54.学園での戦い⑨
――ガァァンッ!!!
静寂の夜を引き裂き、学園の敷地内に重厚な銃声が響き渡る。
サトウが死に、Waveは強制終了する。
……はずだった。
スコープの先では、あり得ない光景が視界に飛び込んできた。
サトウの額の手前、わずか数十センチの空間で、放たれた対異形弾がピタリと停止していたのだ。
弾頭の周囲には、目に見えるほどの放射状のヒビが広がっている。
「……防弾ガラスッ!?」
直後、パリンと小気味よい音が響いた。
ワクが驚愕して空を見上げると、夜の闇の中、無数の極薄ガラスの破片がダイヤモンドダストのように美しく舞い散っていた。
「これは……ッ!」
アルセーヌの技『衝撃感知センサー付き極薄窓』。
校舎を半円球状に覆ったそれは、ご丁寧にもゾンビが無事に入り込めるよう下部を開通させている。
隠密に設置されたその対空センサーに弾丸が触れた瞬間、到達地点が計算され、防護対象の一人であるサトウの眼前に「防弾ガラス」を超速設置して着弾を防いだのだ。
サトウは錯乱などしていなかった。最初から囮役として立候補していたのだ。
彼の周囲を囲んでいた死者の群れは、すでにアルセーヌの『窓』によって強引に押し返されており、サトウ自身は後方の安全圏へと離脱を完了している。
そして、ワクはこの罠の意味に即座に思い至る。
「位置がバレたッ!」
その瞬間だった。
通用口に面した廊下の窓を激しく突き破り、一台の巨大な影が夜空に躍り出た。
咆哮を上げる黒鉄の大型バイク。
ハンドルを握るのはジン。そしてその後部座席には、鋭い眼光を放つルナが不敵に腰掛けていた。
激しい金属音と共に着地したバイクは、タイヤを軋ませながら、ワクの潜む狙撃地点をめがけて一気に加速する。
「ケツに乗せるの、随分と久しぶりじゃねぇか、ルナ!」
「ええ、ジンさん! 頼りにしてるわ!」
「へっ、任せな! 振り落とされるんじゃねえぞ!」
ジンの咆哮と共に、バイクのスピードが爆発的に跳ね上がる。
前方を塞ぐのは、壁のように押し寄せるゾンビの群れ。
だがジンは、神業めいたライディングテクニックで、死者のわずかな隙間を縫うように蛇行し、トップスピードを維持したまま爆走していく。
そして、どうしても避けきれない肉の壁が迫った瞬間――。
後方に座るルナが、手にした【強襲用対異形弾装填型散弾銃】ウィンチェスターM1887を容赦なく前方へ突き付けた。
――ドンッ!!!
轟音と共に放たれた散弾が、前方のゾンビを吹き飛ばす。
ジンは速度を一切殺すことなく、散弾によって強引に抉じ開けられた隙間へと突入していく。
ルナはスピンコックで流麗に次弾を装填しては、次々と銃声を響かせて道を切り開いていった。
「くそッ……!」
ワクは焦燥を押し殺し、激しく蛇行するジンにレティクルを合わせ、引き金を引く。
だが、ジンはまるで弾道を予知しているかのように、最低限の切り返しでそれをことごとく回避してみせた。
二人の影が、凄まじい速度で接近してくる。
なおも発砲を繰り返すワクだったが、ついにゾンビの密度が限界を超え、ジンの前方が完全に埋まった。さすがのバイクでも、この肉の壁は突破できない――。
そう確信した刹那、ジンはあえてゾンビの頭を踏み台にし、バイクを跳ね上げ、夜空へと飛び出した。
中空を舞う黒鉄の車体。
「好機ッ……!」
空中であれば回避は不可能。
ワクはすかさず射撃を放つ。
だが、空中のバイクは不自然に側面を向けていた。
……ガギン!!
ルナが空中で即座に防弾盾を生成し、ワクの狙撃を完璧に弾いたのだ。
その瞬間。
ワクの背筋に、ゾクリとした戦慄が走った。
(――何かおかしい)
それはデータ生命体としての計算によるものではない。
ルナと共に様々な事件を経験したことによる、捜査員としての勘だったのかもしれない。
理由も理屈も分からない。だが、このままここにいれば一瞬で消滅するという、圧倒的な破壊の予感が全身に警鐘を鳴らす――!
「――ッ!!」
ワクは考えるより先に、スコープから顔を離すと同時に、文字通り死に物狂いで後方へと大きく身を投げ出した。
――その刹那、セカイの音が消えた。
大気を、空間を、視認不可能なほどの超高速で強引に抉り裂いていく光跡。
それが、ワクのいた空間を容赦なく通り過ぎたのだ。
――ドゴォォォォンッ!!!
一瞬遅れて、鼓膜をぶち破るほどの爆音と、凄まじい衝撃波が炸裂する。
直撃は避けた。しかし、その未知の一撃がもたらした強烈な熱量と暴風は、容赦なくワクの身体を巻き込む。
「が、はっ……!?」
ワクが手にしていたM1500は、凄まじい熱波によって一瞬で赤黒く融解し、衝撃波に耐えかねて粉々の金属片となって夜空へ吹き飛んだ。
それだけではない。ワク自身も激しい熱線に焼かれ、フェイスガードに激しい亀裂が走る。
受け止めた衝撃のあまりの質量に、彼は防戦一方のまま地面を何十メートルも激しく転がり、背後のコンクリート壁に叩きつけられた。
「く……、あ……!」
煙を上げる衣服。フェイスガードが火花を散らす。
かろうじて命は繋いだ。だが、ただの掠めた余波だけで、ワクの戦闘能力を削ぎ落とす、十分すぎる一撃だった。
視界が激しく歪む中、ワクは前方を見る。
彼が先ほどまでいた狙撃地点の地面は、まるで巨大な隕石でも落ちたかのように深く抉れ、激しい光の残響を放っていた――。




