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BABEL ――反逆の十字騎士団――  作者: Hellmärc


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《魔女の痕跡》 2

 騎士学校で一年が経った。

 それは暦の上の区切りであると同時に、候補生たちの身体に刻まれた時間でもあった。

 春の泥濘で足を取られ、夏の熱気に肺を焼かれ、秋の雨に鎧を冷やし、冬の凍気に指先の感覚を失う。そうして四季を一巡した頃には、剣の重さも、鎧の圧も、最初ほど異物ではなくなっていた。


 痛みは消えない。

 ただ、耐え方を知っただけだ。

 そんなある朝、訓練場に集められた候補生たちの前で、教官が短く告げた。


「任務だ」


 その一言で、空気が張りつめる。

 鎧の擦れる音が止み、私語が消え、視線が一斉に前を向いた。

 任務。

 その言葉は、一年間の訓練を一瞬で意味あるものへと変える力を持っていた。

 教官は書類を広げ、淡々と読み上げる。


「都市フレリス近郊、ナンセム村。昨夜、村落そのものが消失した」


 ざわり、と低いざわめきが広がる。


「消失……?」

「亜人や魔族の侵攻じゃないのか?」


 教官は顔を上げずに続けた。


「建造物、住民、家畜、作物。現場では灰以外の痕跡が確認できていない。現在、魔導師団が調査に入っているが、進展はない」


 ジルベールの胸の奥に、ひやりとしたものが落ちた。

 村が、消える。

 戦で壊滅する話は聞いたことがある。疫病で廃村になる例もある。だが、消失という言葉は、それらと決定的に違っていた。


「大規模儀式であれば、痕跡が残る。よって今回は、周辺地域。森、旧街道、河岸を含めた捜索を行う」

 教官は一度言葉を切り、候補生たちを見渡す。

「六区は天然の要塞だ」


 その言葉に、何人かがうなずいた。

 ヴァルホル山脈に守られ、外敵の侵入がほぼない六区。騎士団の役割は、防衛よりも他区への援軍が主だった。


「現在、第六騎士団の主力は四区に派遣中だ。鉱山に侵入したコボルトの掃討任務でな」


 誰もが知っている事実だった。

 そして、次に来る言葉も。


「よって今回の調査任務は――」


 一瞬の間。


「騎士見習いによる初任務とする」


 抑えきれない空気が弾けた。

 声を上げる者はいないが、肩が震え、目が輝き、息が僅かに荒くなる。

 ジルベールも例外ではなかった。

 隣に立つヴァレリアンが、小声で言う。


「聞いたか、ジルベール。初任務だぞ」

「ああ……」


 喉の奥が熱い。

 剣を振るうためにここに来た。その剣を、ようやく外の世界で使える。


「主目的は調査だ。戦闘を期待するな。だが、これは訓練ではない」


 教官の声が、興奮に水を差す。


「判断を誤れば死ぬ。それは正規騎士も見習いも同じだ。騎士としての自覚がないものは、今ここで名乗り出ろ」


 誰も動かなかった。


「よろしい。準備を整えろ。明朝出立だ」


 解散の号令と同時に、訓練場がざわめきに包まれる。


「消えた村だってさ」

「魔導師が手を焼く案件だぞ?」

「でも戦闘じゃないんだろ。初任務にしちゃ楽じゃないか」


 軽口が飛び交う。不安よりも、高揚が勝っている。

 ジルベールとヴァレリアンも装備庫へ向かいながら言葉を交わしていた。


「六区の初任務なんて、もっと地味だと思ってたよ」

「援軍ばかりって聞いてたからな。でも、こういうのもあるんだな」


 その会話に、静かな声が割り込む。


「浮かれていますと、死神に足下をすくわれますわよ」


 振り返ると、フランチェスカが立っていた。

 さらりと髪を揺らす風が、どこか冷たい。


 彼女は都市フレリスの方角を見つめている。空には、薄いが確かに暗雲が溜まりつつあった。

「……魔の香りがしますわね」


「香り?」とジルベールが聞き返す。


「ええ。甘くて、濁った香り。嫌いではありませんけど……」


 ヴァレリアンは肩をすくめる。


「魔導師団が調べてるんだろ? 大丈夫じゃないのか」

「調べていることと、安全であることは別ではなくって」


 正論を突きつけられてヴァレリアンは押し黙る。それからフランチェスカは視線を戻し、二人を見る。


「村一つを痕跡もなく消す魔法が、静かに終わると思います?」


 その問いに、二人は顔を見合わせるだけで、答えを口に出せなかった。

 翌朝。

 夜明け前の薄明の中、隊列が組まれる。

 騎士馬の低い鼻息が霧に混じり、地面を踏みしめる蹄の音が規則正しく響く。

 通常の馬なら半月はかかる距離だ。だが、混血の騎士馬は違う。行軍速度を保ったまま、一週間足らずで踏破できる。


 ジルベールは馬車の御者台に座っていた。

 クルエラル家専用の馬車。

 重厚な造りで、外装には幾つかの魔法が組み込まれた刻印が施されている。なんと専用のハイゼエリアル種という暗いベールを被ったような霊馬の三頭引きだ。魔獣との混血ではなく、純血の魔馬。しかしフランチェスカが乗っていると言うだけで大人しく、暴れ出す様子はなかった。


「……どうして僕が御者なんだ」


 ぼやくと、馬車の中から返事が来た。


「他に誰か適任がいて?」


 フランチェスカは一人で馬車に乗っている。

 同行の上官も護衛もいない。その扱いが、彼女の立場を雄弁に物語っていた。


「揺らさないでちょうだい。酔うのは嫌いなの」

「努力するよ」


 隊列が動き出す。

 騎士馬の脚運びは滑らかで、速度が上がっても乱れない。

 後方から、ヴァレリアンの声が飛んできた。


「ジルベール、置いてくぞ!」

「こっちは馬車だ、勝手が違う!」


 笑い声が上がる。

 初任務への期待は、まだ重苦しさを押しのけていた。

 だが、馬車の中でフランチェスカは、外を見つめたまま小さく呟く。


「……嫌な予感しかしませんわね」


 その声は、手綱を握るジルベールにだけ届いた。

 彼は何も答えず、前を向いた。

 騎士見習いとしての初任務が、ただの調査で終わらないことを、誰もが不思議な感覚で理解し始めていた。

 


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