幕間.ロストライセンス
アルセーヌらとの修行の日々は続く。
心身ともに削ぎ落とされていく感覚の中で、ルナは休息の折に、かねてからの疑問をアルセーヌに投げかけた。
「一つ聞いていい?……ライセンスは私にも手に入れることができるのかしら?」
アルセーヌは、手元の白手袋を整えながら、寂しげな、けれど柔らかな微笑を浮かべた。
「……残念ながら、それはもう叶わぬ願いだ。ロストライセンスとはね、かつて現実世界に存在した『国家資格』のことなのだよ」
「国家資格……?」
「そう。エデンの発展と共に、国家は形骸化し消失した。発行機関である国がなくなった以上、それらはもう二度と手に入らない失われた遺物……。だからこそロストライセンスと呼ばれているのだよ」
「そうなのね……。少し残念だわ。取得できれば、もっと強くなれると思ったのだけれど」
肩を落とすルナに、アルセーヌは首を振って言葉を継いだ。
「確かにロストライセンスがもたらす『権限』は、この世界の物理演算を無視するような反則的な側面がある。だがね、それは決して万能な力ではないんだよ。むしろ呪いに近い制約すらある」
「……制約?」
「私の資格は人への危険性が少ないものだ。だから制約も軽い。例えば『鍵は人体に取り付けるものではない』といった、当たり前の部分とかね。……そういえば……君は『爆轟』の小僧を知っていたね?」
ルナの脳裏に、凶悪なまでの破壊を振り撒く姿が過る。
「……マスター……」
「そう。彼は危険物を取り扱う資格を所有している。だが、よく考えてごらん。あの資格は本来、危険物を正しく管理し、人々に危害が及ばないようにするための保安責任者としての証明であるはずなんだ」
ルナは息を呑んだ。アルセーヌの言わんとすることが、氷のように冷たく脳に浸透していく。
「……えっ? じゃあ、あの爆発は……」
「そう。人に向けて危険物を炸裂させるなど、資格の理念からすれば本来はあり得ない。システムは、資格の定義に反する行為……つまり人命に影響を及ぼす禁止行為を検知した瞬間、所有者の脳へ凄絶な激痛を流し込み、行為を中止させるはずなんだ。並の精神なら指一本動かせなくなるほどの苦悶だろうね」
アルセーヌの瞳が鋭く細められた。
「だというのに、彼はそれを笑ってやり遂げる。規律を犯す痛みを意志の力だけで捩じ伏せているのか。あるいは、痛みそのものを愉悦に変えているのか……。どちらにせよ異常だよ。ライセンスをあのような形で振るうのは正気の沙汰ではない」
万能だと思っていたライセンス。
だがそれには、制約という危険なリスクが存在することをルナは初めて知った。
そして、マスターの特異性。
自分が借りを返そうとしている相手はシステムの制約すら機能しない狂気そのものなのだと図らずも突きつけられた。
「だが心配することはない。ロストライセンスがなくとも君は確実に強くなっている。君のひらめき、イメージを形にする才能は、ライセンスという型に嵌まらないほど自由なものだ。……この私が保証しよう」
「……ありがとうアルセーヌ。あなたがそこまで言ってくれるなら、少しは自分の力を信じられそうだわ」




