17.深夜の来訪
夕食後の柔らかな静寂が、教会の廊下を包み込んでいた。
ラピスは、ルナの歩調に合わせてゆっくりと金属の足音を響かせながら、彼女を自室まで送り届ける。
「ねえ、ルナ。『エマ』って……どんなAIだったの?」
部屋の前で足を止め、ラピスが不意に問いかけた。レンズの奥で、淡い光が瞬いている。
「……そうね。私のすべてを知っているパートナーだったわ」
ルナは壁に背を預け、遠い記憶を紐解くように目を細めた。
「エデンで共に戦ってきたワクも、かけがえのない相棒だった。けれど、エマもまた特別なの。私が初めてエデンに来て、何も分からず震えていた時から、ずっと側にいてくれた。辛い時も、苦しい時も、そして嬉しいことがあった時も……彼女はいつだって私の心に寄り添ってくれた。神父様に言ったことは、嘘じゃないわ。彼女は私の一部、私にとって偽りのない家族なの」
ルナの言葉には、静かだが揺るぎない愛が宿っていた。
ラピスはしばらく沈黙した後、少しだけ肩を落とすような仕草を見せた。
「……そっか。羨ましいな。そんな風に思ってもらえるなんて、エマはきっと世界で一番幸せなAIだね」
「何言ってるのよ、ラピス」
ルナは可笑しそうに笑い、少年の頭を撫でるように、ラピスの金属の頭端にそっと手を置いた。
「ラピスだって家族みたいなもんじゃない。あなたのおかげで私は立ち直ることが出来たんだから」
「えっ……! 僕が……家族?」
ラピスの音声回路が一瞬、ノイズを噛んだように震えた。彼は面食らったようにレンズを大きく見開いた後、照れ隠しをするように身体を左右に揺らした。
「……へへ、そっか。ルナの家族かぁ。……うん、なんだか、すごく嬉しいや」
「おやすみ、ラピス。また明日ね」
「うん、おやすみルナ! いい夢見てね!」
元気よく手を振って去っていくラピスの背中を見届け、ルナは部屋に入り、眠りについた。
――深夜。
深い眠りの底を、控えめな、けれど切実なノックの音が叩いた。
「……ん……?」
ルナが意識を浮上させると、ドアの隙間から細い光が漏れていた。
「ルナ……起きて。 僕だよ、ラピスだ」
ドアを開けると、そこには夜の闇に紛れるようにして立つラピスの姿があった。そのレンズは、先ほどまでの明るい少年のような輝きではなく、どこか緊張した、真剣な光を湛えている。
「ルナ、ついて来て。……君を助けたい。……見てほしいものがあるんだ」
ラピスのその声は、昼間の彼とは別人のように落ち着いていた。




