37.留置場
アクアに連れられ、一行はバックルームのさらに奥底へと足を踏み入れた。
先ほどまでのサーバーラックの並ぶ空間とは一変し、そこは窓一つない重厚な金属製のドアが等間隔に並ぶ、冷え冷えとした独房の通路のような場所だった。
「……ここは?」
ルナが漏らした問いに、先ほどまでふざけていたアクアが、これまでにない真剣な眼差しで答える。
「異形化の末路。……アルセーヌと一緒にいたなら少しは分かるよね?」
アクアの声が、無機質な通路に響く。
「現実世界で欲望が増大し歯止めが利かなくなる。あるいは、自我が喪失した状態となる。前者の状態は精神の暴走。対処法はVRにログインさせ、異形化した欲望をどうにかすることで正常な状態に戻すことができる」
「そう。私の場合は心に施錠し、その欲望を押さえ込ませている」
アルセーヌが補足する。ルナは、管理者としての重圧を纏ったアクアの横顔に驚きを隠せなかった。
「……じゃあ後者の状態とは? 彼らはね、魂が抜けてるんだよ」
アクアの言葉に、ルナの脳裏に疑問符が浮かぶ。
「異形化状態で暴走し続けると、精神がシステムに引き付けられ戻れなくなる。現実世界の肉体とVR上の精神が完全に解離してしまうんだ。……魂の迷子ってわけ」
「じゃ、じゃあ、教会で保護したあの人たちは……」
アルセーヌは答える。
「……彼らは脱殻だ。自我が消え去った器だけの存在。そして彼らの魂は、異形として暴走した醜い姿のまま、永久にVR内を彷徨い続けることになる」
ルナは驚愕に息を呑んだ。
「ここは留置場さ。奪い返した魂たちのね。……君とルリくんには、この中にいる二名の留置人を倒してもらいたい。それがエデン行きの条件だよ」
アクアはある一つのドアの前で、ピタリと歩みを止めた。
「……到着。この奥に、君たちの相手がいる」
「……アクア、一つ聞いていい?倒された『魂』はどうなるの?」
ルナの震える問いに、アクアは悲しげに目を伏せた。
「解離が初期段階かつ現実の肉体が残っていれば、戻せる可能性もゼロじゃない。……でも、今回君たちに対処してもらうのは、プレイヤーではないデータ生命体の異形なんだ。……成仏させるしかない。決して満たされることのない永遠の責め苦から、彼らを救ってあげてほしい」
救済としての、死。
ルナは拳を握りしめ、覚悟を決めたような鋭い目で頷いた。
「分かったわ。……いきましょう」
ルナの言葉を受け、並び立つルリも頷く。
「オッケー!行こうルナ!アクアさん、約束ちゃんと守ってよね」
その瞬間、アクアはこれまでの重苦しい雰囲気を霧散させた。
「ふふっ、大丈夫、大丈夫!それじゃあ頑張ってね!いってらっしゃ~い♪」
アクアはあざとく首を傾げ、二人の背中を軽快に突き飛ばした。
開かれた扉の向こう、闇の中から――異形の絶叫が響き渡る。




