七百九十五話 人体改造?
ベティさんの為のドラゴン肉パーティを開催。トルクさんが食べきれるか分からない量のドラゴン料理を作ってくれたので、ダイエットに苦しんだベティさんも満足してくれると思う。それにしても精神にまで影響していそうなお肉か……凄いなドラゴン。
さて、ダークドラゴンのお肉の味はなんとなくだが理解できた。次はベティさんの高かったテンションを更に上昇させたライトドラゴンのお肉を試してみるか。
テーブル中央にある分厚いステーキに手を伸ばそうとすると、よだれを垂らしたベルの顔が視界を横切った。
そうだった、俺だけが楽しむのではなく、ベル達にも楽しませてあげないとな。
ライトドラゴンのお肉に手を伸ばす前に、更に残っているダークドラゴンのお肉を一口大に切り分ける。
これでベル達も食べやすいだろう。別皿に分けてそっとテーブルの端に寄せる。
俺の行動の意味を理解したベル達が、笑顔でダークドラゴンのお肉に突撃してくる。そしてダークドラゴンのお肉を味わい、口々に美味しいと声を上げる。とっても可愛らしい光景だ。
でも……なんだか少しだけションボリしているようにも見える。なぜだ? ああ、ダークドラゴンのお肉の精神を安定させる効果の影響か?
……違うな。ベル達はお肉を食べつつ喜びながらも、チラチラとベティさんを見て何かを訴えかけている。
理解した。ベル達はスリルが足りないと嘆いているんだ。トルクさんの宿屋とか外でご飯を食べる時は、食材が消える瞬間を他人の目に晒さないように挑戦しているのに、今のベティさんはあまりにもザル。
ドラゴンのお肉しか見えていない。
これではドキドキ感がなくベル達が不満を覚えるのも無理はない。なんとかしてあげたいところだが……無理だな。
今、ベティさんの食事を邪魔するのは、飢えた獣の食事を邪魔するのと同じ。下手をすればまたマーサさんが召喚され、俺がひたすらに謝り倒すことになりかねない。
しかも今回はトルクさんを壁にすることができない状況。
ベル達や弟子達の為ならばなんでもしてあげたいところだが、そんなベル達やジーナ達の前でガチでお説教されるのはとても辛いので、今回は美味しいドラゴン料理で我慢してもらうことにしよう。
保身を最優先にしたことを申し訳なく思いつつ、ライトドラゴンのステーキを確保する。
こんがり焼き目がついたミディアムレアなライトドラゴンステーキ。ダークドラゴンのお肉とは逆に、うっすらと光を放っている。
光を放つお肉。綺麗だけど、地球だったら真っ先に化学汚染を疑う現象だ。まあ、それはダークドラゴンのお肉でも言えることだが……。
さて、少し躊躇わないこともないが、ヴィータが何も言わず、実食したベティさんもテンションが高いくらいで安全「おいしいですー。なんだかおちつきますー」……ベティさんがダークドラゴンのステーキを食べてほっこりしている。
安全だとは思うが、目の前であのテンションの落差を見せられると流石に怖いな。
ライトドラゴンのお肉を食べてパーティーピーポーみたいなノリになるのは嫌だぞ。
飲み会の席ならともかく、チビッ子達の前で乱れるのは師匠としての沽券にかかわる。
……そうか、ヤバいと思ったらすぐにダークドラゴンのお肉を食べて中和すれば良いのか。
さすが迷宮のコア。食べる人間のことを考えてライトドラゴンとダークドラゴンをセットしていたのか。今度お土産にもう少し良い物をもっていくことにしよう。
ダークドラゴンのお肉を確保し、ライトドラゴンのステーキを口に含む。
噛みしめると程よい弾力が歯に伝わり、同時に凄まじい肉汁が口の中に広がる。
あ、これ、凄い。
ファイアードラゴンやダークドラゴンのとろけるような肉質とは違い、弾力がある肉質。
ただ、固い訳ではなく、心地良い歯ごたえと共にサックリと噛み切ることができ、同時に肉汁が飛び出してくるので噛むことが凄く楽しい。
肉の繊維がスルスルとほどけ噛むほどにテンションが上がり、これが最高にハイってやつ……まずい、ダークドラゴンの肉!
……ふー、危なかった。
噛んでいる間に楽しくなってきて、確実に脳から幸せな感じのちょっと麻薬っぽい物質が分泌されていた気がする。
あのままだと俺は、レッツ・パーリー、とか叫んでいた気がする。
油断していると最高に幸せな気分と共に、拭いきれない黒歴史を生み出しかねないな。ライトドラゴンのお肉は恐ろしい、本当に恐ろしいお肉だ。
ん? こんなお肉を食べてベティさんはともかく弟子達は大丈夫なのか?
心配になりジーナ達に目を向ける。
ジーナ達もライトドラゴンのお肉をしっかり堪能している様子だが、俺のように訳の分からないことを叫び出すような様子はない。
確実にテンションは高くなっているが、幸せそうに笑いあい、微笑ましいレベルで戯れている。
これはどういうことだ?
……あ、なんとなくだけどストレスに関係している気がする。
ベティさんは食に対するストレスに晒されていたから、そのストレスから解放されるために食事に夢中。
ジーナ達はストレスが少ない生活を送っているから、幸せ物質を分泌しても微笑ましいテンションのまま食事を楽しめている。
そして俺は……うん、最近ちょっとストレスがたまる出来事が色々あった。妖精とか雪の大精霊とか妖精とか妖精とか妖精とか……そんなストレスを発散したい、そんな衝動があったように思う。
あれだな、ライトドラゴンのお肉は社畜とかストレスがたまるタイプの人間にはちょっと危険なお肉かもしれないな。
幸せな感じだから悪いことはしなさそうだが、ストレスの度合いによっては、渋谷のスクランブル交差点の中心で愛を叫ぶくらいの奇行は覚悟するレベルだ。
これを危険か危険じゃないかの判断は人それぞれだが、陰湿な感じにはならなそうな印象を受けるのは光属性だからだろう。
ライト様も舌鋒が鋭い時もあるけど、明るく可愛らしく前向きな光の精霊王様だもんね。
なんとなくライトドラゴンのお肉の性質を理解したので、安心してステーキを切り分けてベル達が食べられるようにする。
俺の意図を汲んだベル達がさっそくライトドラゴンのお肉を攫って行き、食べてキャッキャと喜んでいる。
やはり毎日元気いっぱいストレス皆無なベル達にはそれほど影響を及ぼさない様子で、みんな楽しそうにお肉の感想を言い合っている。可愛い。
さて、今の俺にライトドラゴンのお肉は少し危険なので、ダークドラゴンとファイアードラゴンの料理を中心に攻めることにするか。
それにしても、俺が色々と口出ししたり迷宮都市で料理が発展してきたりしたからか、料理の種類が増えたな。
最初の頃は迷宮で獲れる色々な種類のお肉とガーリックを焼いた料理がこの宿の中心だったのだが、今ではフライ系や煮込み系、あとはダイエットで勉強したのか、肉と野菜を組み合わせた料理も並べられている。
「ハグハグ、んぐんぐ、ごっくん、ハグハグ。おいしいですー。ハグハグ」
そして、そんな大量の料理が掃除機に吸い込まれるように消えていく。無論吸い込んでいるのはベティさんだ。
病み上がり? であるにも関わらず、俺と弟子達全員以上に食べている。ヴィータの治療が凄いのか、ベティさんの胃袋がバケモノなのか悩むところだ。
ん?
なんかベティさん、お肉付いてない?
いや、見間違いだよね? いくらなんでも食べながらお肉が付くなんてありえない。普通は食べた物を消化して時間を掛けつつ体に吸収されていくはず。
……いや、見間違いじゃないな。既にこけていた頬にうっすら肉が付き始めている。ファンタジーにしても限度があるだろう。
不味い。このままだが一日でリバウンドなんて馬鹿な結果の原因になりかねない。それはさすがに恥ずかしい。
ヴィータ、ヴィータ、助けて!
「ああ、うん、確かに吸収しているね。かなりの栄養失調だったところを僕が綺麗に整えたから、かなり吸収力が高まっているんだ」
そんなことある?
……まあ、あるか。だってヴィータは命の大精霊だもんな。そんなヴィータが本気で治療したのだから、そんなことがあってもおかしくはない。たぶん。
「ただ、このままだと少し問題かな? 上位の属性ドラゴンは栄養が豊富だし質も高いから体に害はないけど、せっかく減らした体重も戻っちゃうね。健康を害さない程度なら僕はそれでも構わないけど、裕太は困るよね?」
困ります。とても困ります。幽鬼になるほど痩せる原因を作った俺が、一日でリバウンドさせたとか、自分ながら鬼畜の所業としか思えないし、世間体がとても悪い。
別に評判なんてどうでもいいやってスタイルで意地を貫いてきたけど、弟子達のこともあるし、回復してきた評判をこんなくだらないことが原因で下げたくない。
「分かったよ。質が良い栄養なのは確かだから、もう少し吸収させてから吸収を止めるね。もったいないけど……」
命の大精霊であるヴィータにとって栄養を無駄にするのはあまり好ましいことではないようだ。そこは申し訳なく感じる。
それはそれとして……そんなことできるの?
それっていくら食べても太らない、夢のダイエットが実行できる能力なのでは?
というか、そんなことができるとベティさんに知られたら、殺される……ほど俺も弱くはないが、呪われるくらいの恨みを買う気がする。
幽鬼のようなベティさんを思いだすと背筋が震えるよね。
怖いことを考えているとヴィータがベティさんの背後に回り、そっと背中に手をかざした。
「ふわ? ……はぐはぐはぐ―――」
何かを感じたのか一瞬驚いた様子を見せたベティさんだったが、気のせいだと思ったのか首を傾げた後食事を再開した。
精霊の気配は感じられなくとも、体を調整されたらさすがに違和感を覚えるのかな?
でもまあ、食事を優先する程度の違和感であれば問題ないだろう。
気になるのは、これって人体改造なのでは? という疑問だけど……まあ、今日一日限定だし、ヴィータがやることだから問題ないよね。
「もう十分栄養を摂取していたからね、今日一日は問題ないようにしておいたよ」
ヴィータが戻ってきて教えてくれる。
なにがどうなったかは分からないが、一日でリバウンドなんて惨劇が避けられたなら十分だろう。
明日以降のリバウンドに関しては……まあ、おいおい考えることにしよう。
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