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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~囚われの姫と月の使者編~  作者: バニラ味一択


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 視界を焼き尽くしていた眩さが、引き潮のように消えていく。

 網膜に焼き付いた残像が薄れるにつれ、見覚えのある色彩がルナの意識に像を結んだ。

 使い古された事務机の木目。壁面で角が丸まった「防犯」の啓発ポスター。受話器のコードが不自然にねじれた黒電話。

 鼻腔をくすぐるのは、埃と古い紙、そして安っぽいインスタントコーヒーが混ざり合った、あの独特の臭い。



「……派出所だ」



 ――聖エデン学園前派出所。

 ルナにとっての原風景。

 正義を信じ、エデンの平穏を守ろうと奔走していた頃の、彼女の思い入れが詰まった「ホーム」がそこにはあった。

 

 だが、決定的かつ致命的な欠落が、その光景を冷たく歪ませている。

 本来なら、そこにはコーヒーを啜りながら新聞を広げている所長や、バイクの点検に余念がない先輩がいるはずだった。


「ゴンドウさん……? ジンさん……?」


 ルナの呼びかけに答えるのは、時計の針が刻む無機質な音だけだ。

 いるのは『研究室』から来たアルセーヌ達だけ。

 狭い事務スペースにひしめき合うように立っている。


「ルナ、気分は大丈夫? 転送酔いは……なさそうだね」


 ルリが心配そうに覗き込む。

 ルナは短く「ええ」と答え、バックルーム突入前のアルセーヌの警告を脳裏に反芻していた。


 『エデン』における不法入国者の制限。

 死のリスクはもちろんのこと、アクアが構築する「緊急退避用バックドア」は極めて不安定で、生成には時間がかかり、さらにシステム側に検知されれば破壊されるおそれがある。

 そして当然ながら――この広大な楽園において『ファストトラベル』というシステムからの恩恵が一切行えない。


(歩いていくしかない……エマを助けるために)


 囚われの場所は推測できる。

 だが、確信を得るための情報が足りない。

 経験豊富なゴンドウの意見と、ジンの運転技術があれば、何か突破口が見つかるだろうと期待していた。

 しかし、彼らは影も形もなかった。


「ルナ、とりあえず外に出てみようかねぇ。この静けさ、ちと不気味だよ」


 アンジェに促され、ルナは震える指先で派出所のドアを開けた。

 外に出ても、そこには見慣れたエデンの街並みが広がっていた。

 柔らかな陽光が降り注ぎ、街路樹の葉が風に揺れている。だが、やはり何かがおかしい。


 道路に車はなく、歩道には犬一匹いない。まるで世界中の人間が、ある一瞬を境に蒸発してしまったかのような、死んだ静寂が街を支配していた。


「……おかしいね。誰もいないのかな?」


 ルリが呟いたその時。

 無人のはずの交差点、その向こう側から、震えるような声が響いた。


「……ルナちゃん!?」


 その声に、ルナの心臓が大きく跳ね上がった。

 それは、忘れるはずのない、耳に馴染んだ声――。




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