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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~囚われの姫と月の使者編~  作者: バニラ味一択


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60.漆黒の獣⑤




 万力のような指の力に頭蓋を締め付けられ、視界が真っ赤に染まるほどの激痛に襲われながらも、ルリは目の前のワクを睨みつけていた。


「ハッ、……優しい、んだね。……すぐに殺さない、なんて……! うおぉぉぉぉッ!!」


 片手で宙に吊り上げられた体勢のまま、ルリは残った右腕――【概念分解・強手】の超回転ドリルを、寸分違わぬ全く同じ箇所へと猛然と叩き込み続けた。

 ギィィィュルュルュルッと、狂ったような摩擦音と白銀の火花が再び夜空を焦がし、ワクの漆黒のアーマーをミリ単位で削り、擦り続けていく。


「強がりを。お前も同じデータ生命体なら、エデンという巨大なシステムに逆らうことが、どれほど無意味なことか理解しているはずだろう。……なぜ、そこまでして抗う?」


 ワクの問いかけに、ルリは口から血の混じった火花を散らしながら、魂を絞り出すように叫び返した。


「人は……っ! たとえ不可能であっても、強い信念と工夫や努力で、何度も何度も可能にしてきたんだ! それは、今も何一つ変わらない!! 君こそ、ルナのパートナーだったくせに……そんなことも、分からないのかッ!?」


 その言葉が、ワクの胸の奥の何かに触れた。

 ワクの指先に、さらに容赦のないリソースの質量が込められ、ルリの頭部を圧搾していく。


「詭弁をッ!! その数少ない『成功』の影に、どれほど多くの犠牲があるのか理解しているのかッ! ……ならば、その信念とやらで、この俺を、エデンを貫いてみろッ!!」


「ぐぅッ、う、おおぉぉぉぉぉぉッッ!!!」


 神槍の回転数が、ルリの命の灯火と同期するように限界を超えて跳ね上がる。白銀の光が極限まで膨れ上がった、その刹那――。


「……ッ!?」




――バァキィッッ!!!




 静寂を切り裂く、硬質な破壊音が戦場に響き渡った。


 ついに、亀裂が入った。


 ルリが命を賭して押し込み続けた強手の先端が、エデンの無限リソースを上回り、ワクの無敵のボディアーマーに「穴」を開けたのだ。




 しかし――それは、細い針の穴ほどの小さな隙間に過ぎなかった。

 ならば、今響き渡った、あの耳を疑うほどの不気味な破砕音は、一体どこから鳴ったものなのか。


 それは、ルリの頭部。


 アイアンクローの絶対的な破壊力に耐えかね、ルリの頭蓋にもまた、無残なヒビが走っていた。

 宙に持ち上げられた状態のまま、ルリの右腕から白銀の輝きがフッと消え失せる。力なく両腕をダラリと垂らし、ルリはそのまま、完全に意識を失った。


「そんなッ……ルリ!!!!」


 ルナの悲痛な叫びが夜空に木霊する。

 ワクは静かに手の力を抜き、拘束を解いた。

 ルリの身体は、まるで糸の切れた操り人形のように、その場に力なく崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


「……安心しろ、殺してはいない。気を失っているだけだ」


 ワクは自分の胸元――ルリが穿った針の穴ほどの小さな傷跡を見つめる。

「大したものだな。エデンのリソースを力尽くで超えて、針の穴といえど、このアーマーを貫くとは。……だが、ここまでだ、ルナ」


 ワクはゆっくりと方向を転じ、残されたルナへとその重厚な歩みを進める。


「これ以上、無意味な抵抗を続けるな」


「くそッ……、うわぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 ルナは涙を振り払うように叫びながら、無手の状態のまま、真っ直ぐワクに向かって走り出した。

 武器も持たず、ただ遮二無二突っ込んでくるその姿は、完全に理性を失っているようにしか見えない。


「やけの特攻か? ……だが、お前の武器の出力では、このアーマーを破壊することは不可能だ」


 ワクは一歩も動かず、襲い来るルナをただ冷徹に見据える。


「……だが、お前は人間。ただ諦めるわけにはいかないか。ならば存分に攻撃してこい。そして――己の無力さを、その身で痛感しろ」


 ワクが絶対の防御姿勢を崩さず、攻撃を受け止める構えをとったその瞬間。

 急接近したルナの細腕が、空中にこれまでにない異質な武装を実体化させた。

 それは銃身の先端に、小型のパラボラアンテナのような凹面鏡を取り付けた、極めて歪な形状の兵器。


(……なんだ!? その武器は……ッ!?)


 戦士としてのワクの直感が、初めて最大級の警鐘を鳴らす。

 しかし、時すでに遅し。ワクが慢心から生み出したコンマ数秒の油断。その致命的な隙を、ルナの執念が見事に捉えた。

 ルナはパラボラアンテナの凹面を、ワクのアーマーの胸元にある傷へと完全に密着させた。


「これで……終わりよォォォッ!!!」


 ルナが引き金を限界まで絞り込む。


――バチバチバチバチィィィッッ!!!


 密着部分から、セカイを白く染め上げるほどの狂気的なアーク放電スパークが炸裂する。


「あぁぁぁぁぁぁッッ!?」


 直撃した凄まじい電磁反発のエネルギーにより、至近距離にいたルナの身体が派手に後方へと吹き飛ばされる。地面を何度もバウンドし、煙を上げながら結界の端へと激しく叩きつけられた。


 そして――光の中心にいたワクは。


「が……はっ、あ……ッ、あ、ガ……ッ」


 ガシャァァァン、と激しい金属音を立てて、彼全身を包んでいた漆黒のアーマーが周囲の地面へと無残に散乱していった。

 無敵の装甲を剥ぎ取られたワクの身体は、まるで凄まじい雷火に直接包まれたかのように丸焦げとなっている。

 激しいダメージに悶絶し、全身をガタガタと震わせながら、ワクはその場にドサリと膝をついた。




 これこそが、アクアが発案した、ワク攻略の全貌だった。

 ルリの概念分解を使い、力ずくでアーマーを突破すること。それ自体は間違いない。

 ただ、誰もが想像するような、装甲を貫通して’’ダメージを与える’’必要は、はじめからなかったのだ。

 針の穴程度の大きささえ貫くことができれば……。


 エデンの無限リソースでガチガチに固められたあのアーマーは、外側からの物理攻撃に対しては絶対的な強度を誇る。

 しかし、それは同時に、内側のエネルギーを外に逃がさない、完璧な金属の檻でもあるということ。

 ルナの武装から放たれたのは、超高出力のマイクロ波。

 行き場のない電磁波は、ルリが命がけで穿った極小の隙間へと津波のように集中し、そこからアーマーの内部へと一気に吸い込まれていった。

 そして、逃げ場を失ったアーマーの内部で、マイクロ波は光速で縦横無尽に反射し、駆け巡る。

 そう。アクアの作戦とは、ワク自身を『電子レンジにすること』だったのだ。


「ゲホッ、ゴホッ……! ……やった、の……?」


 ルナは身体を引きずりながら、すぐに倒れているルリの元へと駆け寄り、彼の肩を揺さぶって目覚めさせた。


「……う、うん……。ルナ、……やったんだね?」


「ええ、何とか作戦通りにいったわ」


 ルリはまだ痛む頭を押さえながらも、ルナの手を借りてゆっくりと立ち上がる。

 二人の視線の先には、完全に装甲を失い、衣服を焦がして虫の息となっているワクの姿があった。




 勝負はついた。誰もが、そう確信した。


……しかし。


――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 不気味な地鳴りのような振動が、隔離された規制線の中を満たしていく。

 膝をついたまま、低く項垂れていたワクの身体から、黒い泥のような、禍々しいエラーデータのリソースが溢れ出し始めた。


 ガタガタ、ガシャ、ガシャガシャッ!


「……ッ!? なに、これ……!」


 ルナが息を呑む。

 ワクの周囲の地面に、無残に散乱していたはずの漆黒のアーマーの部品たちが、まるで意思を持ったかのように突如として宙へと浮かび上がったのだ。


「――ウォォォォォォォォォォッッッ!!!!」


 ワクの口から放たれたのは、人のそれではない。

 まるで飢えた孤狼が月夜に吠えるかのような、荒々しく、そして圧倒的なプレッシャーを放つ野生の遠吠えだった。

 その凶暴な咆哮に呼応するように、宙に浮いた各アーマーのパーツが、ワクを中心にして恐るべき速度で旋回を始める。

 回路が焼き切れたはずのシステムが、ワクの獣じみた生存本能によって強制的に再駆動オーバーライドしていく。


 赤黒いノイズの嵐が吹き荒れる中、これまですべてを冷徹に管理していたエデンの機械音声が、今度は狂ったような不協和音の警告音を撒き散らしながら、牙を剥いた。



『――コードネームG、リミッター解除アンリミテッド


『――アクセプト……E"X"-MODE起動、ワイルド・フォーム』



 ――バキバキバキッ!!!



 骨肉が強引に組み替えられる、生々しく禍々しい拒絶音が結界内に響き渡る。

 膝をついていたワクの身体が引き伸ばされ、前傾し、生身の四肢を激しく地面へと叩きつけた。それは、理性を捨て去った恐るべき四足歩行の姿勢。

 その歪んだ肉体めがけて、周囲を猛烈な速度で旋回していた漆黒の装甲パーツが、まるで飢えた猛獣の牙のように次々と喰らいついていく。

 肉体を内側から補強し、外側を無慈悲に覆い尽くしていく禍々しい外骨格。


 ジィィィン……と、システムが全装甲のアップデートを完了したその瞬間、エデンの音声が地獄の底から響くような重低音で、その真の名を告げた。



『――コード:【ケルベロス】』



 ジャキンッ――!!!


 鋭い起動音と共に、四足で地を這う彼の前足の肘から、大気をチリチリと焼き焦がす一対の電熱ブレードが飛び出した。

 さらに、ワクの頭部を覆う外骨格の額中央からも、パキパキと音を立てて、角型の電熱ブレードが獰猛に突き出される。


 赤黒く、そしてギラギラとした凶悪な熱線の光が、闇を妖しく照らし出す。

 冴え渡る月明かりの下、そこには変わり果てた漆黒の獣が静かにルナたちを睨みつけて佇んでいた。




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