⑤
弁当をかき込むと、リュックに仕舞って、背もたれに体重をかけた。
目を閉じると、さわさわと葉っぱが揺れる音と鳥の優しい歌声が鼓膜を震わせた。
それだけなら、秒で寝られるはずだった。
でも、右隣の男の存在に目を閉じても、意識が向いてしまう。
全然寝られない。
「悠希、写真撮りたい」
「嫌。眠い」
「寝顔撮っていい?」
俺は目を開けて、リュックからタオルを取り出した。
顔に乗せて、元の体勢に戻った。
若干湿っていたけど、まぶたの裏が暗くなって寝られそうだった。
しかし、顔をタオルが撫でていって取られた。
「おい!」
「いいじゃん一枚くらい!」
「さっき撮っただろ?」
「二人で撮りたい」
「めんどっ!」
「いつも撮ってんじゃん!」
「あー……」
凛の手には既にスマホが握られていた。
まぁ減るもんじゃないし、寝顔じゃないからいいか……
腰を上げて、座りなおした。
「一枚だけな」
「一枚な」
凛が寄って来て、太ももがくっついた。
腰を反りながら、凛の横顔を見た。
「近くない?」
「こんなもんだろ?」
凛はスマホの画面から視線を外さなかった。
「撮るぞー!」
肩を組まれて、俺も組み返した。
画面には、いつものような配置で、いつものような顔の二人が映ってた。
しかし、普通に熱い。
凛って、こんな体温高かったっけ?
いつまで経っても、シャッター音がしない。
顔の筋肉が引きつり始めた。
「まだ?」
「盛れてない」
どこが?!って叫びそうになった。
指先が伸びてきて、髪をいじり始めた。俺の。
「俺?!」
「動くな」
「いいからさっさと撮れよ!」
「いいから。いいから」
前髪を摘ままれて、毛先を整えられた。
なかなか終わらない。
体操服に刺繍されている“栗栖“のネームが見え隠れした。
「まだ?」
「もうちょい」
「もういいよ!」
「出来た!」
スマホの画面を見たけど、なにも変わってない。
「……ありがとう」
「かわいいだろ?」
「いや、かわいくは……」
俺、190くらいあるし。がっちり体形だし。
それは断じてないと、真顔になっていった。
「撮るぞー!」
肩をまた組まれて、最初となんら変わらない画面が表示された。
いつもどんな顔してたっけ、と迷って、ひとまず笑っておいた。
若干固い表情なのは、許して欲しい。
シャッター音がやっと鳴った。
凛がスマホを目の前まで寄せたのに、まだ肩が組まれていた。
俺はさっさと腕を下ろしたのに。
腰を上げて、距離を取ろうとしたのにスマホから目を離さずについてきた。
太ももは引っ付いたまま。
「暑い!」
「俺は暑くない」
「早く離れろよ!」
「えーいいじゃん!」
何を思ったか、凛が体重をかけてきた。
凛の分厚い胸で肩を押されて、身体が傾いた。
肘をベンチの座面についたら、シャッター音がした。
「お前何してんの?!」
「え、撮っただけじゃん」
「ふざけんな!」
「ははは!」
凛が笑いながら、ベンチから立ち上がった。
もちろん、スマホから目を離さずに。
「見て、めっちゃかわいいの撮れた」
時代劇の中で印籠を見せるシーンみたいに目前にスマホを掲げられた。
凛はめっちゃカメラ目線だったけど、俺は大口を開けて、目もびっくりするくらい開いてた。
「……凛ってさ、目悪かったっけ?」
「え、裸眼だけど。」
「絶対0.1ないだろ?」
「目いいんだよね~両目2.0余裕だし」
「……」
裸眼なのは知ってたけど、なんだ、2.0って。野生児か。
病院行けって言いたかったのに、言葉のチョイスに迷った。
「なに?」
「いや、消すか?」
「えー! 嫌」
「ついでに朝撮ったやつも消せ」
「嫌。今日の悠希は、今日で終わりなんだぞ!」
「意味分かんねー!」
身体を起こしながら、叫んだ。
ポケットに突っ込んでた俺のスマホが短く振動した。
橋田からメッセージが飛んできていた。
【あと10分で出発らしいぞ!】
なんやかんやで橋田は世話を焼いてくれる。
なんて良いヤツだ。
付き合うなら、こんなヤツの方がいいに決まってる。
「誰?」
「橋田。あと10分で出るらしい」
「ふーん」
すぐに【了解!】って指を滑らせて、返事した。
立ち上がって、ベンチの端に置かれたタオルを頭に被った。
いくぶんか軽くなったリュックを背負うと、タオルをまた取られた。
「お~い! 止めろよー」
振り返ると、至近距離に凛がいた。
半歩下がってしまった。
「帰り、楽しみ」
「……は?」
ニヤリと凛が口の端を上げて、肩を二回叩かれた。
そのまま、俺の横を通り過ぎていった。
俺のタオルを頭に被って。
凛の背中を見つめながら、どうしてもこっちに振り返って欲しい衝動にかられた。
なんでかは、わからないけど。
追いかける気にはならなかった。
「凛!」
バカでかい声は木霊した。
それがだんだん小さくなると、凛が足を止めて振り返った。
「お前、男が好きだったの?」
石段を上がりながらぐるぐると考えていた。
聞いちゃいけない気もしたけど、はっきりさせたかった。
喉の奥が震えていた。
「だったら何?」
「え?」
「俺もわかんない」
凛の伏せられた視線の先には、ミツバチがいた。
花壇のパンジーの周りを細かく寄っては離れてを繰り返していた。
羽音がここまで聞こえてきた。
「彼女、いたよな?」
「いた」
「なら、」
「女の子はかわいいよ」
細められた瞳からはなにも読み取れない。
俺の喉が鳴った。
「でも、悠希じゃないじゃん」
「……」
「男が好きなんじゃない。悠希が好きなんだ」
自信しかない凛が下を向くなんて、暗い顔するなんて。
勘違いでも、ノリでもない。ガチ。
最初から、ガチってわかってたじゃん。
しりとりなんかで知ってしまったから、正直疑いがあった。
心臓が忙しなく、動いて、動いて、飛び出しそうだった。
「先行くぞ」
「凛!」
冷めた顔がタオルの隙間から見えた。
「俺、凛の事そういう目で見たことない」
風が吹いて、顔が見えなくなった。
どんな言い方が凛が傷つかない?
頭をフル回転させた。
凛の足は止まったままだった。
「最高の友達だと思ってたし、今日初めて知った」
「それなりに気使ってたからな」
「ごめん……」
「いや。もういい?」
凛の足が動き始めた。
「待って! 出し巻きうまかった!」
「は?」
言いたいことを言葉にするのが難しすぎた。
胸は決まっているのに、適切な言葉が浮かばない。
肝が冷えた。
驚き顔がこっち向いたから、結果的によかったけど。
「ちゃんと考えたい。ノリとかそういうので決めたくない。」
開いたままだった凛の口が、細かく動いた。
「~~~って思ってたのに」
「え?」
「なんでもない」
「はぁ……」
凛が俺の前まで迎えに来た。
手を差し出された。
その掌と顔を見比べた。
「遅れるから、いくぞ」
「ちょっと待って! それはさすがに……」
「時間厳守!!」
あまりの剣幕に手を乗せてしまった。
それを意識する前に本気に近いダッシュで凛が走り出した。
奇声を上げながら、ついていった。
藤のアーチをくぐった辺りから、笑いになって。
公園に着くころには、笑いが止まらなくなっていた。
集合場所にまばらに並び始めた他のヤツらの視線なんか、関係なかった。
楽しかったんだ。なんでもないけど。
手を離して、クラスの列に並んだ。
短く整えられた自分の爪を見て、親指を握り込んだ。
もう、帰ってしまう。




