八百二話 モグ、モグモ、モグ
マリーさんとの交渉後、マリーさんは急いで王宮に向かった。たぶん盛大に胃を痛めながら利益を確保するために奮闘するのだろう。そんなことを予想しながら王都の宿に戻ってのんびりしていると、ベル達が戻ってきて屋台探訪に出ることになった。
まさかカレーの匂いをプンプンさせている串焼き屋台の一推しが、カレー粉を使わない串焼きだったとは、ちょっと予想外だ。
「おじさん、それでそれはなんの肉なんですか?」
別枠なのだから高級なお肉だろう。でも、いくら王都の屋台でもドラゴンのお肉を出すなんてファンキーな屋台は無いはずだ。
それなりに高級で、それでいてカレー粉の強い風味を嫌う繊細なお肉とみた。
まあ、どんな推測を重ねようが、正解にはたどり着かないんだけどね。俺はこの世界のお肉を少数しか知らない上に、この世界だと魔物が存在するから候補が多すぎる。
「ああ、牛だ」
まさかの知っているお肉だった。
「おっと兄ちゃん、残念な顔をしているな」
そんな顔したかな? でも、がっかりしたのは事実だ。牛肉は大好きだけど特別なお肉とは思えないから、それが表情に出てしまったかもしれない。
「でも、珍しいお肉ではないですよね?」
この世界の牛のお肉は老いた牛や雄牛を潰した時に市場に出回ることがあるが、食べるために育てられた牛ではないので美味しくないと聞いている。
この辺りの情報はベティさんに牛乳を仕入れてもらう時に聞いたので、間違っていないはずだ。
「あはは、兄ちゃん、牛は不味いって思っているだろう」
なにを言っているの? 俺は和牛の国の住人だったんだよ? まあ、A5ランクなんかは会社関係でしか食べられなかったから数えるほどしか食べたことがないが、それでも牛の美味しさはしっかり理解している。
「師匠。牛はあんまり美味しくないぞ」
俺が騙されると疑っているのか、ジーナがコッソリ教えてくれる。いや、牛は美味しいよ。
「ゆうた。ぼくをしんじて」
今度はトゥルが俺に向かって真剣に話しかけてくる。その瞳が少し潤んでいることに酷い罪悪感を覚える。
信じている。牛は美味しいと信じているよ。
もし、万が一、この牛の串焼きが不味かったとしても俺は美味しいと言い張るし、なんなら牛の飼育まで手を広げることを厭わないつもりだ。
簡単に和牛クオリティが出せるとは思わないが、清潔な環境であまり運動をさせず、美味しい餌を提供すれば、牛が美味しくないなんて幻想は吹き飛ばせる。
あと、ビールだって飲ませる。どのタイミングで呑ませればいいかは知らないが、定期的に飲ませればそれなりの効果が表れるはずだ。
目指すはA……牛のランク制度がよく分からないな。A5が凄いってのは分かるがA4やA3がどのくらいなんだ?
一般的なスーパーで売っている国産のステーキ肉は、A〇ランクなんだ?
……とにかく、重労働でバキバキに仕上がったこの世界の牛よりかは美味しい牛を飼育できるはずなので、トゥルに向かって真剣な顔で頷く。
あれ? トゥルが信じてほしいのは、この屋台の牛の串焼きが美味しいということなのでは?
何かを間違えたような気がするが、トゥルも俺の頷きに対して笑顔を返してくれたので問題ないだろう。
「――――――てなわけで、うち牛串は他所とは一味も二味も違うんだぜ」
なんか屋台のおじさんが気持ちよさそうに話している。俺がトゥルと通じ合っている間に、自慢の牛串がどれほど凄いのか教えてくれていたようだ。
一味も二味も違うということしか分からなかったが、もう買うことは決定しているので大丈夫だろう。
「とりあえず二十本ください」
「おいおい、さっきも言ったが結構な値段がするんだぜ? そんなに買って大丈夫なのか?」
俺が話を聞き逃している間に値段の話も出ていたらしい。なんかすみません。
でもまあ、俺とジーナ達、そしてベル達やフクちゃん達を合わせると、それなりの数が必要だし、この世界では珍しい美味しい牛だというのなら、それは多めに確保しておきたい。
費用も……まあ、大丈夫だ。一瞬値段を確認せずに注文する自分に圧倒的なセレブ味を感じて怖くなったが、お金に余裕があるのは事実だし、弟子達やベル達のための費用を惜しむ気は毛頭ない。
「大丈夫ですよ。二十本おねがいします」
「あいよ。二十本な。疑う訳じゃねえが、前払いで頼むぜ、二万四千エルトだ」
バリバリに疑っているな。それにしても二万四千エルトってことは一本千二百エルトってことだな。
この世界の相場と店舗形態が屋台であることを考えると、確かにかなり高い。ここまで高いとなると、逆に味に期待してしまうな。
二万四千エルトを払い、若干ワクワクしながら焼きあがるのを待つ。屋台のおじさんがすんなりお金を払ったことに驚いていたのは少し面白かった。
俺の気持ちが伝わったのか、ベル達精霊組はワクワクしながら屋台の周囲を飛び回っている。
ジーナ達は俺が美味しいかも分からない牛串焼きに大金を払ったことに少し困惑気味だ。弟子達の方が経済観念はしっかりしている。
シルフィは、牛串ってお酒に会うのかしら? とつぶやいて以降黙ってしまった。おそらく牛肉に合うお酒をピックアップしているのだろう。
「お待ち!」
二十本の牛串をうけとり、ジーナ達にそれぞれ一本ずつ渡し自分の分を一本残して魔法の鞄にしまう。ベル達が食べるのはここを離れてからだ。
なぜこの場で食べるのかというと、屋台のおじさんがめちゃくちゃ期待した目で俺達を見ているからだ。牛串を評価してほしいのだと思う。
見た目は明らかに和牛とは違う。だが、大きめの胡椒粒が振られており、ただ、肉を焼いただけではない拘りが伝わってくる。
なら俺もこころして評価しようと、気合を入れて牛串を齧りとる。
……普通に美味しい奴だった。こう、なんというか普通に美味しい。しっかりとした赤身のお肉で、噛むと濃い肉の味と肉実が口の中に広がる。和牛というよりも美味しい外国産の牛のお肉っぽい印象。
日本にこの屋台があったら、ちょっと遠回りになるけど寄り道して買っていこう。そう思えるレベルの牛串。ただ、日本でこのクオリティで千二百エルトは高い。五百、いや、六百エルトなら買う、そんな感じだ。
「うん、美味しいです」
間違いなくこの世界の屋台の中ではレベルが高い。ただ、値段相応というかなんというか、異世界ならではの驚きが皆無だ。
「うわ。牛肉って加工次第でこんなに美味しい肉になるのか!」
「本当ですね。食べたことはありませんでしたが、聞いていた話とは全然違います」
「まえにたべたときはかたかった」
「びっくり」
ただ、俺の反応とは違いジーナ達は驚いて騒ぎ出した。これがカルチャーギャップというものだろう。ジェネレーションギャップではないと信じたい。
騒ぐジーナ達を見てドヤ顔しているおじさんがちょっとだけイラっとする。カレーの匂いが牛串には邪魔だとは教えてあげないことにしよう。
「御馳走様でした」
なんか少し負けた気がしたが、お礼を言って屋台から離れる。
魔法の鞄から牛串を一本取り出し、胸の前あたりに手を固定する。
トゥルがスイっと飛んできて牛串を一齧りしている。こういう時に真っ先に飛びついてくるのはベルなことが多いのだが、今回はトゥルが一番だ。おそらく、あの屋台を発見したのはトゥルだからだろう。
ジーナにも肉串を一本わたしてフクちゃん達に食べさせるようにお願いする。
俺とジーナの手から次々に牛肉が消えていく。俺にはその姿が見えていて微笑ましいのだが、傍から見たら消失マジックのように見えるんだろうな。
さて、次のはどんな屋台かな?
***
昨日の屋台巡りの翌日、フィオリーナに会いにきた。屋台巡りは迷宮都市と少し違う程度の屋台が多かったが、ベル達やジーナ達が楽しそうだったので良かっただろう。
「お師匠様!」
村長に挨拶をして工事現場に足を踏み入れると、俺に気が付いたフィオリーナが走ってきた。どことは言わないが、凄く揺れている。
弟子を変な目で見る訳にはいかないのだから、できれば控えてほしい。
「おはよう、フィオリーナ。困ったことはなかった?」
まあ、見た感じ元気そうだから困ってはいなさそうだけど、確認はしておかないとね。
あ、テクトも一緒か。ちょっと揺れに目が奪われていて気が付かなかったが、こちらも元気良さそうだ。
見えていなくてもちゃんと仲を深めているのか、ピトリとフィオリーナの後頭部に抱き着いていた。可愛い。
「はい! 余計な邪魔も入らず、やりがいがある仕事に集中できて毎日がとっても楽しいです」
キラキラした表情に彼女が本気で言っているのは理解できた……が……。
「ちゃんと休んでる?」
心配なのはフィオリーナの自主的な社畜化。
仕事を依頼しているとはいえ、別に期限を決めている訳ではないので無理をする必要はない。
だが、こういう楽しくて仕方がない顔をして仕事をする人は、勝手に無理をして暴走する可能性が高い。
「休みですか? 夜は寝ていますよ?」
コテンと首を傾げるフィオリーナ。夜寝ることは確かに休むことかもしれないが、それ以外はどうなのかな?
ん? テクトがフィオリーナの頭上に移動し、首を左右に振っている。可愛らしいが、たぶん何かを伝えたいのだろう。
「シルフィ。悪いけどテクトから話を聞いてくれる?」
「……分かったわ。テクト、こっちへいらっしゃい」
シルフィがテクトを呼び寄せる。テクトがふわりと飛んで、シルフィの両腕に収まる。美女とモグラ。特殊な組み合わせに思えるが、絵になるな。
「テクト。フィオリーナはどんな生活をしているの?」
「モグ。モググ。モグー」
テクトが両手をパタパタさせながら何かを訴えかけているが、俺にはサッパリ分からない。
分からないが、いつの間にかベル達も集まってフンフンと頷いているので、いずれ俺にも翻訳してくれるはずだ。
今のうちに俺もフィオリーナに話を聞いておくか。
「お師匠様、聞いてください。実は工事が順調で、さすがにまだ完成はしていないのですが―――」
あれ? 俺が話を聞くはずだったのに、先にフィオリーナの話が始まってしまったぞ?
マリーさんといいベティさんといいマーサさんといい、この世界の働く女性は極端に走りやすいのかな?
読んでいただきありがとうございます。




