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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~囚われの姫と月の使者編~  作者: バニラ味一択


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15.宣告




 眩い朝陽が、木造の窓枠を黄金色に縁取る。

 かつてエデンの白い部屋で絶望していた少女の姿は、そこにはなかった。


「おはよー、ルナ! 朝だよ、起きてるー?」


 ドアを威勢よく開けて入ってきたのは、小型のヒト型ロボット、ラピスだ。

 神父の元で働くAI搭載型でありながら、その口調は驚くほど明るく、少年のような純粋さに満ちている。見た目は無機質な金属の骨格だが、首を傾げる仕草や、弾むような歩き方は、エデンの高性能AIよりもずっと人間くさい。


「……おはようラピス。今行くわ」


「 体操始まっちゃうよ。ばあちゃんが広場で待ってる。遅れるとメシ抜きだってさ!」


 ルナはラピスに微笑み返し、ベッドから滑らかに立ち上がった。

 三ヶ月。この地での生活は、彼女の体を劇的に変えていた。

 VRの電気信号に頼っていた細い手足には、過度な運動にも耐えうるしなやかな筋力が宿り、頬には健康的な赤みが差している。


 教会の外、乾いた風が吹き抜けるグラウンド。

 そこにはアンジェが立っており、その前には整列する入居者たちの姿があった。


「さあ始めるよ。呼吸を忘れるんじゃないよ!」


 アンジェの号令と共に、朝の健康体操が始まる。

 だが、それは単なるストレッチではなかった。ゆったりとした動きの中に、重心の移動、力の受け流し、そして爆発的な踏み込み……。武道の極意が、巧みに組み込まれている。

 効率的な身体の使い方が、細胞の一つ一つに染み込んでいく感覚。

 リハビリとして始めることとなったこの体操だが、ルナは日々確信していた。この動きを考案し実践しているアンジェは、絶対にただのシスターではない。


(……おばあちゃん、何者なの?)


 体操が終わり、汗を拭いながら入居者たちは寮へと戻っていく。

 朝食の時間だ。

 ルナも配膳を手伝うのが日課となっていた。

 精神を病んだ人々が、ルナが差し出すスープを受け取り、微かに表情を和らげる。その手渡しの感覚が、幾分かルナの心を癒やしていた。

 朝食が終われば、礼拝の時間までラピスとの遊びの時間だ。

 全力の鬼ごっこ、知恵を絞るボードゲーム。

 VRとは無縁のアナログな戯れ。それはルナが幼い頃、エデンに来る前の外地で過ごしていた、家族との幸せだった日々の記憶を呼び覚ます。

 ラピスと駆け回る時間は、彼女にとって何よりの心の栄養だった。


 思えばラピスは、当初から献身的にルナを支えてくれていた。

 まだろくに運動をする体力がなかったときも、手を貸し助けてくれたり、できるまで側でずっと見守ってくれていた。

 本当にロボットなの?と思うほどの気遣いや心遣い。彼には感謝しかない。


「おまえさん、ここに来て三ヶ月か。……大分、元気になったんじゃないかい?」


 アンジェがルナの隣へと歩み寄る。


「ええ。おばあちゃんのリハビリのおかげ。……ありがとう」


 ルナが真っ直ぐにアンジェを見つめると、老シスターは満足げに目を細めた。


「体も健康になり、今の自分の現状も飲み込んでいる。……今後どうしたいか、決まったのかい?」


 ルナは一呼吸置き、遠く、エデン国の方向を向く。

 かつての憎しみや混乱は、今は静かな決意へと昇華されている。


「はい。今日の午後にでも、一度神父様や皆さんに、きちんとお伝えしようと思っています」


「……そうかい。やっぱりね。前々から、決意した目をしてたからね」


 アンジェはルナの肩をポンと叩くと、それ以上は何も聞かず、穏やかな足取りで教会へと戻っていった。

 




◇◇◇





 約束の午後。

 ルナは、幾度となく通った神父の自室の扉を叩いた。

 中には、使い込まれた机に向かう神父、その傍らで静かに茶を淹れるアンジェ、そして神父の傍らで珍しく神妙な空気感を作ったラピスが待っていた。

 窓から差し込む陽光はオレンジ色に陰り始め、部屋の中に長い影を落としている。


「……来たね、ルナさん。顔つきを見れば分かる。決心がついたのだな?」


 神父が眼鏡を外し、深く刻まれた眉間の皺を緩めて問いかける。

 ルナは真っ直ぐにその瞳を見返し、自分の足で力強く踏み出した。


「はい。神父様、アンジェおばあちゃん……。私は、エデンに戻ろうと思います」


 その言葉に、ラピスのレンズが微かに揺れた。ルナは続ける。


「あの日、私を生かすために自分を凍結させたパートナー……エマを、そのままにはできません。彼女を救い出したい。……それが、私の今の唯一の望みです」


 一気に言い切った後、ルナは少しだけ視線を落とし、自嘲気味に付け加えた。


「……と言っても、具体的な方法があるわけではないんですが。ログイン端末もありませんし、身寄りのない状態で今すぐ街へいく訳にもいかないですし」


 沈黙が部屋を支配した。

 アンジェは茶を置く手を止め、神父は組んだ指に視線を落とす。やがて、神父は重く、拒絶の色を孕んだ声で口を開いた。


「ルナさん。君の決意、そしてエマという存在への信義……それは尊いものだ。否定はしない。……だが、私は君がエデンへ戻ることには反対だ。断固としてね」


 慈愛に満ちていた神父の顔が、今は冷徹なまでの警告者のそれに変わっていた。

 

「……ルナさん。今の君の立場を理解できているかい?」


 神父の低い声が、部屋の空気をピリリと震わせる。


「エデンから廃棄された時点で、もはや君はエデン国民ではない。そんな君がログイン端末を使い、無理やりエデンへ戻る。……それは不正アクセス……つまり、不法入国だ」


 神父は一度言葉を切り、ルナの目を射抜くように見つめた。


「エデンのシステムは、清廉潔白な国民に対しては、その生存を脅かすような危害を加えぬよう制限されている。……だが、不法入国者はどうだろうか。AIは人間の味方ではない、ユーザーの味方だ。システムは君を排除するために、あらゆる制約を取り払うだろう」


 窓の外で、乾いた風が吹き抜ける音がした。ルナの背中に、冷たい汗が伝う。


「エデンを管理する『Eシリーズ』……奴らは不法入国者に対し、エデンの全リソースを最大限に利用して対処することができる。VR上での戦闘技術がどれほど優れていようと、システムそのものを味方につけたAIに、個人が勝てる見込みなど万に一つもない」


 神父は残酷なまでの真実を、一文字ずつ刻みつけるように告げた。




「宣告しよう……君は死ぬ」




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