48.学園での戦い③
ゴンドウは再会の余韻を即座に断ち切り、手にした無線機へ指示を飛ばす。
その瞳には、街の守護者としての鋭利な光が宿っている。
「野球部は昇降口を死守してください! 各出入口の警戒員は防壁を越えてきた敵を各個殲滅! ジンは遊撃だ。孤立した味方を救出してください!」
「私も持ち場へ戻ります。ルナちゃん、また後で……!」
短く告げると、ヒナコは弾かれたように教室を飛び出していった。
張り詰めた空気を切り裂くように、校舎の外から男子生徒たちの悲鳴に近い叫び声が響き渡る。
「これは……いったい何が起きているんだ」
アルセーヌが低く呟く。ルナは導かれるように教室の窓に駆け寄り、外を見下ろした。
そこで繰り広げられていたのは、悪夢を具現化したような地獄絵図だった。
校門を突き破り、なだれ込んでくるのは、肌が土気色に腐り果てた――膨大な数のゾンビの群れ。
ある者は野球バットで、ある者は机の脚で、血反吐を吐きながら必死の抵抗を続ける生徒たち。
校舎を四方から取り囲む死者の軍勢に対し、学園そのものが巨大な防衛拠点となって、かろうじてその「生」を維持している。
「何よこれ……!? 助けなきゃ!!」
今にも教室から飛び出ようとするルナの肩を、ゴンドウの重厚な声が制した。
「駄目ですルナさん。あなたたちは不法侵入者ではないのですか?我々はこのエデンの国民……真に殺されることはない。だが、あなた方は違う」
「ゴンドウさん、心配はいらないわ」
アルセーヌが不敵に笑う。アンジェもまた窓枠に足をかけた。
「これだけ囲まれてるんだ、ルナ。効率よく散らせてもらおうかい」
「分かった。……おばあちゃん、気をつけて!」
ルナの返事と同時に、アルセーヌ、アンジェ、ルリの三人が夕闇の空へと躍り出た。
ルナは踵を返し、戦況が激しい昇降口へと全速力で駆け抜ける。
昇降口では、サトウを筆頭とする野球部員たちが、死に物狂いでバットを振り回していた。
何とか耐えている。だが、押し寄せる死者の数は、十代の若者たちが捌ききれる限界を遥かに超えている。
ルナは駆け抜けざまに思考を加速させ、手の中に【9mm対異形弾装填型自動式拳銃】――ベレッタM9を生成した。
だが、銃口を向けた刹那――彼女は思い返してしまう。
(ゾンビ? もしかして『エイミット』の能力……!?)
もし、このゾンビたちの正体が、環境設定の変更によってゾンビ化させられただけの一般住民だったとしたら。
「ぐ、わあああああッ!!」
動揺した一瞬の隙を突き、ゾンビの群れが野球部員の列を食い破る。分断され、血の海に沈もうとする仲間。
ーーその時。
『あー……あー。聞こえますかー、ルナさ~ん。こちら、休日なのに仕事で夜も眠れないナビゲーターのアクアですよ~』
脳内に直接響く、どこか抜けた、それでいてひどく冷徹な少女の声。
「アクア!? なんで今……っ」
『いいから、さっさと撃っちゃいなよ。そいつら、中身なんて入ってない使い捨てのプログラムなんだから。こんなに大人数の一般住民をゾンビに改編するなんて、いくらやつらでもできないよ』
アクアの言葉が、ルナの迷いを強引に断ち切る。
『安心して。ただのゴミ掃除さ。……さあ、急いで急いで!』
ルナは奥歯を噛み締め、迷いを覚悟へと塗りつぶした。
「――ッ!!」
ドォン、ドォン、ドォン!!
乾いた銃声が響くたび、ゾンビの頭部が的確に弾け飛ぶ。排除されたゾンビたちが、アクアの言った通り肉片を残さず青いリソースとなって霧散していく。
(――大丈夫。これは、純粋なプログラム……!)
「ルナ!? 助かった!!」
「任せてサトウ。一気に前線を押し上げるわよ!」
ルナの正確無比な援護射撃により、死者の壁が目に見えて崩れていく。
最後の一体がサトウの渾身のフルスイングによって粉砕され、ようやく静寂が戻った。
「……やった!凌いだぞ!」
「よっしゃあああ!!」
歓喜の声が上がる。だが、その喜びを打ち消すように、無線機からゴンドウの悲痛な声が響いた。
『まだです!……時間は過ぎていない! 強化型が来ます!!』
校庭の闇から、地を蹴る鋭い音が聞こえる。
通常個体とは比較にならない速度で疾走してくる「高速移動型」。そして、その背後から悠然と現れたのは、右腕が巨大な肉切り斧と化した、数メートルに及ぶ「改造型」の巨躯。
「みんな!下がって!!」
ルナは両手を前に突き出し、全リソースを集中させる。
「生成――【防弾壁】!!」
重厚な鋼鉄の盾が昇降口を物理的に封鎖する。
しかし――。
「グオオオオオッ!!」
巨躯のゾンビが何度も振るう斧により、鋼鉄の盾は引き裂かれる。破壊された隙間から、高速移動型が餓えた獣のように溢れ出す。
「うわぁ、やめろ、来るな!!」
叫び声も虚しく、一番近くにいたサトウへゾンビが群がる。彼は死者の奔流に飲み込まれた。
エデンの国民である彼は死ぬことはない。だが、腐臭と死の感触に包まれ、蹂躙される苦痛は現実と変わらない。
「やめてくれ……助けて……助けてえええ!!」
サトウの心が悲鳴を上げる。
あまりの惨状に、他の部員たちは立ちすくみ、動くことすらできない。
だが、無数に重なるゾンビの歯が彼の喉元に食らいついたその時、地獄の喧騒を切り裂く一撃が放たれた。
――バァンッ!!
冷徹な放物線を描いた一発の弾丸が、もみくちゃにされるサトウの眉間を、容赦なく撃ち抜く。
その瞬間、サトウの身体から色が失われ、ポリゴンの破片となって弾け飛ぶ。
それと同時に、学園中に耳を劈くような不協和音のブザーが鳴り響いた。
『――生徒サトウ・ケンジ。死亡判定』
『――防衛目標の毀損により、本フェーズを終了します』
視界の隅に、真っ赤な【GAME OVER】の文字がノイズ混じりに浮かび上がる。
先ほどまで襲いかかってきたゾンビたちが、糸が切れた人形のように崩れ落ち、青い霧となって消えていく。
『……世界をリセットします。次のWave開始まで、残り24時間』
無慈悲なシステムのアナウンスが響き、急速に周囲の熱が奪われていく。
「……今の銃声は……」
ルナは震える肩を抑え、銃声が響いた校舎の屋上を見上げた。
星空を背に立ち、黒いスナイパーライフルを肩に担ぎ直す影。
黒いタクティカル・フェイスガード。見覚えのある警察の制服。そして、ガードの隙間から覗く、かつては信頼の証だった鋭い獣の耳。
「……ワク?」
ルナの声は届かない。
屋上の影――ワクは、眼下で呆然と立ち尽くすルナを一瞥すると、何の感情も読み取れない冷ややかな視線を向けた。
……そして、そのまま背を向けて闇の中へと消えていった。




