七百八十九話 雪の大精霊
変わり者の妖精が変わり者らしく雪島で凍死しかけ、その対策とお説教の為にジューン姫に会いに行った。無事にジューン姫との交渉も終わり、凍死しかけた妖精にきつめのお説教と罰が下されることも確定した。あとは雪の大精霊との交渉が終われば雪島は安全地帯になる……はず。
現在、雪の大精霊が巣にしている穴に向かう。
結構巣に拘るタイプだと思っていたのだが、穴の中に移動したということは本気でチビッ子達の相手が嫌だったのだろう。
その穴も隠されていたし、雪の大精霊の本気が伝わってくる。
別にチビッ子が嫌いな訳ではなく、それよりも自分の安穏の方が大切という精霊にしては本当に珍しいタイプだ。人間だと至る所で存在するタイプなんだけどね。
「うわー、予想以上に豪華……」
その隠された穴にシルフィにフォローしてもらいながら突入すると、想像とは違う光景が目に飛び込んできた。
隠れたんだから小さな雪の洞窟の奥で丸まって寝ているものだと思い込んでいたが、寝具に拘る雪の大精霊は住居にも拘っており、想像以上に広い空間を確保していた。
さすがに天井の高さまでは確保できていないようだが……あれ? もしかして天井を高くするために吹雪かせて雪の厚みを増しているのか?
ありえそうだな。
ものぐさなのに自分の環境には拘る雪の大精霊に呆れながら歩を進める。
自慢の毛皮コレクションは今も大切にされているようで、雪というかもはや氷のテーブルに見栄えよく設置されている。
今も気分で転々と寝床を変えているのだろう。
どこで眠っているのか分からないので寝床を確認しながら先に進むと、俺が提供した人をダメにするタイプのクッションにちょこんと白い猫が眠っているのが見えた。
若干苦手な相手とはいえ、自分が提供した物を使ってくれているのを見るのは嬉しい。
「こんにちは」
「……」
すやすやと眠る猫に声を掛けるが、当然のように無視される。野生だと直ぐに命を落としそうな油断具合だ。
「ちょっと話があるので起きてくれないかな?」
普通なら寝ているのを起こすのは気まずいのだが、この雪の大精霊は基本的にいつでも寝ているので起きるのを待つのは難しい。
まあ、声を掛けたくらいで起きるなら苦労はしないんだよね。
「シルフィ」
起きてくれないのでシルフィにお願いする。俺は寝ている大精霊を自分で起こすほど無謀ではない。
寝起きにうっかりなんてことが大精霊レベルで起きたら、洒落にならない。
シルフィが雪の大精霊に風を吹き付ける……が、雪の大精霊は目を開けない。突然の風に寝苦しさを感じているようだが、そんなことくらいで起きてたまるかという意思を感じる。
眠たい子供と学校に行かせたい親の、朝の攻防を見ているようだ。
「……………………なんのようだにゃ」
シルフィが子猫の毛並みを荒らすミニ竜巻を徐々に増やし続け、五つ目のミニ竜巻で雪の大精霊が根負けしたのか、ついに目を開けて話しかけてきた。
凄く渋々なのが声だけで伝わってくる。まあ、表情もとても不愉快そうなのだけど……。
「実はお願いがあって」
「嫌だにゃ」
断るのが早い。せめて内容を聞いてから断わってほしいと思うのは贅沢なのか?
「この雪島を雪のドームで覆ってほしいんだ。精霊以外は入れないような感じで。あ、俺と弟子達が入る時は開けてほしい……けど、多分寝ているだろうからこちらでなんとかするよ」
雪の大精霊が作ったドームでも、シルフィ達なら穴をあけるくらいできるだろう。弟子達の為にも雪の環境は残しておきたい。
「だから嫌だにゃ」
「嫌なら構わないけど、そうなるとここに妖精が入り込んでくることになるよ? 凄く変わり者な妖精が多いから、色々と大変なことになると思うけど大丈夫か?」
この雪の大精霊は真っ当に交渉してもダメだ。ものぐさだからまともに動かすには興味を引く寝具なんかを用意しなければならない。
だから、快適な睡眠環境が脅かされる可能性を提示して、向こうがその気になるように誘導する必要がある。
だって、快適な寝具なんてネタ、そんなに持っていない。低反発とか何とかスリーパーとか、存在自体は知っているが、それを再現できるかと言われたら無理としか思えない。
可能性があるとしたら、錬金箱あたりのチートアイテムを活用して無理矢理どうにかといったところだろう。
「妖精? なぜそのような珍しい存在が?」
あ、にゃが外れたうえに声に威厳が出てきた。本気で驚いているようだ。
というか、妖精が楽園に来てそれなりに経っているし、妖精が一人ここの雪で凍死しかけているのに気が付いていなかったのか。本当に自分のことしか興味がない精霊だな。
「最近、楽園と交流を持つようになったんだよ。今は少数だけど、今後は増えると思うからドームを作らないなら煩くなっても文句を言うなよ」
本当に増えるかどうかは分からないし、増えたとしても臆病な妖精がこんなところに足を踏み入れるかも、煩くするかも分からないが、可能性は否定できないので嘘は言っていない。
「……」
雪の大精霊が無言で鼻にシワを寄せている。
凄く嫌なのだと伝わってくるが、猫というか小さな雪豹の姿なので、悔しいけど可愛い。
「大精霊からしたら雪島をドームで覆うくらい片手間で済みそうなんだが、そこまで嫌なのか?」
「必要以上に働いたら負けだと思っている」
俺の質問に聞いたことがあるような無いような言葉が無駄に渋い声で返ってきた。
大精霊として最低限の仕事はしているってことかな? そして最低限以上の仕事をするのは負けと言いたいようだ。
正直、どうでもいい。
どうでもいいが、ここでツッコミを入れたりバカにしたりしたら意固地になりそうな気がする。
シルフィに目線を向けるが、無表情で協力してくれそうにない。シルフィってこの雪の大精霊と関わるとクール度が増すよね。雪だけに。
「ああ、妖精が煩くしても邪険にしないでくれよ。妖精には妖精の花蜜酒を造るためにわざわざ楽園に来てもらっているんだ。もし妖精の機嫌を損ねたら、かなりの精霊に恨まれることになるからな」
妖精の花蜜酒と聞いて、雪の大精霊が少しだけ表情を変える。雪の大精霊も精霊なので、寝るのが一番なだけでお酒が嫌いな訳じゃない。
そして、お酒関連で恨みを買う怖さも理解できるはずだ。
これなら今回の交渉は上手くいきそうだ。
「なるほど、では、自分の周囲だけドームで囲えば大丈夫だな」
勘違いだった。
そこまでして自分の労働を減らしたいのか。俺も社会人だったから気持ちは分からなくもないが、そこまで非協力的だと怒りが湧いてくる。これって理不尽な怒りなのか?
この雪の大精霊が働きたがらないって分かっているのにスカウトしたのだから、俺の怒りは理不尽かもしれないな。報酬無しで働かせようとしているのも事実だし。
でも……。
「それなら、妖精が危険になったら助けてやってくれよな。本来はこの島で凍死しかけた妖精が居たから、雪島に入れないようにお願いに来たんだ。ドームで島全体を囲むのが無理なら気が付いたら面倒を見てやってくれ」
「なぜだ!」
驚く雪の大精霊。
「いや、実際死にかけていたし、本人……いや、本妖精もまた雪に突撃する気満々だったから確実にまた来るだろ? なら気にかけてもらっておかないと下手したら死んでしまうからな」
嫌がろうと俺の怒りが理不尽な物であろうと、絶対にお前には働いてもらう。理屈じゃない、これは俺のワガママだ。
お前だって精霊。たとえ堕落していようと怠け者だろうと、自分の領域での死を喜ぶ性格ではないはず。
普通の雪原なら雪の大精霊もそれが自然の摂理だと見過ごすこともできるだろう。だが、ここは聖域でお前はある程度自由に力を行使できる。
しかも助ける相手は精霊の大好物であるお酒を造りに来た妖精だ。お前は見捨てることができるのか?
「シルフィが助ければいい話だろう」
「俺達が楽園に居ないことが多いのは知っているだろ? その間の事故が怖いから対策をしにきたんだよ」
さあ、選ぶがいい。妖精を見捨てるか、自分の周りにだけドームを張り、死にそうな妖精に気を配るか、雪島全体をドームで囲い妖精の侵入を妨げるかだ。
「……分かった。雪島全体にドームを造る」
勝った。
精霊の良心に付け込んだみたいで心が痛まないこともないが、相手が雪の大精霊だと爽快感が上回るのが不思議……でもなんでもないな。
これが普通の精霊が相手であれば酷く申し訳ないというか、そもそも、できるだけ誠意を尽くそうとしただろうが、相手が雪の大精霊だもんな。
「ありがとう。あ、精霊は遊びに来るから、ドームの天井はできるだけ透明度が高い氷にしてくれると光が入って助かる」
雪と氷だと違うかもしれないが、ディーネが氷を操れるんだから、目の前で嫌そうにしている雪の大精霊ができないとは思わない。水より雪の方が氷に近いよね?
「ふん」
嫌そうだが断らない雪の大精霊。ノモスよりも分かりにくいが、それでもチビッ子達を気にかけていない訳ではないらしい。ガチで逃げているけどね。
「終わったにゃ。もう疲れたから寝るにゃ。さっさと帰れにゃ」
さすが大精霊。何かをしたように思えなかったけど既にドームを完成させたらしい。
そして働いてしまったのが本当に不愉快だったのか、ふて寝に入ってしまった。
「しょうがないか。ありがとう、またね」
「二度とこなくていいにゃ」
お礼を言うと拒絶の言葉が返ってきた。姿は可愛いのに性格は本当に可愛くないな。
「ふふ、すぐに会うことになるわ」
今まで会話に加わらなかったシルフィが面白そうに話しかけてきた。
「どういうこと?」
「そうね、教えてもいいけど直ぐに分かるわ。これも勉強ね」
意味深なシルフィのセリフ。どういうことかと頭を悩ませながら雪の大精霊の住家から出る。
「おお。凄く綺麗だ」
外に出ると、雪の大精霊の言葉通りドームは完成しており、俺のお願い通り上部は透明な氷で覆われており光も入ってきている。腐っても大精霊だな。
「よし、帰る……シルフィ、出口は?」
「ないわね」
そういうことか。たしかにすぐに会うことになったな。シルフィなら切り裂けるだろうが、出入口を造ったら意味がなくなるもんな。
雪の大精霊の住家に戻り、寝ている大精霊を叩き起こして、面倒臭がる大精霊に断わるならここで俺達も共同生活をすることになるぞと脅してなんとか外に出ることができた。
精神的にかなり疲れたが、雪の大精霊を相手にしたことを考えたら、今回は結構楽勝だったかもしれない。
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