八百話 御馳走とは……
八百話、更新しました。
いつもと変わらない一話なのですが、百ごとの区切りはなんだか特別に感じます。
ここまで続けてこられたのは、読んでいただき、沢山の感想や評価、アドバイスを頂けたからだと思います。
本当にありがとうございます。
マリーさんと合流しポルリウス商会に到着。色々と愚痴に付き合わされ、そんなマリーさんをからかいつつ事情を把握した。簡単に纏めると、多大な利益を受けつつも偉い人達からのプレッシャーに耐えきれず、俺に泣きついてきたといったところだろう。問題は俺がどこまで答えるかだ。
新作は出さない。
これは意地悪ではなく、新作の存在を知った王妃様達が更にチョコレートに魅了され、結果的にマリーさんに対するプレッシャーが増すだけだからだ。
それに初期のチョコレートで満足してくれているのに、わざわざハードルを上げる必要はないよね。
チョコレートに飽きが……来るのかどうかは分からないが、慣れてきたタイミングで新作を提供したほうが効率的でもある。
まあ、王宮にチョコレートを納品するのだから、いずれは王宮側からチョコレートを活用したお菓子が開発される可能性は高い。
それが俺達の新作チョコレートの価値を押し下げてしまう可能性もあるが……まあ、大丈夫だよね。
地球のチョコレートの歴史は長い。
そして俺は食に関して変態だと評価された日本社会で育った好青年だ。
パティシエのような専門知識はないが、それでも様々なチョコレート菓子を食べてきた。その経験だけでもチート級。
チョコクッキーやナッツ系統のチョコレート菓子が開発されようとも、上回ることは可能だ。作るのはルビーだけど。
王宮側からでた新作チョコレートを上回ることで、マリーさんも存在感を示せるだろう。
「裕太さん…………」
涙を流しながらマリーさんが俺を見ているが、凄く不思議なことがある。女性の涙は美しいという言葉を聞いたことがあるが、マリーさんの涙はアレだよね、なんていうか濁っているよね。
ああ、またお化粧が崩れているからか。良かった、リアルに涙が白かったり黒かったりするのは怖い。
……そんなこと考えている場合じゃないな。どのくらいチョコレートを提供するか。
妖精対策の為にチョコレートを研究しまくり、新作も大量に作ったが板チョコもかなりの量が残っている。前回と同じ量を提供するのも可能だが、それではマリーさんを調子づかせる。
前回の量の半分くらいか? いや、それだとマリーさんは確実に交渉……というか泣きついてくる。さらに半分減らして、そこで自分の分を少し提供ということにするか。
「これくらいなら提供できます」
魔法の鞄からチョコレートをテーブルに載せる。
「ありがとうございます!」
流れていた涙がピタリと止まりチョコレートに飛びつくマリーさん。先程まで確かに流れていた涙がピタリと止まっている。
俺の同情を買うのと同時にガチ泣きでもあったと思うのだけど、その涙を一瞬で吹き飛ばせる精神の強さはさすがだ。
「裕太さん……もう少しなんとかなりませんか?」
量を確認して顔を曇らせるマリーさん。
「前回チョコレートを提供した時に、無理な要求はしないと約束していましたよね? 俺とマリーさんの仲だから今回の要求に応えているんですよ?」
そこんところ理解しているの? という顔をする。マリーさんは商人だから口約束だろうが節度を守ろうとする。少なくともお得意様にはね。
商売敵とか悪徳商会とかなら、高笑いで反故にしそうな気もするが、少なくとも俺相手にはしないだろう。
今回の交渉だって、たぶん、王妃様の圧力というある意味では強いカードがあるから、俺が心底怒ったりしないとの計算があるはずだ。
「……分かってはいるんです。裕太さんにご迷惑をおかけしていることを」
マリーさんは俺の言葉にシリアスな顔で答え立ち上がり歩き出したので、俺も付いていく。
「こちらはチョコレートの代金とは別。ご迷惑をおかけしてしまったお詫びです。他国の物などもできる限り用意します」
連れていかれた部屋にあったのは大量の楽器とおぼしき道具。なるほど、俺が数日前迷宮都市でお願いした内容を聞いて、楽器類をできる限り早く集めることでお詫びにしたのか。
時間を掛ければ集められる物だから、早さで誠意をしめそうとしたってとこかな?
俺が楽器が必要なのはまだ先だから、無意味とは言わないが実利としては薄い。
薄いのだが……これは御馳走に通じるものがある。
とある長編グルメ漫画を読んだ俺は理解していた。
御馳走とは本来、主人自ら走り回り招待客をもてなすために準備すること。つまり、マリーさんのこの行為も走り回り俺に楽器を御馳走するということで、ならば俺もその行為に応える義務がある……ようでないな。
一瞬、グルメ漫画の境地に至った気がしてテンションが上がったが、ぶっちゃけ料理と楽器は違うし、御馳走とお詫びは違うよね。
でも、ちょっと面白かったから許そう。なんか一瞬俺は分かっているって気分になれたのは予想以上に気持ち良かった。
「マリーは駄目駄目ね。普通お詫びはお酒に決まっているじゃない。だから権力者に泣かされることになるのよ」
俺は面白かったのだか、シルフィ的にはお詫びがお酒ではない時点で落第なようだ。やれやれと言った様子で首を左右に振っている。シルフィ達ってお酒以外は基本的に落第だよね。
簡単と言えば簡単だけど、お酒以外で満足させるとなると地味に難しい。俺がお酒以外で交渉するとしたら、美味しいお酒に合うおつまみかな?
「……分かりました。マリーさんの誠意に応え、自分の分のチョコレートを提供します。これ以上の追加はしばらくしませんから慎重に活用してください」
先程と同じ量のチョコレートをマリーさんに提供する。今更だけど俺ってチョロい。でもまあ、迫力はだしたから少しは効果があるだろう。
「ありがとうございます」
俺の有無も言わさぬ態度にマリーさんもこれ以上は無理だと判断したのか、追加交渉をせずに頷いた。
元々提供しようと思った量で落ち着いたな。交渉が苦手な俺としてはよくやったってところかな?
「あの、裕太さん、しばらくというのはどのくらいですか?」
終わったと思っていたら、おそるおそるマリーさんが期間を確認してくる。確かに次の機会は重要だよね。
「分かりません。だからマリーさんも本当に慎重に活用してくださいね。ああ、王妃様にもきちんと次回いつ手に入るか分からないとハッキリお伝えしたほうが良いと思いますよ?」
「ひっ、しょ承知しました」
少なくとも次回迷宮都市訪問時にお願いされても俺は提供するつもりはない。そんな断固たる決意を感じたのか、コクコクと頷くマリーさん。
少し厳しいところを見せてしまったかな?
でも、優しいばかりの男ではないと、偶には見せておかないといけない。
「裕太。満足気だけど、あなた全然厳しくないわよ?」
……そうかな? というかシルフィ、なんでそこまで俺の考えていることが分かるの? 怖いんだけど……。
とりあえずマリーさんは忙しそうだし、楽器を回収して宿に向かうか。おっ、なんか羊皮紙の束があるなって思ったら、これは楽譜か。
まあ、楽器も楽譜も利用するのはまだ先だし、しばらくは魔法の鞄に寝かせておくか。
***
「うー、ふぅー。胃が痛い……」
せめてソニア。ソニアを巻き添えにできれば気持ちが楽になるのですが、ソニアは新たな顧客を回るのに忙しい。
馬車馬のように働かせているので申し訳ない気持ちがない訳ではないのですが、今から向かう場所を考えると羨ましい気がします。
「ふー、それにしてもこの量でなんとかなるのでしょうか?」
王宮に向かう馬車の中で不安が胃を痛めつけてくる。裕太さんから提供していただいたチョコレートを三分割した。
結果、一度に納品すれば多少は満足してもらえる量だったが、現状ではこのチョコレートの量では明らかに足りない。
でも、裕太さんの様子を見るに、次は簡単に提供してもらえない。過剰な要求は身を亡ぼす。裕太さんは今日の交渉途中、なんか面倒だし別の商人をさがそうかな? といった顔を一瞬した。
裕太さんに切られたら本気で洒落にならない。なんとか縋りついて思い止まってもらったが、これ以上泣き落としが通用しないことも確定してしまった。
裕太さんがしばらくと言っていたから、裕太さんが思うしばらくが過ぎれば交渉の余地がうまれるはずだが、それまでは裕太さんに甘えるのは危険すぎる。
だから、少ないとガッカリされようとも、後の安全を買う三分割は間違っていない。
間違ってはいないが、問題は王妃様だって絶対に怒らせてはいけない存在だということだ。
……裕太さんってなんなの?
いえ、分かってはいるんです。常識が通用しない精霊術師で、おそらく迷宮レコードすら更新している異常な存在。
でも、普通は王妃様と並ぶどころか王妃様よりも重要度が高い冒険者なんてそうそういないんですよ。
というか、Sランクの冒険者だって顧客としてなら圧倒的に王妃様の方が上です。
なのになんで裕太さんは王様にアポなし突撃して許されるどころか、逆に気を使われているんですかね? 本当に意味が分かりません。
今の私も少し前に店の者を使いに出しはしましたが、ほぼアポなしと変わりません。でもそれは、チョコレートが手に入ったら真っ先に持参しろとあらかじめ言い含められているからです。
でも、裕太さんは私やソニア、そしてハンマー商会の者達を連れて、あきらかに怪しいのに直ぐに謁見が叶いました……ふぅ、深く考えるのは止めましょう。怖くなってきました。
今考えるのは裕太さんの特異性ではなく、少量のチョコレートでどうにかこうにか王妃様に満足してもらうための方策です。
あと二回納品できるチョコレートを残しているとはいえ、王妃様方には慎重にチョコレートを消費してもらわなければ身が持ちません。
多少不愉快に思われたとしても注意するべきでしょうね。王族や貴族の方々が難しいのは泣けばなんとかなる訳ではないことですね。
ん? 泣く?
そういえばお化粧直しした後にもう一度泣きましたね……つまり私の顔は危険な状態になっているのでしょうか?
「…………今、私の顔ってどうなっています?」
御者側の窓を開け、御者に確認する。
「……とても独創的で凡人な私には理解できない芸術的なお顔かと思います」
御者の半笑いの返事で全てが理解できた。
どうしてうちの商会の従業員はこうなのでしょう? 今から行くのは王宮なのですよ? 王族の怒りを買ったら従業員も巻き込まれる可能性があるんですよ?
クビにしたい。
「……こちらを」
御者が横から荷物を取り出し、窓から押し込んできた。私のお化粧セットだ。化粧を落とすための布と桶も用意されている。水は自分で出せと言うことだろう。
この気遣いができるのなら、なぜ馬車に乗る前に化粧について言及しないのでしょうか?
クビにしたい。でも、うちの従業員、地味に優秀なんですよね。クビにしたい。
9/8日、本日コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第87話が公開されました。裕太の焦りと植物テロ、盛りだくさんなのでお楽しみいただけましたら幸いです。
読んでいただきありがとうございます。




