41.画家と偶像④
『……これが彼らの物語。二人の努力は報われることなく、すれ違い続ける。でもね、その愛だけは本物なんだ。だからこそ、システムが失敗と断じても彼らは諦めない。想いが成就するその瞬間まで、執着が失われることはない』
アクアの淡々とした解説が、ノイズ混じりに響く。
「……だから、あいつらは『描けない』とか『見てもらえない』とか叫び続けてるのか」
ルリが忌々しげに、右腕に絡みつく黒い塗料を振り払った。
『その通りだよルリくん。つまるところ、不器用な大人達の恋愛話なのさ。こういうの君たちにはまだ早かったかな? 特にルナ。君、そういう機微とかデリカシーとかゼロだもんねぇ。無理して分かったふりしなくていいから、早く諦めて部屋から出てきなよ』
「……っ、う、ゔぅぅ……むっかつくぅぅ~!!」
防壁の影で、ルナの額に青筋が浮かぶ。
「ル、ルナ、落ち着いて。きっと、わざと煽ってるんだよ」
「落ち着いてるわよ! アクアもそうだけど、この異形たちにも腹が立つわ! コイツらの湿っぽい気持ちなんて、私、一ミリも分かんないッ!!」
ルナは、歯を剥き出しにして異形たちを睨みつけた。
「……奇遇だねルナ。正直、僕も全く理解できないよ。……画家の方は僕に任せて」
「ええ。そんなに願いを叶えたいって言うのなら……力ずくで叶えさせてやりましょう!」
ルナが防壁から弾かれたように飛び出した。向かうは、逆光の中で震える光の偶像。
「生成! 【広範囲用戦術兵装・多投光型照明機】!!」
ルナの咆哮と共に、純白の空間に巨大な照明機群が組み上がる。
『なっ、なにそれ?どういうこと?』
それは、暗闇を昼間に変えるほどの暴力的なまでの光の檻。
「お望み通り、思いっきり輝かせてあげるわ!!」
ガシュンッ! と凄まじい重低音と共に電源が入る。
数千、数万ルーメンの光の帯が一点に集中し、偶像を全方位から直撃した。
「あああああ! まぶ、しい……ッ!?」
悲鳴を上げる偶像に向かって、ルナは銃を構えることさえせず言い放った。
「私には分からないわ! 苦しむくらいに見てもらいたいのなら、ありのまま自分から会いに行けばいいじゃない! どんなに光で着飾ったって、あんた自身は変わらないんだから!!」
フラッシュによる日中シンクロ。光線が重複し、逆光を打ち消す順光へと至る。
影の中に隠れていた偶像の、本当の素顔が白日の下に晒される――その瞬間。
あまりの光量に周囲が真っ白に染まる中、ルナはこっそりと生成していた偏光レンズ入りサングラスを取り出し、装着した。
『ちょっ……ずるっ!? ……っていうか、何で今どきティアドロップなのよ!? 』
「うるさいわね。これは必要な装備よ。……似合ってるでしょ?」
黒いレンズの奥、不敵な笑みを浮かべ、ルナは真っ白な光の渦の中心を見据えた。
「――捉えたわ。スキャン! 顔画像解析!!」
レンズに電子のグリッドが走り、偶像の貌を瞬時にデータへと変換していく。
視界の端でプログレスバーが高速で走り抜け、複写完了のサインが点滅した。
白日の下に晒された偶像は、その素顔を完全に暴かれ、絶叫に近いノイズを上げた。
「あ、あああ……まだ駄目、見ないで、まだ……見ないでぇぇ!!」
自己否定感からの羞恥心が許容量を突破する。
偶像自身の放つ輝きは、ルナの投光器の光を燃料にするかのように膨れ上がった。
――限界。
数万ルーメンの光は、爆ぜるような衝撃波を伴って全方位へ飛散した。
ドゴォォォンッ!
仮想空間の空気を震わせる重低音。
狂おしいまでの光の奔流が、偶像の形を維持できなくなるほどに空間を焼き、粒子となって霧散していく。
「こっちは手に入れたわ! あとは頼んだわよ、ルリ!!」
光の粒子が雪のように降り注ぐ中、ルナは愛銃を片手に悠然と佇んでいた。
漆黒のティアドロップ・レンズが、周囲を舞う光をキラリと反射させる。
『……大門かよ』




