40.画家と偶像③
白き空間に、絶望の密度が増していく。
ルナは後退しながら【防弾壁】を連続生成し、よろめくルリをその内側へと引き入れた。
「……っ、どうなってるの!? 頭を撃ち抜いたはずよ!」
「僕も……確かに核を潰した手応えがあった。なのに、復活したどころか、前より出力が上がってる……!」
異形たちはその場を動かない。だが、画家の足元の沼は際限なく広がり、偶像の放つ熱量は防壁の装甲をじりじりと焼き始めている。
その光景を、部屋の外のモニターで見つめるアルセーヌが、アクアの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。
「どういうことじゃ!? 不死身の異形など倒せる道理がなかろう! 貴様、初めからエデン行きを阻むつもりだったのか!」
「……ええ。彼女をエデンへ連れていくのは認めませんよ。でもね」
アクアはアルセーヌの手を冷たく払い、画面の向こうの悲鳴に目を向けた。
「この異形を救いたいっていう気持ちに嘘はないの。……こいつらは『関係者』なんだ。万が一救済できたら、エデン行きを認めてあげる。……まあ、無理だと思うけどね」
「貴様……ッ!」
「じいさん落ち着きな。……あの子たちなら大丈夫さ」
アンジェの静かな声が、殺気立つ空気をなだめる。
その間にも、ルナたちは飛来する塗料の弾丸を回避し反撃を繰り返していた。
だが、何度身体を散らしても、二体の異形はすぐに再構成され、そのたびに呪詛のような呻きを強めていく。
「ジリ貧だね……このままだと、先にこっちの精神力が尽きる」
「そうね。……普通のやり方じゃ倒せる気がしない。私たちはこの異形を知る必要があるわ。……アクア! 聞こえてるんでしょ!」
ルナの叫びに、脳内のノイズが跳ねた。
『……そうだね。話してあげるよ。ルナ、君はAIで物語を生成したことはある?』
「……何の話よ!こんな時に!」
『大事な話だよ。人が頭の中で思っていることを言葉にして伝える。すると、システムが瞬く間に文章や画像、映像を紡ぎ出す。魔法みたいで凄いよね?』
通信越しの声は、どこか遠くを悼むように響く。
『でもね、満足のいく完成品が一発で生まれるのは稀だ。一つの正解へ至るまでに、ゴミ箱へ捨てられた無数の分岐、選ばれなかった選択肢、死んでしまった別の物語が生まれてしまう』
「……っ!?」
『ある物語があった。――男は美大生の女と恋仲になった。だが、彼らは運命に引き裂かれ離ればなれになる。彼は一から必死に絵を勉強し、ついに彼女の肖像画を完成させた。コンクールに入賞したその絵は、偶然来訪した彼女の目に留まり、彼の想いを知る。二人の時は再び動き出す――』
アクアが紡ぐ、ありふれたストーリー。
だが、目前の異形が流す黒い涙が、その物語を否定するように激しく溢れ出す。
『……ルナ、普通に考えてみてよ。素人がちょっと勉強したくらいでコンクールに入賞できると思うかい? 奇跡なんて、そう簡単に起きるわけないよね。……システムが「ありえないだろ」と判断した瞬間、別の可能性も生成される』
「描けない……彼女の色が、何一つ……! 私は、無力だ……!」
「私に価値はない……。あの人に見てもらえるような、輝きがッ、足りないの……もっと、もっと……!」
『彼らはね、ハッピーエンドを迎えられなかった物語。生成の過程で切り捨てられた、救いのない失敗作なんだよ』
アクアの言葉が、冷酷な真実となってルナの胸を突き刺した。
目の前にいるのは、幸福な結末のために無かったことにされた哀れな残滓だったのだ。




