⑥
集合時間になって、なんとなくクラスのヤツらが集まってる後ろに並んだ。
日差しが更に強くなってきて、暑い。
俺らのクラスは狙ったように日陰に1ミリもかかってなかった。
先生は揃えたように同じアウトドアブランドのウィンドブレーカーを着て、前に集まっていた。
早く出発すればいいのに。
「うちのクラスだけ地獄」
「それな」
「誰だよ、晴れ男」
「それ誉め言葉じゃん」
「そうか?」
やっと先生が解散して、一斉にクラスの先頭に戻っていった。
うちの担任も、帽子の紐をプラプラ揺らしながら小走りで帰ってきた。
「帰りこそ、走って学校まで帰るぞー!」
山田先生の叫びに、アスリートクラス全員が一斉に最後尾の副担任に向いた。
あまりの揃いっぷりに他のクラスから爆笑が起こった。
当の副担任はニヤニヤ笑ってて、クラス全員がみるみる顔色が悪くなっていった。
西野だけは、眠そうな顔だったけど。あ、元からか。
「いくぞー! ついて来いよー!」
「せんせー! 裏切者ー!」
「青春だー!」
副担任の叫びに、また大きな爆笑が生まれた。
山田先生が階段を駆け下りると、後に続いてすぐに姿が見えなくなった。
次のクラスが続いて、ゆっくりと歩き始めた。
「アスリートでなくてよかった」
「それな」
「朝も同じこと言ってたよな?」
「そうだっけ?」
「日焼け止め塗る?」
「タオル返せよ」
「忘れてた」
「忘れるなよ……」
俺の頭にタオルをかけてくれた。
もう湿ってはなかった。
どんだけ太陽シゴデキなの?
「栗栖君、どこいってたの?」
俺と凛の間に、女子が割り込んできた。
朝、日焼け止め塗ってって言ってた女子だった。
「秘密」
「え~一緒に食べようと思ってたのにぃ~」
胸のネームを見ると、藤田と刺繍されていた。
今更だが、名前を知った。
甘ったるい香水の匂いが鼻についた。
「中野空気読めよ~!」
別の女子がきた。
こいつは去年も一緒だったから、知ってる。
卓球部の……確か林だったような。
一番こいつが俺にキツイ。
「しゃーねーだろー! 俺ら切っても切れない縁なんだよ!」
「なにそれ! どゆこと?! 中野が独占してるの間違いじゃね?」
「ねー」
「独占ってなんだよ! 独占って!」
後ろで大人しくしてた、もう一人の女子がすっと入ってきた。
長いストレートの黒髪が揺れた。
こんなヤツいたか……?
ネームを睨むが、陰になってて一文字しか見えない。
坂……本か?田か?上か?
「二人きりだったの?」
アニメの声みたいなかわいらしい独特の声だった。
顔と声が合わなくて、頭の中でバグを起こした。
みんなの目が一気に坂なんとかの顔に向いた。
「いや、部活のヤツらと一緒にいたよ」
凛がすぐに返して、胸を撫でおろした。
半分本当で、半分嘘だけど。
「さっき、手繋いでたよね?」
心臓をぎゅっと掴まれた。
アニ声を出す口を凝視した。
ぷくっとした唇が横に伸びた。
「こいつの手、ふわふわで気持ちいいんだ。」
「は?!」
手を取られて、指と指の間に凛の指を差し込まれた。
胸の高さまで挙げて、ぎゅっと握られた。
俺の指は伸びてるけど、俺の手の甲の皮膚を凛の指先が伸ばしていた。
凛は他人行儀な顔で、言葉を飲み込んだ。
初めて言われたわ!と頭の中で叫んだ。
「え?! そんなん言われたら、握ってみたくなるじゃん!」
「林、遠慮しとくわ」
「はぁ? 中野に選択肢ないし!」
林が飛びかかってきた。
ひょいっと繋がれた手が高く掲げられた。
「はぁ? ふざけんな! 握ってあげるって、言ってんじゃん!」
「いらねーし! 触るな!」
「このー!」
ジャンプして、高い位置で結ばれたポニーテールが一緒に跳ねた。
俺の左手、身体の横にあるんだけど。言うのも変で、黙ってた。
「中野ーうるさいぞー。その辺にしとけ」
「俺?!」
先頭の方から担任の間の抜けた声が飛んできた。
周りの奴らが俺らをチラチラ見てた。
林が急に大人しくなった。
それに合わせて、凛が手を降ろしてくれた。
まだ繋いだままだったけど。
「中野、後で握らせて?」
「ウチも」
「私も」
女子三人がトーンを落として、上目遣いで俺を見てきた。
そんな目で見られたことなかったから、腰が反った。
俺がでかいから、上目遣いは自然とそうなるんだろうけど。
減るもんじゃないし、まぁ、いいかと、頷きかけた。
しかし、柔らかいってなんだ、と思って止まった。
「……痛って!」
指の根元の関節がごりっと鳴った。
爪が食い込んで、思いっきり振り払った。
「凛!」
「あーごめんごめん。力入った」
「中野ー二回目だぞーいいかげんにしろー」
担任の注意より俺の利き手だ。
思いっきり爪の跡が入っていて、指の形に赤くなっていた。
息をふーふー吹きかけた。
「いって……利き手なんだけど……」
「大丈夫?」
「バレー出来なくなったら、どうしてくれるんだよ……」
「責任とるよ」
「どうやって!」
「……それは、ちょっとここでは……」
「こわっ!」
全身の毛穴がぶわって広がった感覚がして、身を抱いた。
しりとりから、俺、凛に過剰になってないか?と、首を捻った。
俺の考えすぎかもしれないけど。
それだったら、ハズいから頭から追い出した。
「中野ー! 先生の後ろー!」
「えー!」
担任が先頭で、手招きをしていた。
顔が歪んでいく。帰りは小言の嵐かと、息が漏れた。
藤田と林がニヤニヤして「ドンマイ」なんて言ってたけど、無視して前に歩き始めた。
一歩半歩いたところでリュックの紐を引かれて、振り返った。
凛かと思ったら、違った。
“坂下”だった。こいつ、坂下って言うんだ。へー。
「ごめん。わたしらのせいだよね?」
「お前のせいじゃねーよ。気にすんな」
「ジュースおごる」
「そんな、いいよ。俺が悪いし」
坂下がニコリと笑った。
どこ見てるか、わからなかったけど。
「中野ー! 早く来い!」
「はいはい!」
「はいは、一回! 舟入先生に言うぞー!」
舟入先生はバレー部の監督だ。
名前を出されただけで、鬼みたいな顔がよぎって震えあがった。
「うわっ!それだけは……!」
「返事!」
「はい!」
砂利を踏み鳴らしながら、先頭に立った。
背中に突き刺さる視線が多すぎて、鳥肌が立った。
目立つの苦手なんだけどな。
先生の後ろに立つと、満足そうに頷いた。
「先生なんで俺?」
「お前が目立ってるからだろ。先生もさっき主任に嫌味言われたんだからなー勘弁してくれよ」
胃のあたりを押さえながら、空を見上げていた。
どんな嫌味だよ、と突っ込みそうになるがやめた。
最近担任の顔色が悪い。
俺らって、そんな問題児ばっかだったっけ?
普通だと思ってたけど。そもそも体育以外、授業中寝てるから、知らんけど。
「お願いだから、中間も頑張ってくれよ……」
「いつも頑張ってるじゃないですかー!」
「お前だけだろ! 小テスト全部埋めないやつ」
「は?! みんな全部埋めてんの?!」
「進学クラスだろ……」
担任が頭を抱えた。
あ、俺だった問題児。
頬がピクピク動いた。
先生は、不憫という文字を背負っているようだった。
「……先生、ごめん。俺、頑張る」
「そうしてくれ……お願いだから。英単語しながら帰るか?」
「え……」
「なんだ?」
先生の瞳に闇を見てしまった。
選択肢は【はい】と【Yes】の2択。
なんでうちの担任は英語教師なんだ。一番苦手なんだけど。
「オネガイシマス」
「じゃあ、まず……」
帰りは担任の個人授業をみっちり受けた。
歩いてるから、寝れない。
容赦ない英単語の嵐に、ほかのやつらには物理的な距離を置かれた。
逃げられそうにない。
間違えるたびに担任の目が血走っていって、怖かった。
学校に着くころには、頭も足もパンパンになってて、目が回りそうだった。




