地鳴り。

 次の瞬間には、ワクの巨躯は漆黒のレーザーと化してルナの目の前に迫っていた。


「マズい……ッ!!」


――ガギィィィンッ!!!


 寸前、ルリが割り込み、【概念分解・強手】を纏った両腕で、ワクの額から突き出された角型ブレードの痛烈な一撃をかろうじて受け止める。

 凄まじい衝撃が地面を陥没させた。

 だが、今のワクに理性はない。

 技の繋がりを思考するなど不要。

 ワクは勢いのまま、四足のバネを活かして肉体をコマのように高速回転させ、左右の肘から伸びる電熱ブレードを連撃で叩き込んできた。


「うぉぉぉぉッ!」


 ルリは即座に後方へと大きく跳躍し、空間を十文字に切り裂いた追撃を紙一重でかわす。

 しかし、驚くべきはその後だった。ワクは着地と同時に、深追いをすることなく、恐るべき俊敏さで跳躍。

 そのまま夜の闇が広がる周囲の物陰へと、一瞬にして姿を消したのだ。


 ガサリ、とも音がしない。

 ただ、規制線の中のあらゆる方向から、肌を突き刺すような濃密な殺意だけが伝わってくる。


 ……逃げたのではない。

 理性なき野生の獣として、最も確実に効率よく獲物を狩るために、闇に潜んで隙を窺っているのだ。


 その異常なプレッシャーに、脳内通信の向こうでアクアが悲鳴に似た声を上げた。


『こりゃもうダメダメ! 無理よ無理! フルプレートじゃなくなっちゃったから、マイクロ波も通用しない! 今度こそ逃げるしかないって! ――あのスピードから、無事に逃げられればの話だけどさぁ!!』


「ルナ……! アーマーは部分的だ、腹部側に攻撃を通せば、まだチャンスはあるッ。僕が前線で時間を稼ぐから……君は、アクアさんのバックドアへ!!」


「――そんなっ!? ルリを置いていけるわけないじゃないッ!」


 ルナが躊躇し、叫んだその瞬間だった。

 闇に潜んでいたケルベロスが、ルリの死角から狙いを定めた。


 ――ッ!?


 ルリの後方の闇から、空間を焼き焦がす赤黒い3本の光の軌跡ラインが一直線に伸びる。

 背後からの強襲。ルリは野生の勘でそれを察知すると、即座に振り返り、両腕の装束を限界まで硬質化させてワクの頭部ブレードを真っ向から防ぎ止めた。

 だが、獣の猛攻はそれだけでは終わらない。

 ワクは頭部を押し付けたまま、突進の凄まじい推進力を利用して前宙フロントフリップを敢行。

 空中を縦に超高速回転しながら、電動ノコギリにでもなったかのように、両肘の電熱ブレードでルリの両腕を容赦なく切り刻み続けていった!


――ザグッ! ギャリギャリギャリギャリッ!!!


「グワアァァァァァッッッ!!!!」


 肉を削ぎ、骨を断つ凄絶な痛みにルリが絶叫する。

 藍色の装束がズタズタに裂け、リソースの火花が血飛沫のように夜空に舞う。

 強烈な回転連撃によってルリの身体が大きくのけぞり、無防備な胸元が晒された。

 誰もが、その胸元へトドメの刃が突き立てられると思った、その刹那。


――グルルルッ……!


 漆黒の獣は、あえてルリを無視し、その体を急転回させた。

 理性を捨て、ルナを救うという執念の塊となった獣の本能が、最も早く目的を完遂するための近道――守り手を失い、完全に無防備となった標的ルナを捉えたのだ。


「――っ、ルナッ!!!! 危ないッッ!!!!」


 両腕をズタズタにされ、体勢を崩したルリの悲痛な叫びが響く。

 漆黒のケルベロスが、立ち尽くすルナの細い身体へと牙を剥いた――!!




――グチャァッッッ!!!


「――っ、…………ッッ!!!!!!」




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