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『ブリュンヒルドの心葬』  作者: 水澄
第3章『氷雪の暁』(終)
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『薄氷の下に葬ったもの』④

 「『サイコ・ソシオパス計画』――?」


 初めて耳にする用語であるにも関わらず、文面から既に危うい気配を纏った“或る計画名”。

 困惑に揺らぐ蛍の表情に構わず、内村先生は事もなげな調子で補足を丁寧に述べた。


 「正式には、『精神病質(サイコパス)および社会病質者(ソシオパス)人材活用()()』です。本来は国家機密の計画であり、僕を含むごくわずかな国の人間しか知り得ません。ところで、サイコパスとソシオパスのことは、蛍君もご存知ですか」


 「昔、義兄さんから聞いたことがあります。他者への共感性や罪悪感、責任感等の欠如を特徴した反社会的な心理傾向を高く示す人間グループのこと、ですね。“遺伝”等の先天的要因に帰属させたのはサイコパス、他方、不敵切で過酷な養育“環境”等の後天的要因の強い方はソシオパス、と研究者は定義しているのですよね?」


 「その通りです。蛍君は知識と記憶、理解力においても優秀ですね。さすがは、あの深月君が惚れ込んだ唯一の女性ですね」


 「そうでしょう? 先生」


 「こんな時に茶化さないでください」


 内村先生、と深月義兄さんの温かな言葉と眼差しに、蛍の頬は面映ゆさから微かに火照った。

 胸に芽吹いた熱と羞恥心を振り払うように、蛍は気を取り直して本題へ戻る。


 「それでその、『サイコ・ソシオパス計画』の目的は、一体何ですか。それに」


 不吉な響きを含んだ計画、と深月義兄さんとの間に、一体何の繋がりがあるのか。

 己の困惑と不安が内交ぜになった台詞を、蛍は思わず呑み込んだ。

 隣からぴったりと寄り添って腰を落ち着けている深月を、蛍は横眼で見上げる。

 蛍の頭上横に美しく咲く冬花さながらの美貌からは、普段の柔和な微笑みは既に消え失せていた。

 代わりに、冬空の双眸は凍った宙を介して、こことは別の遠くを静かに眺めている。

 隣の深月にも伝わりそうなほど加速する自身の鼓動とその音色を感じる中、蛍は先生の言葉を待ちわびる。

 向かい席の先生も、深月と似た遠い眼差しで過去を見つめながら、ぽつぽつと語り始めた。


 「三十年以上前――第三次世界大戦へ軍医として派遣される直前の話です。国立大学病院で麻酔外科医を勤めていた私に、政府直轄の医療研究センターから声がかかりました。内容は、()()()()を対象とした治療と彼らの『未来人生支援(ライフサポート)計画』の実施に必要なデータを集める共同研究への参加でした」


 当時を懐かしむ様子の内村先生は、繕ったような驚きの表情を浮かべる。


 「麻酔外科が専門の私は、何故精神・心理医学の研究班に選ばれたのか至極疑問でした。医療研究センターの長は、麻酔が脳神経系へ与える影響を明確にした私の医学論文に感銘を受けたようですが……。最先端医療と研究を謳う医療研究センターからの抜擢は、医師にとって大変名誉なことです。とはいえ、当時の私は正直あまり気乗りではありませんでした。しかし……」


 霞んだ氷のような瞳の瞳孔に、熱を帯びたような“震え”が拡大していく。それは――明らかな“高揚”の炎。


 「最大の国家機密であるこの研究は、後に私を“虜”にしたのです」


 当時、医療研究センターの募った“精神病質および社会病質者”という被験者を対象とした医療研究。

 研究チームの中枢を担っていた内村は、カウンセリングを含む心理療法から向精神薬等による薬物治療と脳電気療法までを試し、それらによる脳神経系への効果から治療前後の彼らの行動観察へ熱心に取り組んだ。


 「被検者達は、刑務所や精神科病院等で反社会性パーソナリティ障害の診断を受けた者まで多種多様。虐待やいじめ、犯罪被害等の過酷な幼少期を過ごした者もいます。さらに、養育環境や教育条件等に“恵まれていた”にも関わらず、他者を傷つけることへ躊躇を感じない者まで……。冷淡な心を備えた彼らを、()()()()()へ分類させる“ある実験結果”が出ました」


 内村先生曰く、内容は強い恐怖や不快感を喚起させる画像データの鑑賞や、体に軽い電気ショックを繰り返し流すといった実験の様子を観察。さらに脳神経系等の変化反応と差異を記録する、至極シンプルな心理学実験だ。


 「サイコ・ソシオパスの人々は、通常であれば強い恐怖や不快感を喚起させる光景……例えば、他者が強い苦痛を感じている場面に心を痛める際に活性化するはずの脳領域――共感する心――そこが極めて脆弱でした」


 共感する心――その言葉を耳にした途端、蛍は思わず深月の表情を伺わずにはいられなかった。しかし、今ここにいる深月が抱いている感情を表情と眼差しから観察する時間も足りないまま、話は続いていく。


 「さらに画期的だったのは、サイコパスだと診断された集団の内、軽い電気ショックを流す実験における脳の反応に“明らかな差異”も発見されたのです」


 「同じサイコパスである人達からも発見された、違いとは何ですか」


 「これは、反社会性パーソナリティ障害、とサイコパスの()()()とその発見にも繋がった、重要な実験結果です。反社会性パーソナリティ障害、特に育った環境等の後天的要因によって暴力性が強く発達している集団は、他者から与えられる苦痛に対し、猛烈な怒りや痛覚に囚われやすいのです。しかし、サイコパスの人達は……人を傷つけることだけではありません……」


 「……つまり?」


 「()()()()()()()()()()()()()()()()なうえ、()()()()()()()していることも示されました」


 他者に限らず自分の感じる苦痛にも希薄――己の生死にすら問わなくなった自殺願望者――無敵の人に特有な無気力感・絶望感とはまた異なる響きを感じた。

 蛍は氷の手で心臓を握りしめられたような悪寒に駆られた。


 「しかし、この暗澹たる実験結果とは裏腹に、政府組織はこの大いなる発見に“歓喜と称賛”をも示しました。そこからですよ。この計画が()()()()()から逸脱し始めたのは」

 「本来の目的……?」

 「さらに三十年後には、()()()()()()()()()()()()()“呪い”へと変貌しました」


 『サイコ・ソシオパス計画』の成り立ちと研究、そして彼らの人間性や存在意義すら左右する実験結果――あまりに壮大な次元の話から、ようやく深月の名前と共に奏でられた不吉な言葉。

 隣にいる深月を不意に見上げた蛍は固唾を吞んだ。

 今度は首筋に氷の刃を当てられた気分だ。

 無感情な表情で沈黙に徹していた当の深月は――場にそぐわず、美しくも邪悪に歪んだ微笑みを咲かせていた。

 一方で虚ろな冬空色の瞳には、以前の深月なら決して浮かべたことのないであろう――“憎悪”と呼んでも過言ではない炎が無音で揺れている。

 内村先生の言う通り『サイコ・ソシオパス計画』とは、深月本人にとっても忌々しく唾棄すべきものであること。

 それは、深月の静かなる変貌ぶりからも、今の彼の心境を感じ取れた。


 「サイコ・ソシオパスと呼ばれる者達は……他者の喜びや痛みに“共感”する心、他者との相互的な繋がりと支えを重視する“社会性”が、生まれながら欠落しているのです」


 サイコ・ソシオパスと分類される人間に対して、内村先生は何かしら純粋な思い入れがあるらしい。

 薄氷の下さながら冷たく底の見えない表情には、憐憫と憂いが浮かんでいる。


 「そんな彼らをより理解し……同じ人間であるの彼らも、“幸せに生きる居場所”を作る――それが本来のサイコ・ソシオパス計画の目指した理想でした。しかし……政府が選んだ道は違っていました」


 憂いを凍らせた内村先生の眉に眉間が走る。

 初めて見せた苦渋の表情、と冷たい眼差しには、深月と似た静謐なる忌憚を感じさせた。

 まさか……。

 内村先生が今から言わんとしていることを予感した蛍は、思わず代わりに言葉で表した。


 「政府は、サイコパスの人達を、“()()()()”するつもりでいた――冷酷不屈の兵士として」


 途端、内村先生の顔にふわりと咲いた“悲哀”の微笑みは、蛍の言葉をそのまま肯定した。


 「(おっしゃ)る通りです。彼らの精神構造は、過酷な戦闘で遭遇する苦痛や恐怖への耐久性も強く、精神疾患発症のリスクも低い。そのうえ、他者への攻撃を躊躇しない不屈の兵士としても、サイコパスほど適任な人材はいない――政府はそう判断しました。実際、第三次世界大戦では、軍事訓練を受けた“サイコ・ソシオパス少数精鋭部隊”が秘密裏に派遣されました。私自身も軍医として、彼らと共に戦火の渦へ放り込まれました」


 内村先生から語られたのは、決して表舞台に出ることのない国の暗部、政府の非人道的な企画。

 壮絶な内容に蛍は内心戦慄を覚えた。

 惨憺で過酷な状況に耐性のあるサイコパスの心理特性、とそれを最大限発揮できる兵の役割という“合理性”に対して。


 「サイコパス精鋭部隊の心身の不屈さ、何より狡猾な強さは、私自身も目を張るものでした。しかし、戦地へ赴いたサイコパスのほとんどは、戦火と狂気に身を賭して戦死しました。たった()()()()()()を除いて」


 サイコパスの人間をあたかも戦闘兵器として軍事利用し、常人では耐えがたい血と恐怖にまみれた戦場での“労働”を課すこと。

 一見合理的、しかし明らかに人としての倫理を冒している政府の計画と陰謀には、蛍を含む皆の心臓を冷ややかなもので蠢かせた。


 「サイコパス――それでも、同じ人間である彼らを戦争の兵器として扱うなんて」


 他者と真っ当な感情を共有できない――そんな生き辛さを抱えながらも社会で孤立する彼らに居場所と役割を“与えてやる”などと、綺麗な言葉で飾った忌むべき計画。


 「核兵器や機械技術等による戦争兵器や武器の製造には、莫大な資金と技術、時間、人員等のコストは決して安くはない。たとえ戦争に勝とうが負けようが。財政難が問題視される中、いかに低コスト低リスクで手っ取り早く、資金・人手・技術の不足を補えるか――その術を日昇国は思案していた。それが、『サイコ・ソシオパス計画』だ」


 深月は、蛍の静粛な怒りをなだめるような口調で、『サイコ・ソシオパス計画』の補足を語る。


 「サイコパスに“最適な職業と生活を保障”する――表向きは綺麗に謳っているが、結局は偽善に過ぎない。軍事目的の他、特殊清掃人や解剖医、と畜、死刑執行人、原発作業員、救命救急士、スタントマン等……生命の危険や多くの凄惨な死と直面せざるを得ない過酷な仕事も、サイコパスへ課したらいい。そうやって、人手の量と質の改善を図るのも政府の狙いだ」


 「自他の痛みと恐怖感の欠如したサイコパスだからこそ、常人には耐えられない過酷な業務に従事するのに相応しい、と。理に適ってはいますが、サイコパスと診断された人々に過酷な労働を押し付け、軍事兵器として彼らの身を……人の命を弄んでいるではありませんか」


 「ええ、ええ。蛍君の気持ち、私も痛いほどによく分かりますよ。今の計画の中身は、『()()()()()()()』の基準を鑑みれば、倫理的問題としてアウトですよ。ですが残念ながら」


 蛍に限らず大半の人間にとっても感情的には受け入れがたい“合理性”への拒否感を言葉にすれば、内村先生も強く頷いた。

 一方、内村先生と同じ見解を抱いている深月も同意と代弁を示すようす口を開いた。


 「政府がサイコパスへ与えようとする仕事は、確かにどれも過酷で需要も非常に高い。となれば、“誰かが必然的にやらなければならないもの”だ」

 「それは……」

 「それに現段階の精神科医療では、一種の“情動障害”とも呼ばれるサイコパスそのものを根治する医療も薬もありません。そもそもサイコパスに対して、“治療”そのものが妥当と言えるのかも、医学界では未だ議論されています」


 サイコパス、と彼らを取り巻く周囲の人間にとって酷な現状。

 蛍は心臓を締め付けられる一方で、半信半疑の想いにも駆られた。

 先ほどから内村先生と蛍とのやり取りを静観している深月は、やはり“本心”を沈黙させたまま。

 しかし、今の話を聞かされたせいか、時折蛍へひたむきに向けられる深月の澄んだ瞳は、どこかもの哀しい印象すら与える。

 冬空色の瞳に秘めた想いを、蛍に気付いてもらえるよう静かに訴えているようにも――どこか切ない“炎”が揺らめいて。


 「でも、だとすれば……深月義兄さんは、どうなんですか? 確かに深月義兄さんは、冷酷非道な犯罪へ手を染め、多くの人達を傷つけ、命を弄んだ。でも私の知る限り、今までの深月義兄さんは、尊敬に値する心理療法士で犯罪や非行とも無縁でした……『冬の殺人火事件』が起きるまでは」


 言葉を選ばないのならば、深月もサイコパスだという見解に対して蛍は懐疑的でもあった。

 とりわけ、他者の感情への怜悧な“洞察力”に加え、優しさとも表される“共感的姿勢”を要求される心理療法士が、その真逆であるサイコパスに務まるとは到底思えない。


 「サイコパス、と一口で言っても、それはあくまで特性の一面に過ぎず、“個人差”もあります」


 一方、蛍の真っ当な疑問と戸惑いを汲み取ったらしく、内村先生は切なげな苦笑を零しながら説明した。


 「むしろ、深月君のように知性の高く、斎賀夫婦のように受容的な親のいる家庭環境で育った要因もあるのでしょう。自我コントロールすらできていれば、社会でそれなりに上手く適応できている者もいます。サイコパスの中には、医師や企業のトップ、政治家等の職に就き、成功を納める者が多い」


 「……そうなんですか?」


 「たとえ、他者を顧みる姿勢や情熱に欠けていたとしても、相手の感情と思考の傾向、相手の望む言葉を察する力さえあれば、心理職も務まります。犯罪者とサイコパスはイコールではないのです。だからこそ、政府は()()()()()たる深月君へ目を付けたのでしょう」


 ここへ来て、ようやく深月の根幹に関わる本題へ辿り着いたような気がした。そこがまだ、ほんの“入り口”に過ぎない事に気付かないまま。


 「政府が今、深月義兄さんを血眼になって探している事とも、関係があるんですか?」

 「そうです。サイコパスでありながらも、相手の心情を汲み取れる高い洞察力と社交性を併せ持つ。これほど自我コントロールと適応力の高い存在(サイコパス)は、深月君以外には確認されていません」


 痛みや恐怖を感じにくい不屈の精神力。

 目的のためなら手段を選ばない冷徹で合理的な判断力と実行力。

 さらには、自分と相手の感情と行動をコントロールできるほどの知性。

 深月は、サイコパスとしては希少な存在(イレギュラー)であり、類稀なる才能を兼ね揃える貴重な人材なのだ。


 「そうなれば、政府にとって深月君は、喉から手が出るほど求めて止まない人材であり……同時に被験者でもあります。政府の人間が躍起になるのも無理はありません」


 内村先生の口から明かされた驚愕の真相――日昇国政府によって秘密裏に推進されている『サイコ・ソシオパス計画』。

 国家機密級の計画の要となるサイコパス・深月を、政府組織は何が何でも引き込もうと企んでいる。

 蛍自身も幼少の頃から何となく肌で感じてきた、義兄の神秘的な雰囲気。

 実年齢にそぐわないほど冷静で大人びた言動。

 時折見え隠れする、そこらの大人すら超越する叡智。

 はたまた慈愛の神さながら柔和な微笑みに隠匿された、彼自身の罪と冷酷非情な魂の片鱗。

 そして、蛍へひたむきに燃やしてきた“執着”、“愛”という名の狂気。

 今までの深月の言動や事件を振り返ると思い当たる節は蛍の記憶にも多く、得心はいく。

 過去でも知り得なかった深月にまつわる謎と彼の本性は、今ここで氷解した。

 内村先生の言う通り、純粋な氷水晶さながら無垢で冷酷な魂を持って生まれた深月義兄さんは、まごうことなくサイコパスに当てはまる――けれど。

 蛍は胸の奥で燻る炎を抑えながら、意を決して告げた。


 「たとえサイコパスであっても――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 冷凜と澄んだ声色で嘘偽りのない言葉を奏でる。

 厚手の手袋を外した蛍の手は、隣の深月の白い手へ自然と重なる。

 内村先生曰く深月の運命を狂わせた『サイコ・ソシオパス計画』、とその首謀組織である政府に対する忌憚から沈黙に徹してきた深月。

 しかし、蛍の迷いなき眼差しと言葉に、初めて深月の双眸は微かに震え始めた。

 まるで、己を失望させるしかない空虚な現実へ、ようやく光を見出せたような――驚きという名の希望を灯して。

 深月は、自身の手に重ねられた蛍の儚げな手とぬくもりに心地よさそうに目を細めると、もう片方の手を重ねてきた。

 まるで、安堵に満たされようと手を繋いでくる幼子を思わせるよう。


 「不幸中の幸い、と言っていいのか分かりませんが……蛍君のような存在がいてくれて、深月君は()()()ですね」

 「え……?」


 内村先生が感慨深そうに零した台詞に、蛍は虚を衝かれた表情で首を傾げる。

 先生の言葉の意味、とそこに秘めた想いを推し量れずに先生を凝視する蛍を、深月も微笑ましそうに見下ろす。


 「本当にその通りですよ。そして、こうして僕等が再び一緒になれるのも、あなたの支えがあってこそです、我が恩師」


 「そんなにかしこまらないでくれ。僕はただ、()()壊れてしまうところを、もう()()()()()()()()――」


 「――」


 「そんな僕自身の願い(エゴ)に基づいて、君達を支えてきたに過ぎません。深月君が冒すしかなかった最初の罪――『冬の殺人火事件』さえなければ、もしかしたら」


 斎賀叔父夫婦を刺殺し、家に放火した後、攫った男性社員を惨殺したという深月の最初の罪。

 蛍の知り得ぬ真相の眠る運命の夜に、一体何が起こったのか。

 叔父夫婦と叔父の会社の社員との間に、どのようなやり取りが交わされ、何が深月を凶行へ走らせたのか。

 惨憺たる過去の事件と被害者の叔父夫婦達ですら、何故『サイコ・ソシオパス計画』に関与しているのか。

 冬の殺人火事件こそも、重大な鍵を握っている気がしてならない。


 「どういうこと、ですか?内村先生」

 「それは――」

 「先生――」


 蛍の問いに答えようとした矢先、内村先生は急に立ち上がった。

 狭く低い天井に頭がつっかえそうになっても、先生は身を縮める気配すら見せない。

 突然立ち上がったまま無言に徹している先生に、蛍だけでなく深月ですら怪訝そうに先生を見上げる。

 コクピットの操縦席で憮然と待機していたヴィクターも、窓硝子越しに先生へ視線を流した。

 一方、内村先生は三名の視線を一身に受け止める中、続きの言葉を紡ごうとする。

 鷹揚な顔立ちにふっと力の抜けたような微笑みが、慎ましく咲いた。

 まるで覚悟を決めこんだような。


 「あの夜、斎賀叔父夫婦は、君達を――」


 同時に、鋭い()()とその音色がクルーザーの窓を貫通し、コクピット内で無慈悲に響き渡った。

 凍えた淡い唇を紅に染める鮮血。

 失意を噛みしめるような苦悶の表情と共に、命を灯していた肉体が床に倒れ伏せる振動。

 絶凍の外界を隔てる窓硝子に守られた狭い空間内で、一瞬の間に起こった惨劇。

 大きく見開かれた蛍の瞳に灯るのは、動揺と絶望。

 思わず伸ばした蛍の手は、向かい席で伏せる先生へ届くことは決して叶わなかった。




 ***続く***


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