八百一話 お勧め
チョコレートの納品量をマリーさんと交渉し、プレッシャーを掛けつつ予定量での納品で済ませることができた。様々な楽器や楽譜も手に入ったので、悪くない交渉だったと思う。マリーさんの顔面崩壊もちょっと面白かったしね。
「ふぅー。問題ありませんよね?」
メイクを終わらせ、もう一度御者に確認する。
「先程と変わらず芸術的なお顔です。問題があるかどうかは私には判断しかねます」
「ぶっ殺しますよ!」
なんなんですか、この御者。涙でお化粧が崩れた私の顔と、メイクをバッチリ済ませた顔が同じだとでも言いたいのですか? クビにしますよ?
いえ、まあ、お化粧が崩れていようとも変わらず美しいという意味なら間違っていませんか?
ふむ、そういうことなら分からないでもありませんね。クビにするのは勘弁してあげましょう。
一瞬いい気分になりましたが、お城が目前に見えて先程の胃痛が戻ってきました。これから地獄ですね……。
「よく来てくれましたね。お座りなさい」
お城に到着するとそのまま王妃様のところに案内された。場所は王妃様お気に入りの庭園のガゼポ。
普通、一介の商人がこのように簡単に王妃様の元に案内されることはない。とても光栄なことでチャンスではあるのですが、胃が痛いです。
でも、めげている場合ではありません。辛い目に遭っているのですから、それに見合う以上の利益を得るために働くのです。
「失礼します」
王妃様の対面に座ることにも慣れました。いえ、嘘です。今日は少量とはいえチョコレートが存在するから気が楽なだけです。
「さて、マリー。チョコレートが手に入ったそうですね?」
王妃様が穏やかに言葉を掛けてくれます。この方は私のような平民にも蔑むようなことも高圧的にでることも絶対服従を強いるようなこともありません。
ですが、優しいとは少し違います。
穏やかに平民にですら敬意を払うような雰囲気なのに、気が付けば心胆を寒からしめられるのです。
正直、怒鳴られた方がまだマシ……ではありませんね。王妃様に怒鳴られるなど、そのまま処刑まっしぐらコースです。
それなら穏やかに詰められる方が百倍マシです。
「は、はい。少量でご満足いただける量は手に入れられませんでした。誠に申し訳ありません」
謝罪しつつ、三分割したチョコレートの一つを王妃様の前に置く。無論、事前に安全確認済み。
一人で食べるのであれば三十日は持ちそうな量ですが、王妃様の場合はサロン等で提供されるので心もとないとしか言えない量でしょう。
「たしかに少ないですね」
王妃様の言葉に王妃様の背後に控えている侍女が私をギロリと睨む。そんなに睨まれても無い物は無い……訳ではありませんが、後の心の安全の為に今すぐ出すことはできません。
王妃様の侍女ともなると、間違いなく貴族階級の子女ですから困ります。ソニア程度に楽に対応できる侍女の配置を是非ともお願いしたいです。いや、ソニアみたいなのが増えるのは嫌ですね。
優しくて睨まない侍女でお願いします。
「はい。前回納めていただいてからそれほど時間も立っておらず、取引先もしばらく用意するのは難しいとのことでした」
「そうですか。あなたの取引先に無理を言う訳にはいきませんが、残念ですね」
王妃様が素直に納得する。裕太さんに関係するところは王妃様も踏み込まないんですよね。
あの短剣のことと言い、裕太さんが王族に何をしたのかが少し気になります。無論、私も情報を集めているのですが、集めた情報が突拍子もなさ過ぎて判断できないんですよね。
だって、その突拍子もない噂ですら矮小化されているのか巨大化されているのか判断できないんですもの。
普通なら大袈裟だとしか考えられない噂も、裕太さんなら矮小化されている可能性がある。
とある侯爵家の跡地とか……噂を聞いて確認に行きましたけど、なんですかアレ? 侯爵家の巨大な建物が消滅して巨大な穴が開いて、しかも穴はガラス化して固まり、なぜか聖なる水っぽい物が湧きだしている。正直、意味が分かりません。
ですので、王妃様が踏み込まないのは理解できます。
「それで、次回はいつごろ手に入りそうなのですか? 無論、無理をする必要はありませんよ?」
裕太さんには踏み込まなくても、私には踏み込んでくるんですよね、王妃様。
王妃様の無理しなくていいは、私達にとって無理をしろということに他ならないんですよ。
本気でそう思っているのなら、王妃様の背後の侍女達の圧を抑えさせてください。お願いします。
私だってその裕太さんの商売相手なんですよ?
私から裕太さんに悪評が流れると考えないのでしょうか?
……考えてはいるのでしょうね。
王族なら裕太さんについてかなりの情報を得ているはず。そして、私相手であればそれなりに踏み込んでも良いという判断でしょう。悔しいですが、その判断は正解です。
たぶん裕太さんは私が多少困っても簡単に助けてくれません。無論、それなりに困ったら助けてくれると思いますが、その辺りを王宮側も理解しているのでしょう。
なぜなら私と比べるとメルさんは段違いに気を使われているからです。
メルさんを守るために騎士を派遣していますし、王宮鍛冶師長のドルゲムさんも出入りしていますし、なんだっていうんですか、私とメルさんの何が違うって言うんですか!
「マリー?」
「あ、失礼しました。考えてみたのですが、次回いつ入手できるか明確にお答えすることはできません。申し訳ありません」
精一杯頭を下げる。残り二回分の納品を残していることは内緒です。墓場まで持っていきます。
「しょうがないですね。相手方とできるだけコミュニケーションをとり、納品を切らさないように頑張りなさい」
「はい。全力を尽くします」
「さがりなさい」
「失礼いたします」
穏やかに、そしてあっさりと下がることを許された。最初の頃はそう思いました。
でも、違うんですよねー。
これからも小さく小さく質問という圧が続くんです。もう何も知らなかった小娘ではありません。王族、上級貴族からかけられる圧については覚悟完了済みです。
「マリー殿。こちらに」
侍女の一人が下がる私をお城の中に案内する。今からが商人としての本番。
王妃様の予算を管理する財務管理人との戦いが始まります。ポイントはお金に拘らないこと、王宮だからこそ用意できるコネを一つでも多く吐き出させることです。
私は負けません!
***
さて、マリーさんの交渉も終わったし、これからどうしようかな?
フィオリーナのところに顔を出すのは明日にするとして、今日は……宿でゆっくりするか?
ボスンとソファーに寝転がり、今後の予定を考える。王都観光に出てもいいけど、観光の目玉の一つである食事が迷宮都市の方が進んでいるから、テンションがあまり上がらないんだよな。
王都の一番の目玉であるお城は観たどころか中に入ったことがあるし、なんなら隠し部屋まで発見したくらいだ。
ああ、そういえばマリーさんとソニアさんにもライトドラゴンラーメンを提供すればよかったかな?
……まあ、ソニアさんも居なかったし、今回は提供しないのが正解だろう。
王妃様のプレッシャーが酷いみたいだし、下手をしたらライトドラゴンラーメンの献上をお願いされた気がする。
ある意味劇薬であるライトドラゴンラーメンを食べる王妃様。結果に興味がない訳ではないが、たぶんろくなことにならないから出さない方が正解なはずだ。
テンションが上がって王妃様が踊りだす。そんな笑える結果ですら、何人かの首が物理的に飛ぶことになりかねない。
それはさすがに寝覚めが悪すぎるよね。
「ゆーたー」
おっ、ベル達が帰ってきた。窓から飛び込んできたベル達が俺に突撃してくる。
「ゆーた、あのねー、やたいー」
ベルが興奮して手足をワチャワチャさせながら屋台と訴えかけてくる。
「キュー、キュキュー」
うん、ベルの言葉が足りていない部分をレインが補おうとしているのはなんとなく分かる。それ以外は分からないけどね。でも、可愛らしいから撫でておく。
レインのすべすべの頭を撫でると、ベル達が自分も撫でろと集まってくる。良かろう、しっかりナデナデしまくってやろう。
「へぇ、たしかに新しい屋台が増えているね」
ベル達に連れられて王都観光というか屋台巡りに出ると、以前と雰囲気が変わっているのが分かった。
明らかに屋台の数が増えているし、その中には真新しい屋台がいくつも並んでいる場所がある。
「ここがおすすめ」
そんな屋台の配置を見ながら、ベル達が王都の屋台マップも作ると言いだしたらどうしようと考えていると、トゥルが真剣な顔で一つの屋台を推薦した。
串焼きの屋台は珍しくもないが、そこから漂ってくる匂いで何がお勧めか直ぐに理解できた。漂うのはカレーの匂い。つまり、串焼きにカレー粉を塗布している屋台ということだ。
だが、カレー粉を扱う屋台は迷宮都市にそれなりに増えている。つまりトゥルが真剣な顔でお勧めしてくるということはカレー粉だけがポイントではないのだろう。
そしてトゥルが深く理由を言わないということは、俺が見極めることを期待しているのかな?
良いだろう。契約者として、トゥルの期待に応えてあげようじゃないか。
「おじさん、良い匂いだね。なんのお肉を焼いているの? お勧めは?」
でも、屋台の店主に質問するくらい許してね。
「おう、うちは色々な肉を焼いているが、お勧めは、こいつだ」
おじさんが指示したのは、予想外の場所だった。
「え? こっちのカレー粉を掛けたやつじゃなくてですか?」
そう、普通の焼き台にあるお肉ではなく、あきらかにカレー粉調理と混ざらないように置かれた七輪のような焼き台、その横に置かれたお肉。
まさか、これだけカレー粉の匂いをプンプンさせておきながら、お勧めはカレー粉を利用しない串焼きだとでもいうのか?
おそるおそるトゥルの顔を見ると、彼はコクリと頷いた。
マジか。こいつは予想外だ。今日の屋台探訪、一筋縄ではいかないようだ。
読んでいただきありがとうございます。




