59.漆黒の獣④
「……内容は分かったけど。……本当に、それしかないのね?」
「まあ、分かりやすくていいんじゃないかな」
『ちょっと! あんた達、アタシのこと脳筋だって思ってるでしょ!?』
脳内通信でアクアが憤慨する。
彼女の提示した解答は単純明快なものだった。
ルリの概念分解を一点に集中させ、同じ場所をミリ単位の狂いもなく攻撃し続けること。
無限に近いリソースの壁を穿つには、絶対分解による局所破壊をただひたすらに重ね続けるしかない。
口で言うのは簡単だ。
だが、その困難さは二人にも痛いほど理解できていた。
分解攻撃を一点に集中するということは、すなわち、ルリが攻撃し続けるということ。
つまり、回避行動を行えない。
それを成立させるためには、ワクの放つ一撃必殺の猛攻を、ルナがすべて防ぎ続けなければならない。
不可能に近い前提条件だった。
それでも、二人の瞳に諦めの色はなかった。
ルリが深く息を吸い込み、右腕を前方へ突き出す。
「――裏奥義『強手』!!」
ルリの右腕を包む藍色の装束が、メキメキと音を立てて幾重にも重なり合い、恐るべき密度へと硬質化していく。
あらゆる障壁を穿つ強固なドリルの形状へと変貌し、超高速で回転を始めた。
そして、さらに――。
「――破綻。概念分解」
超回転するドリルの先端から、眩いばかりの白銀の輝きが放たれる。
対象の構造そのものを分解し続ける、絶対破壊の神槍が、ここに完成した。
「ルリ、サポートは任せて」
ルナは手にしていたベレッタM9を消去し、あえて無手の状態へと移行する。すみやかに盾を生成するための決断。
「「いくぞッ!!」」
二人の息は完全に同調していた。
同時に地面を蹴り、ワクへと牙を剥く。
一方のワクは一切の動揺を見せず、手にした【対異形弾装填型回転式拳銃】の銃口を突進してくるルリへと向け、引き金を引いた。
大気を引き裂く重低音。
ルリは身体を紙一重で滑らせて弾道をかわすと、ワクの懐へと潜り込み、正面から概念分解の強手をその胸部装甲へと突き刺した。
――ギィィィュルュルュルュルッ!!!!
鼓膜を激しく蹂躙する、金属と概念の凄まじい摩擦音。
超高速回転する神槍が、ボディアーマーを満たすエデンのリソースを狂ったように削り取っていく。
だが、相手は国家規模のリソース量。光の粒子となって削れているはずの外装に、未だ傷は認められない。
「無駄だ」
ワクが冷徹に言い放ち、眼前のルリに向けて右手の【伸縮式強襲用特殊警棒】をフルスイングで振り下ろした。
その一撃には、ルリの頭蓋を容易に叩き割るだけの質量が乗っている。
「させないッ!」
――ガギィィィンッ!!!
寸前、ルナが割り込み、生成した分厚い防弾盾でワクの警棒を受け止めた。
凄まじい衝撃がルナの腕を伝い、骨がきしむ。
攻撃を防がれたワクは、流れるような動作で、左手の回転式拳銃を至近距離からルリへと向けた。
「……くッ!!」
盾を構えたままのルナの思考が極限状態で加速する。ルナは地中から新たな防弾壁を生成すると、ワクの銃口とルリの身体との隙間へと強引にねじ込んだ。
高威力の弾丸を防ぐため、角度をつける。
――ギィンッ!
放たれた銃弾は、傾いた防弾壁の表面を滑るようにして軌道を変え、夜空へと弾かれた。
なんとか防ぎきった。
ルナは戦いの中で、ワクが放った弾数を正確にカウントしていた。
今の発砲で、彼の回転式拳銃の残弾はゼロ。
リロードをしない限り撃てない――。
(この警棒さえ防ぎきれれば……!)
決して気を抜いたわけではなかった。しかし、あまりの猛攻を凌ぎきったという安堵が、ほんのわずか、ルナの心の隙間に生じたのかもしれない。
ワクは、空になったはずの回転式拳銃を、その場へ無造作に投げ捨てた。
それが戦士としての、ワクの冷徹な最適解だった。
銃を捨てて自由になったワクの左拳が、ルナの無防備な脇腹へと叩き込まれる。
「……ガハッ!!」
とっさに片手で小型の防護盾を生成したものの、その衝撃は完全には防げず、内臓を直接揺さぶられるような凄まじいダメージが走る。
ルナは息を完全に詰まらせて弾け飛び、受け身も取れないまま地面を激しく擦られるようにして転がった。
「ルナッ!! ――しまっ、ウガッ!?」
ルナの危機に、一瞬だけドリルの押し込みが鈍った。
その隙をワクは見逃さない。
強手での猛攻を続けていたルリに対し、ワクは空いた左手を伸ばすと、その顔面を正面から容赦なく掴み取った。
そのまま、圧倒的な腕力でルリの身体を地面から強引に持ち上げる。
そう……アイアンクローだ。
「……グッ……ギ……ア、ガ……ッ」
ワクの指先にエデンのリソースが集中し、万力のような力でルリの頭蓋を締め上げる。メキメキと、ルリの骨が悲鳴を上げる不気味な音が響いた。
ルナは泥に塗れながら、必死にワクの胸元を見る。
ルリがあれほど削り続けたワクのボディアーマーには、わずかな擦り傷のような攻撃の痕が見られるだけで、ヒビ一つ入ってすらいなかった。
圧倒的な、国家の壁。
ワクは頭上でもがくルリを掴んだまま、冷徹なバイザーの奥から、冷え切った声をルナへと投げかけた。
「何度言ったら分かる。……もう諦めろ」




