39.画家と偶像②
「……生成」
ルナの指先が虚空をなぞり、漆黒の【9mm対異形弾装填型自動式拳銃】がその手に具現化する。
同時にルリもまた、その身を深い藍色の装束へと包み、静かな殺気を解き放った。
侵入者の存在に、画家が狂乱の叫びを上げる。
「描けない……っ! あの色がッ!どうすればああああ!」
振るわれた巨大な筆から、弾丸と化した黒い塗料が豪雨のように二人を襲う。
「この程度なら避けられる! ルナ、いける?」
「ええ、大丈夫よ」
降り注ぐ黒い死を、二人は最小限の動きで舞うように回避していく。
「ルナ、君は遠距離から画家を! 僕はあっちをやる。装束を重ねれば、あの光の熱にも耐えられるはずだ!」
「分かったわ。……行くわよ」
ルナは、アルセーヌから授かった理を脳内で再定義していた。
「生成――【防弾壁】!」
轟音と共に、重厚な鋼鉄のシールドが画家との間に疎らに突き立てられた。
窓を操り空間を支配するアルセーヌの技を、彼女は警察装備という自らの権能へと置き換え、模倣し、昇華させたのだ。
ルナは防壁を移り位置を変え、愛銃に全神経を集中させる。
弾丸に込めるのは強固な意志。
「――シュート」
放たれた一撃は、画家の眉間を寸分違わず貫いた。
絶叫すら残さず、画家は足元の黒い沼へと沈み込んでいく。
「いっ、一撃ぃ!? ちょ、強すぎじゃないデスカ!?」
モニター越しのアクアが悲鳴を上げる。だが、驚愕はそれだけでは終わらない。
「……『抜き足』」
ルリの姿が、陽炎のようにかき消えた。アルセーヌ流の初歩――だが、その速度はもはや人の動体視力の限界を突破している。
ルリは光り輝く偶像の懐へと一直線に潜り込んだ。
「アルセーヌ流近接格闘術――『突き破り』ッ!」
繰り出されたのは、以前と変わらぬ抜き手。しかし、その内実は完全に別物へと変貌していた。
アンジェの身体の理念を、ルリは機械の体で最適化させた。VR上の体内へ、筋肉の代わりに無数の精密なギアを敷き詰めたのだ。噛み合う歯車が無限のトルクや回転を生み出し、その腕を最強の削岩機へと変える。
ギュォォォンッ!
凄まじい衝撃波と共に、ルリの腕が偶像の胸部を容易く貫通した。
光り輝くシルエットから力が抜ける。
存在が消滅していく手応え。
完全なる決着。
「早ッ!ルリくんもヤバすぎるじゃん!? しばらく見ない間に何があったの!?」
「ほれ、言っただろう? 全く問題ないのさ、この二人は」
誇らしげに笑うアンジェ。……しかし。
「アンジェさん……確かに二人は強い。けれど……」
その時、ルリに貫かれたはずの偶像が、太陽を爆発させたかのような暴走的な光を放った。
「グアアッ!?」
網膜を焼くほどの光、そして装束越しに伝わる超高熱。
それと呼応するように、沈んでいた画家の沼が火山の如く噴火し、黒い飛沫が空間を埋め尽くす。
「くっ……!」
ルナは防壁の影に身を隠すが、視界を奪われたルリの右腕には、飛び散った塗料の一部が、まるで意志を持つ蛇のように絡みついた。
「グゥ……ッ! なんだ、これ……力がっ、入らない……!」
闇と光。相反する二つの異形が、互いの欠落を埋めるように混ざり合う。
「――愛は、不滅なんだよ」




