49.学園での戦い④
嵐のような夜が、嘘のように急速に明けていく。
空は再び、透き通るような青に塗り替えられた。だが、その爽やかな青空とは裏腹に、体育館の中は重苦しい絶望とうめき声で充満している。
床には、ゾンビに攻撃された生徒たちが力なく横たわっている。
Waveの終了と共に、彼らの身体的な損傷もリセットされる。だが、ゾンビに肌を裂かれ、身体を噛まれる感触と恐怖は、魂に深い傷痕を残したまま消えることはない。
ルナはその凄惨な光景に足がすくんでいた。
犠牲となっていたのは、体を張って最前線に立っていた運動部の男子達。
彼らは、いつだって陽気で少し騒がしいだけの普通の生徒達だったのに。
その光景を呆然と見つめていたルナの肩に、ずしりと重い手が置かれた。
「……よう、ルナ。久しぶりだな」
どこか懐かしい、低くかすれた声。
振り返ると、そこにはジンが首筋を掻きながら立っていた。
制服の袖が汚れ、疲労の色は隠せないが、その眼光だけは鋭く健在だ。
「ジンさん……無事だったんですね。よかった……」
「おう。俺ぁしぶといからな。ルナ、お前がここに来たってことは……アイツに会いに来たんだろ? だが、今はちょっとだけ待ってやってくれ」
ジンは顎で、体育館の奥の方を指した。
そこでは、震える同級生たちの手を握り、一人ひとりに声をかけて回るミカと、祈るような面持ちで介助を続けるヒナコの姿があった。
「大丈夫……大丈夫よ。よく頑張ったわ」
ミカは憔悴しながらも、決して癒やしの手を止めようとはしなかった。
彼女が声をかけつづけないと、蹂躙された生徒達の精神がもたないからだ。
その時、体育館の中央で光の粒子が渦巻いた。
リソースが凝縮され、一人の少年が形作られていく。
先程、頭を撃ち抜かれ、強制ログアウトさせられた――サトウが再ログインしたのだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ!!」
サトウは現れた瞬間、肺が破れんばかりの勢いで空気を求めた。
再ログインを果たした彼の身体は無傷だ。だが、眉間に残る弾丸の感触と、ゾンビに群がられた際の腐臭の記憶が、彼の肩を激しく震わせる。
「サトウ! 戻ったか!」
「お前、大丈夫か……!?」
野球部の仲間たちが駆け寄る。
経験者は理解している。
死した後、ここへログインを果たすのが、どれほどのことであるのかを。
サトウには答える余裕などなかった。ガクガクと震える膝が折れ、冷たい床に手をつく。
自分という個体を保つだけで、彼の精神は限界を迎えていた。
その時、ミカが静かに歩み寄り、小刻みに震えるサトウの頭を、自らの胸元へ抱き寄せた。
「ありがとう、みんなのために……。犠牲にさせてしまって、ごめんなさい」
ミカのその一言に、サトウの張り詰めていた糸が切れる。
「う、うああああああああ!!」
子供のように声を上げて泣き出すサトウ。
だが、それを笑う者も馬鹿にするものも、ここには誰一人いない。
ゲームのクリア条件の一つ、それは『プレイヤー全員の生存』。
だが、今では誰しもが気づいている。
それは、最初から実現不可能なクソゲーだということを。
結局、Waveは誰かが死んで生贄にならなければ終われない。
力のない女子たちは知っている。彼ら男子たちが盾になって防がなければ、犠牲者は拡大し自分たちも確実にゾンビの餌食になることを。
そして、傷だらけの男子たちも知っている。自分たちが耐えなければ、彼女たちの笑顔が失われてしまうことを。
ここは、そんな歪な献身だけで維持されている地獄の聖域だった。
サトウの慟哭がようやく収まり、体育館に再び重い沈黙が訪れた頃。
ルナはゴンドウに付き添われ、ミカとヒナコのもとへ歩み寄った。
「ルナ……久しぶり。やっと会えて嬉しいのに……ごめんなさい。こんな状況になっちゃって」
ミカが力なく、自嘲気味に微笑む。
「謝ることなんてないわ、ミカ。……何があったの? 私がいない間に学園で一体何が……」
ルナの問いに、ミカは覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。




