④
すぐ自分たちの番になって、お賽銭の5円玉を放り込んだ。
気持ち的には500円のつもり。
軽い音がして、二礼二拍手をした。
ーー赤点回避できますように。コレ、絶対。
メンバー入る。全国行く。結果出す。
……
お願いします!
最後、言いかけたけど言葉が浮かばなくて頭を下げた。
ちょっとひっかかたけど、詰んでたし。
横目で隣を見ると、凛はまだ手を合わせていた。
本殿の奥にある鏡を見た。
なにも映し出していないように見えた。
もう一度目を凝らしたけど、やっぱり見えなかった。
肩を落として、凛を置いて列を外れた。
少し先の公園で弁当を食べることになっていたので、同じ体操服を追いかけた。
社務所の前を通り過ぎたところで、リュックを引っ張られた。
「うわっ!」
後ろにバランスを崩して、背中がぶつかった。
顎を上げると、凛のむっとした顔が逆に見えた。
「なんで待ってくれないんだ?」
「え?」
「目開けたら、いなかった」
「……」
近い。
凛がもうちょい屈んだら、ちゅーしてしまう。
引き結ばれた薄い唇ばかりに目がいった。
「悠希?」
「あ、うん……まだ時間かかりそうだったから。後ろも詰まってたし」
瞳がいろんなところに動いた。
でも、凛の眉と目の距離が縮んでいったのは見えた。
「悠希ー! 凛ー! お前らなにやってんだ! 遅いぞー!」
急いで身体を反転させて、凛を振り払った。
前を向くと、先頭のクラスで俺らより先に走っていった橋田だった。
高めの声を張り上げながら、片手を挙げて走ってきた。
さすがセッター。気が利きすぎる。
「おー! お前元気だな!? さっきまで走ってたんだろ?」
「最初だけな。途中から、副担が挫折して歩きになった」
「よかったな!」
「だろ! 階段ランとか死ぬかと思った」
「ははは!」
俺は橋田と肩を組んで、歩き出した。
橋田は俺より小さくて、肩の位置がいい。
腕の乗せがいがある。
俺らが数歩進んだところで、橋田が振り返った。
「凛ー! なにしてんだ! 早く来いよ!」
「ん? おー!」
橋田が俺に顔を寄せた。
「あいつ、なんかあった?」
「……さぁ? 願い事、長かったけど」
「あー、そういうことね」
「は?」
橋田がニヤリと笑うと、肩が離れていった。
俺の腕置き場が。
「早くいこうぜ! あいつら寝る」
「写真撮れないじゃん!」
橋田が砂利を鳴らしながら走り出したから、追いかけた。
ザクザクと小気味よい音が3つ並んだ。
1つだけ、リズムが遅れていって、俺は足を止めて振り返った。
「凛?」
まるで小さな子供の様に、不機嫌なオーラを全身から醸し出していた。
拳を握って、地面を睨みつけていた。
周囲を見ると、凛をジロジロ見ていて、放ってはおけなかった。
俺は砂利をすり足でわざと蹴りながら、ゆっくりと近づいた。
指が回り切らない、手首を握った。
他は細いのに、ここだけ太いな、と思った。
顔が上がることはなかった。
「……ごめん」
「なんで?」
「凛が元気ないから」
「ふーん」
「みんな寝るから、早く行こうぜ?」
「……」
腕を引いたけど、一歩も動こうとしない。
チクチクと周囲の視線が刺さる。
背中がじっとり湿ってきた。
「後で話すから」
「しっかりな?」
語気が強すぎる。
もう一度周りを見ると、神社から同じクラスのヤツがこちらに歩いて来ているのが見えた。
さっきより強く凛の手首を自分の方に引き寄せた。
「わかったから」
「約束な?」
「おう」
手首を俺が離したら、逆に凛に手首を遠慮なしに締め上げられた。
橋田たちの方に大股で歩き始めた。
指がめり込んだ自分の手首を見ながら、それについていった。
痛いけど、痛いとは言えなかった。
「おせーぞ! 待ちくたびれたー!」
「クラス離れてるから、当たり前だろ!」
濱の声が聞こえて、凛の影から叫んだ。
無駄に美しい顔が見えて、ちょっとほっとした。
三人ともレジャーシートの上で胡坐かいてスマホいじっていたけど。
「さっさと撮るぜー!」
西尾がレジャーシートから一歩も動かずにスマホを掲げた。
眠たそうな目でぼぉっとした顔してるけど、こういう時は早い。
ちなみに、コートに立つと人が変わるタイプだ。
ささっと集まって、画面を見た。
画面には、でかい男どもがギューギューになって、もちゃもちゃしていた。
前にアスリート3人組で固めて、俺と凛が後ろに並んだ。
むさ苦しい。
凛が俺の腰を掴んで、ぐっと引き寄せた。
「うぇ?!」
シャッター音が響いた。
「おい悠希! 顔!」
画面を見た。
さっきのは絶対俺だけが下を向いてた。
「すまん!」
「いくぞー!」
引き寄せる力が強まったけど、腰をくねらせて隙間を開けた。
不自然じゃないくらいの間隔が開いた。
ピースを掲げて、笑った。
凛、片手ハートするな。
シャッター音が連続で鳴った。
「後で送るわー」
「おー!」
「お前らここで弁当食う? 俺たち寝るけど」
「いや、あっちで食べるわ」
俺が近くで食べる気満々で返事しようとしたけど、その前に凛がきっぱり断った。
逃げようと思ったのに。
顔を見る前にまた手首を掴まれて、公園の奥へ奥へ進んで行く。
大きな楠の横を通り過ぎて、階段を下りた。
この時点で、もう誰もいなかった。
まだ凛は迷いなく進んでいて、藤のアーチを潜ってさらに階段を登ると、開けた。
葉桜に囲まれた、展望台に着いた。
町が一望できて、学校も小さく見えた。
ミニチュアの電車が横切って行った。
誰もいない、ベンチに掛けるとやっと手が退いた。
手先にやっと血が通い始めた。
じっと見つめられる。
まるで閉じ込められたかのような錯覚を起こした。
「凛?」
「食おうぜ!」
「お、おう」
凛はリュックを下ろして、さっさと特大の弁当とおにぎりを出していた。
俺も倣って、取り出した。
弁当箱を開けると、オムライスがドンと真ん中に鎮座していて、隙間に唐揚げとブロッコリー、トマトが詰め込まれていた。
「うまそー!」
凛の箸が伸びてきて、唐揚げを一個取られた。
口にほうり投げる瞬間が、無駄にスローに見えた。
「うわああ! 俺のからあげぇええええ!」
「ふぅめぇー!」
大好きな唐揚げが一個消えた。
あと3つあるけど、消えた。
泣きそうだ。今日の部活、頑張れないかもしれない。頑張るけど。
凛の弁当を覗くと、ぎっちぎちにご飯が詰められた日の丸弁当だった。
端の方におまけ程度にだし巻き卵といんげんの胡麻和え、サバが入っていた。
俺の先が割れたスプーンが止まった。
「お前の弁当じいちゃんだな」
「和食と言え!」
「なんか取る気失せた」
「しゃーねーなー! 口開けろ!」
凛が出汁巻き卵を俺の口元まで運んで、唇をツンツン押し付けた。
顔を背けた。
「いーよ!」
「口開けろ!」
逆に逃げても、出し巻きが追いかけてくる。
その時、盛大に腹が鳴った。
腹を抱えて、口の端が片方だけ上がった。
「腹減ってるんだろ?」
「……」
「ほら、あーん」
胸を鳴らしながら、口を開けた。
口の中にねじ込まれて、箸が抜かれた。
ただの出し巻きじゃなくて、クリーミーな感じがした。
柔らかくて、口の中で解けていって溶けた。
「うまっ!」
「よかった」
「お前のばぁちゃんうまいな!」
「いや、俺だから」
「……は?」
「動画見て作った」
ほっとしたみたいな、穏やかな顔だった。
「めっちゃ早起きした。これだけだけど、作ったのは」
「すげぇな! こんなん作れんの?! 天才じゃね?」
自分で作るなんて、その時点で天才だ。
「好き?」
「うん。好きだけど」
凛が頬を染めて、目が線になるくらい、顔をくしゃくしゃにして笑った。
ちょっと胸キュンした。しりとり終わったのに。
じわじわと顔に熱が集まってきた。
ぽっかりと開いた唐揚げの隙間を見ながら、手うちわでパタパタと仰いだ。
「ちょっと意識した?」
「バカか!」
オムライスにスプーンを突き刺した。
卵を突き破ると、真っ赤なチキンライスが出てきた。
大きな一口を頬張ると、大好きな鶏肉がゴロゴロ入っていたのに一切味がしなかった。
かぁちゃん、ごめん。凛の出し巻き卵の方がうまかった。
それと、唐揚げ、もっと入れて欲しいな。
お茶で、若干芯が固いブロッコリーを流し込んだ。
ちょくちょく突き刺さる視線を無視して、唐揚げを突き刺した。
桜の葉が揺れて、影が俺の手を撫でているようだった。




