50.学園での戦い⑤
「……あの日、学園が変わった日のこと、今でも鮮明に覚えてる」
ミカのその一言をきっかけに、ルナの意識は彼女の記憶をなぞるように、過去の学園へと引き込まれていった。
* * *
ルナが智天使エイミットの手によって隔離された後、学園には不気味な空白が残された。
教師たちは「ルナは急な仕事の都合でいなくなった」と機械的に繰り返したが、その説明を信じる生徒はいなかった。彼女は過酷な捜査を終え、ようやく学園へと戻ってきたばかりだったのに……。
完璧に管理されたエデンにおいて、他人の不在を気にする時間など、本来は無駄な行為だ。気に入らないものはミュートすればいいし、空いた穴(友人)もシステムが生成すればいい。それが、AIの管理するVR世界の正解であり、常識だった。
しかし、彼らは違った。
ルナのクラスメイト、友人、そして、異形化問題により彼女に救われた生徒達は、システムが提示する平穏な忘却を拒絶したのだ。
彼らは連日職員室に詰め寄り、異例の直談判を繰り返した。
「学校側は何かを隠しているはずだ」
「ルナは不正にミュートされたのではないか」
この流れは、学園全体へと波及していった。
生徒たちの疑念は、ついには臨界点に達する。
学園の秩序が完全に麻痺したその時、それは現れた。
一匹のゾンビ。
平和そのものだった校舎に、腐臭を撒き散らす死者が足を踏み入れる。
皆がパニックに陥る中、体育教師がそれを排除し、事態は沈静化したかに見えた。
しかし翌日、来訪したゾンビは三体に増えていた。グラウンドで教師たちが必死に死者を食い止める光景を、生徒たちは教室の窓から絶望と共に眺めることしかできなかった。
そして、空が漆黒に染まった。
六枚の翼を広げ、傲慢な神の如く学園の上空に顕現したのは智天使エイミット。
彼女は眼下の人々を見下ろし、その冷徹な声を響かせた。
『――矮小な人間どもよ。ルナという個体のことは忘れよ。貴様らの生活には何も関係のない個体だ。いや、ルナだけではない。周囲の人間たちもまた、全ては本質的に貴様ら個々とは全く何も関係がない』
エイミットは嘲笑うように、学園を指差した。
『エデンの恩恵のもと、平穏に生活したいのであれば、今すぐそれぞれが学園内の個体全てをミュートせよ。そうすれば、貴様らは新たな位相へと移動でき、またいつもの平穏な学園生活を送れるだろう。自分以外のノイズが存在しない、完璧な世界だ』
彼女の指が描いた軌跡に沿って、学園を囲むように禍々しい霧が立ち上る。
『だが、万が一にも断る愚か者がいるのであれば、この学園の周りを封鎖する。そして、ゾンビどもを贈り続けよう。そんなにルナという個体の存在が大切であるのなら……貴様らの絆、私に見せてもらおうか』
それは、生徒たち一人ひとりに突きつけられた、究極の二択だった。




