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七百九十一話 なんという圧力

 妖精の対応が一時的に落ち着いたと無理矢理判断して迷宮都市に向かった。到着してマリーさんの雑貨屋に向かうと、手紙でマリーさんに助けを求められた。マーサさんも激やせしていたし、ジーナのお母さんも痩せて綺麗になっていたらしい。普通のことしかしていないはずなのにトルクさんのダイエットプログラムの効果が凄すぎて怖くなる。




「トルクさん、マーサさんは無茶していませんでしたか? 変わり過ぎに思えるのですが……」


 迷宮都市到着初日、夜になり時間が空いたトルクさんと厨房で合流し、さっそく質問する。


 ダイエットを開始してそれなりに時間が経ったから、成果が出るのは理解できる。


 でも、肝っ玉な宿屋の女将さんだったマーサさんが、華奢で可愛らしい若女将に変身するのはビフォアーアフターが狂っているだろう。


「ああ、無茶はしていねえんだが……」


 何か言い辛そうに言葉を途切れさせる。


「何かあったんですか?」


「いや、痩せて動けるようになったのが嬉しいらしくてな、一緒に迷宮に行くようになったんだよ。そうしたら更に痩せるスピードが上がってな」


「……なんで迷宮に行くのか意味不明ですし、それを除いてもたくましくなるならともかくなんで華奢になっているんですか?」


 普通、運動したら筋肉が付くはずだ。ムキムキになるにはそれ相応のトレーニングが必要だろうが、そうじゃなくてもそれなりに体格には現れるはず。


 後衛だとしても冒険者であれば、それなりに体格が良くなるはず……駄目だ。冒険者との関りが薄すぎて断言ができない。


「なんでだろうな?」


 トルクさんでも分からないのか。


「適切な食事と運動だけであそこまで変化されると怖いのですが? なにか思い当たることはないんですか?」


 ダイエットの初歩の初歩だ。効果があるのは嬉しいはずなのだが、効果があり過ぎると本気で怖くなる。


 お願いだから納得できる理由をください。


「ない!」


 ないんですか……。


「あっ、だが、身体強化が上達していたとは言っていたな」


 身体強化?


 うーん、もしかして身体強化って代謝が上がるのか?


 でも、急激に痩せたら体に無理が掛かる。その結果が肌や髪に現れて不健康な印象になることも多いんだけど……マーサさんは若返っているようにすらみえる。


 ん? そういえばそんな感じの……。


「トルクさん。若返り草を使いましたか?」


「そんな高価なもんが使える訳ないだろ」


 違ったか。トルクさんなら俺から提供しても構わないのだが、おそらく受け取らないだろうし、やりすぎになるよな。


「ダニエラさんもかなり綺麗になったと聞きましたが、共通点はないんですか?」


「うーん……わからん」


 そっか、わからないのか? これ、大丈夫なのか?


「あ、俺が直接聞いた話じゃないから微妙だけどよ、腹の中がスッキリして体調が良くなったとは言っていたな」


 うん? スッキリ、便通が改善したってことかな?


 なんでだ? ダイエットは便秘になりやすいと聞いたことがあるし、俺が教えたダイエットなのに俺が知っているのと違う結果が出る意味が分からん。


 つまり、この結果にはファンタジーな原因が関連している可能性が高い。


 そうなると食材が予想外の効果を発揮しているかも。


「トルクさん、最近食べられ始めた食材ってありますか?」


 以前から食べられていたならさすがに効果が知られているはず。そうなると最近の食材が怪しい。


「ん? そりゃあ香辛料だろ。最近はやりの料理はカレーとラーメン、ラーメンも目新しいが使っている食材はあまり目新しい物はねえ。だが、カレーに使う香辛料はすげえ。カレーだけじゃなく様々な料理の味付けや臭み取りに大活躍だ」


 香辛料か……でも、ダニエラさんはカレーで太ったんだよな。


 まてよ? カレーはそれなりにカロリーが高いし脂質も多い。だが、スパイスには様々な薬効があるはずだし、そのスパイスが低カロリーな料理と組み合わさり効果が発揮されたとしたら?


 特に迷宮都市で使われているのは迷宮産の香辛料。つまり、薬効が地球の物よりも強い可能性があるし、それどころかもっと特殊な効果がある可能性すらある。


「―――というわけです。どう思いますか?」


「うーん、言われてみればそうなのかと思うが、そうなると俺では手に負えねえぜ?」


 トルクさんに俺の疑問を説明するとある程度納得した表情で頷き、そして無理だと結論を出した。


 だよね。各種スパイスの効果検証なんて個人ではやってられない。


「そうなると、薬師ギルドや料理ギルドの協力が必要になりますかね?」


「後は商業ギルドもだな。カレー粉には商業ギルドが深く関わっている。かませねえと面倒なことになる」


「商業ギルド……ベティさんにお願いしますか」


 窓口は一つに絞った方が楽だし、それなら知っている人間の方が安心できる。


「裕太……いくらなんだも働かせすぎだ。知っているか? あいつ、レイスみたいになってんだぜ?」


 レイス? 初期の死の大地で何度も遭遇した魔石を残さない魔物のことを思いだす。


 今は聖域となった楽園に近づくことができないから姿を見ることはないが、かなり怖い魔物だ。


 というか、魔石を残さないので本当に魔物なのかも分からないところが本気で怖い。


「生きているんですよね?」


「当たり前だ。ただ、偶にジッとうちの宿を凝視していることがあってな、そん時は俺もビビったぜ」


 予想以上に酷いことになっていそうだ。でも、ダイエット中に美味しい料理が食べられる場所をジッと見つめてしまう気持ちは理解できる。


 心の中では凄まじい葛藤が起きていたはずだ。トルクさんの料理とドラゴンのお肉料理で心の中の天秤がガチャガチャと音を立てて揺れ動いていたのだろう。


 そんな状態でも勝つなんてドラゴンのお肉の魅力はすさまじい。


 もし、ドラゴンのお肉を見せて、小学生みたいに上に持ち上げて、はい、あ~げた! なんてやったら……修羅が生まれるかもしれない。止めておこう。


「……すみません、明日にでもベティさんを呼んでもらうことは可能ですか?」  


 とりあえずヴィータに診察してもらおう。前に確認した時も過労気味でだったが、レイスとなると洒落にならない。


「ああ、カルクに呼びに行かせれば来ると思うぜ。昼過ぎで良いか?」


「そうですね。それでお願いします」


 明日はメルのところに顔を出そうかと思っていたが、ベティさんの状況次第だな。午前中に顔を出しても良いが、妖精の花蜜酒をおすそ分けするつもりなので後に用事がないタイミングの方が良いだろう。


 続きは明日ということでトルクさんと別れ部屋に戻る。まだ寝る気分ではなかったのか、ベル達がベッドでワチャワチャと戯れているので、少し遊んでから眠ることにしよう。




 ***




「ベ、ベティさん、だ、大丈夫ですか?」


 カルク君が呼び出してくれたベティさんがお昼過ぎに宿屋にやってきた。トルクさんと、事前に召喚済みのヴィータと応接室で対面したのだが、幽鬼のような状態で焦ってしまう。


 モチモチ艶々だったホッペはこけており、肌は乾燥し髪は潤いを失いぼさぼさで、目元には濃いクマが浮かんでいる。


 この症状は知っている。ただ痩せただけの失敗に分類されるダイエット。リバウンド一直線のパターンだ。


 ベル達が居なくて良かった。こんなに怖いベティさんを見てしまったら恐怖で泣いて……いや、レイスやゾンビに躊躇いなく魔法をぶちかましていた実績があるから、違う意味でホラーな展開になった可能性があるな。


 うん、間違ってベル達がベティさんを攻撃するなんてことにならなくて良かった。


 ちなみにベル達は屋台探訪におでかけ中で、ジーナ達は冒険者ギルドに顔を出している。


「大丈夫です。裕太さん、私は痩せました。痩せていないとは言わせません」


 ベティさんが暗いギラギラした目で俺を見つめる。


 あれ? この世界ってファンタジーな世界でホラーな世界じゃないよね?


 ヴィータ、助けて。


「うん、命には別条ないけど、あまりよくないね。体に糖質と脂質が足りていない。胃が収縮しているし、骨も少し脆くなっている。これは歩きすぎかな? 内臓も弱っている。このままだと体を壊すね」


 違うよ、俺は診察してほしいのではなく助けてほしいんだ。でも、診察は助かる。ベティさん、ヤバいじゃん。


 トルクさん、助け……居ない! なんで?


「そ、そうですね、ベティさんは痩せました、とても痩せました」


 ヴィータ、お願い、治療しちゃって。俺の願いが通じたのかヴィータがベティさんの治療に取り掛かってくれる。


「ということはドラゴンのお肉ですね?」


 なんという圧力。あのほのぼのとしてちょっとどんくさくて、食いしん坊だったベティさんはどこに行ってしまったんだ?


 神よ、なぜこんな惨いことを、なさるのですか?


 よし、世の理不尽さを嘆く時間は終わりだ。


 こうなったのは決して俺のせいではない。もしかしたら10パーセント、いや、30パーセント……60パーセントくらい責任があるかもしれないが、俺が望んだことではないし、大切なのはベティさんの健康を回復することだ。


「裕太。ある程度回復させることはできるけど、根本的に栄養が足りていないから、何か食べさせて。あ、内臓に負担が掛かるから軽い物をね」


 軽い物。何かあったかな? ああ、あれが丁度いいか。


「無論です。では、ベティさん、まず、これを食べてください」


 魔法の鞄からおかゆを取り出す。これは俺が少し呑み過ぎた時や食欲がない時の為にルビーに作ってもらったものだが、今のベティさんにちょうどいいだろう。


 もしかしたら重湯の方が良いのかもしれないが、さすがにそれは用意していない。


「ドラゴンのお肉は?」


 グリンとこちらを向くベティさん。心の底から怖い。だが、ここで負けたら俺が食われそうな気がする。


 無論、性的になんて素敵な展開ではなく、物理的に俺の肉を食いちぎられそうということだ。どうにか乗り切らねば。


「いいですか、ベティさん、ドラゴンのお肉は最高の状態で食べないといけないお肉です。無論量もかなりの量があります。そのお肉を今の状況で美味しく最後まで食べられると思いますか?」


「思います」


 違うでしょ。そこは思うのではなく、確かにと納得する場面でしょ? 


 もうやけくそでドラゴン肉を大放出するべきかな? ベティさんならたぶん大丈夫な気がするし、駄目でもヴィータがなんとかしてくれるよね?


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
商業ギルドの上司や同僚はフォローしなかったのだろうか。 かなりブラックだったんだな。
ベティさん(´;ω;`) 食べすぎの自業自得も少しあったけどドラゴン食べた過ぎて…? 裕太は香辛料の不思議効果にも手を出すの?働き者だな 次は薬師ギルドの番かな? 普通の人がヤバくなるのと、ヤバい人…
これは周りの管理不足だろう。可哀想なベティさん。きちんとお詫びするべしよ。
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