16.説得
神父の言葉により、部屋には重苦しい沈黙が居座った。
ルナは俯き、自分の膝の上で握りしめた拳をじっと見つめている。その沈黙を迷いと取ったのか、神父はさらに声を和らげて語りかけた。
「……ルナさん。君は以前、外地に両親がいると言っていたね。戻ろうとは思わないのかい? 親というものは、いつまでも子供の帰りを待っているものだ。たとえ自分から家を飛び出したのだとしても、君は戻っていいんだよ。家族の元へ」
その言葉は、リハビリを終えたばかりのルナの心に鋭く刺さった。
かつての幼かった自分。エデンという光に憧れ、親の手を振り払って飛び込んだ日の記憶。
「……そうですね。昔の私なら、きっと今の神父様の言葉を聞いて、反論していたと思います」
ルナは静かに顔を上げた。その瞳には、かつての迷いも、自分を責めるような卑屈さもなかった。
「今さら合わせる顔がないとか、どの面下げてとか……そんな自分の都合ばかりを並べて、親元へ戻ることを拒んでいたでしょう。神父様の仰ることは正しい。戻るべきだと思います」
ルナは一度言葉を切り、深く、長く息を吐いた。
「……でも……すみません。私は戻れません。パパとママの元へ……今、このまま戻ることだけは、できません」
ルナの背筋がすっと伸びた。教会での生活により鍛えられたしなやかな身体は、もはや重力に屈することなく、堂々とそこに存在している。
窓から差し込む斜光が、彼女の瞳の奥にある決意の炎を黄金色に焼き付けていた。
「凍結したエマは……私にとって、もう一人の家族なんです。例えこの命が尽きようとも、家族を見捨てて自分だけが逃げることは……私にはできません」
神父の目が、微かに見開かれた。彼は椅子の背にもたれ、確認するように問いかける。
「……相手がAIであってもか?」
ルナは微塵も目を逸らさなかった。
「はい」
迷うことも、力むこともなく。ただ自然体で、彼女は真実を告げた。
「AIであっても、彼女は私の家族です」
その言葉が落ちた瞬間、足元にいたラピスの駆動音が、まるで歓喜に震えるように一瞬だけ高鳴った。
……長い、沈黙。
やがて、神父は深く吐息をつくと、観念したように首を振った。
「……参ったな。そこまで言われては、これ以上は野暮か……。君の決意、しかと受け取ったよ」
神父は、呆れたような、それでいてどこか眩しいものを見るような目でルナを見据えた。
「死にに行くと分かっている者を手放しで応援はできんよ。だが……無為に死なせるのも寝覚めが悪い。我々にできることで、君の役に立てるよう努力しよう」
ルナの胸に、熱いものがこみ上げる。
「……っ。ありがとうございます……!」
ルナの顔に心からの笑顔が宿った。
その隣で、ラピスが静かに、誇らしげに胸を張っていた。




