③
どうやってここまで歩いてきたのか、記憶がない。
ただただ右左と上がってくる靴を見て、ロボットにでもなったような気分で石段を登った。
凛がしたいって言うから、しりとりに付き合ったのに、変なこと言うから。
今まで凛のことをそういう目で見たことはなかった。
入学して、クラスでも部活でもずっと一緒だったけど。
凛は、男の俺から見ても、かっこいいし、背も高い。
性格もなんやかんやで優しいし、いい男だと思う。
だけど、付き合うとかそういうのは正直わからなかった。
学校でLGBTQって習ったけど、知識としてさらっと流しただけだったし。
グルグル考えてたら、少し先に見たことあるハイカットのスニーカーが見えた。
顔を上げると、手水舎の前で大行列になっていた。
「端に二列に並んでー!」と先生が叫んでいた。
端に寄ると、凛が横に並んだ。
話しかけられる前にイヤホンを耳にねじ込んだ。
やっぱり何回聞いても、あのアニメのOPは最高で上がった。
アップテンポで駆け上がる感じが好きだった。
「なに聞いてんの?」
聞こえていたけど、無視した。
さっきのこともあるし、なんて返せばいいか迷った。
全然前が進まない。
言葉選びに迷っていると腹が鳴って、返事みたいになった。
朝練の後、拳二つ分くらい大きいおにぎり食べたのにおかしい。
「中野ー! うちもお腹空いてんだけどー! 鳴らすなよー!」
「それなー!」
「腹減ったんだから、しゃーないだろ!」
背後の女子からヤジが飛んできた。
振り返ったら、きゃっきゃ笑い始めた。
意味が分からん。
そもそもこいつら、俺に異常に厳しい。
席が前になったら、見えないだのなんだの。
さっきも睨まれたし。
「腹の音、でかすぎて、草」
「それなー!」
「お前もか?!」
凛が俺の右耳からワイヤレスのイヤホンを勝手に取った。
サビ前なんだけど。
そのまま当たり前みたいに、凛の耳にハメた。
裸にされたようで、喉の奥がひくりと鳴った。
「あー、コレ聞いてたん?」
「わりーかよ!」
「んーん。悠希っぽい」
「なんだよそれ……」
「バカ一辺倒みたいな」
「お前ー!」
「痛―! ギブギブ―!」
肩に腕を巻き付けて、壊れない程度に締め上げた。
腕をバンバン叩かれる。
「中野やめなよー!」
「栗栖君がかわいそうじゃん」
「お前らなんなん?! 扱い違うくない?」
「え? 当たり前じゃない? 驚きなんだけど。」
全員が同じキョトンとした顔だった。
女子たちが顔を見合わせて、また笑ってた。
力が抜けて、凛を離した。
前が進んだから、三歩ほど進んだ。
日陰に入って、凛が詰めてきた。
イヤホンから次の曲が流れてきて、流行りの女の子アイドルの曲になった。
赤い子の目がうちの犬にちょっと似てて、かわいいんだよな。
「もういい……」
「悠希は可愛いからいいんだよ」
「嬉しくないし……」
ん? 今なんて言った?!
意外に近くにあった顔をまじまじと見た。
「ほら、握ったら音が出るおもちゃみたいで!」
ニヤリと笑った。
悪魔だ。悪魔がここにいた。
凛の耳から乱暴にイヤホンをもぎ取った。
そのまま、自分の耳からも取ってケースに仕舞い込んだ。
「怒った?」
顔を覗き込まれた。
努めて仏みたいな顔をした。神社だけど。
凛が吹き出した。
それでも、俺は仏になった。
「なにその顔?」
「仏」
凛が穏やかな顔になっていって、横に広がった口を開いた。
「その顔もかわいい」
「なんだそれ」
俺は速攻真顔に直した。
あんまり変わらないけど。
凛が腹を抱えて、屈んだ。
口元を押さえて、肩を震わせていた。
腹立つ。
俺の口は手水舎に着くまで、一文字からピクリとも動かなかった。
順番になって、竜の口から流れる、シャー芯みたいな水を杓に汲んだ。
そりゃ行列にもなるわ、と杓を揺らした。
ちゃぷちゃぷと杓の中で水が跳ねた。
揺らしても、全然溜まらない。
待ちきれなくて、指先だけを濡らした。
冷たいのかと思ったのに、意外にぬるい。
横で口を漱いでるヤツもいたけど、俺は心の中で漱いで、そっと杓を置いた。
神様も赦してくれると思う。だって後ろも詰まってるし。
さっき階段で落としたタオルで手を拭いた。
高校名が入った黒のタオルは、普段は枕代わりだ。
今日は帽子代わりで、手拭き代わり。
拭き終わって、頭に被ろうとしたら、びちゃびちゃに濡れた手が伸びてきた。
手を辿ると、凛だった。
「お前同じの持ってるだろ?」
「出すのめんどい」
「あー!」
はらりと俺の頭から凛の手元にタオルが引き寄せられた。
ガシガシと手を拭かれて、差し出された。
「……洗濯して返せよ」
「部活の時、困るだろ?」
「もう既に困ってるだろ?!」
タオルを引っ張ると、ぐちゃぐちゃにまとめてリュックに詰め込んだ。
凛は手を叩いて笑っていた。
「あー楽し!」
「楽しくねーよっ!」
帰りまでに頷かせるって言ったのに、頷くための要素が0だ。
え、違う。頷くための要素って頷きたいみたいじゃん。
掌で、顔を拭った。
凛と距離を空けて、先を見据えた。
最後の最後で急な階段がそびえ立っていて、神社の屋根さえ見えなかった。
端の手すりに縋り付きながら上がっていたり、休憩してるヤツもいた。
「……」
「競争な!」
凛が俺の尻を叩いて、先に駆け上がった。
「ズルいぞ!」
ふくらはぎが重くなってきたのに、ここで階段ダッシュはきつい。
でも、負けるのが嫌で一段目を踏み込んだ。
早く、早く、先だけ見て、凛の背中だけ見て、足を上げた。
先頭の担任も置き去りにして、駆けて、駆けて、駆けた。
心臓は胸を突き上げて、息は足に合わせて吐いた。
一向に背中は大きくならない。
でも、楽しくて、胸はまた強く打ち始めた。
あと5段というところで、凛が先に境内に登り切った。
「やり~! 勝ち~!」
俺に振り返って、腕を上げた。
俺も最後の段を上がって、膝に手を突いた。
なんか言い返そうと思ったけど、息が切れて一言もしゃべれない。
そもそも短距離走勝ったことないのに、なんで勝負したかな、俺。
負けた悔しさも重なって、なかなか身体を起こせなかった。
凛に肘を掴まれて、ぐいぐい引っ張られた。
乳酸が溜まり切った足は抵抗する気もなくて、引かれるがまま動いた。
賽銭箱は、本殿の前に3つ並んでいて迷わず中心に並んだ。
左と右は全然並んでないのに。
「もう、あっちでいいじゃん」
俺は左の方を指さした。
「こういうのはな、真ん中なんだよ!」
「痛っ! やめろよ!」
差していた指を握り込まれて、捻りあげられた。
振り払って、手を握り込んだ。
よくわからないが、もう任せた。
「なー、進まないんだけど」
10分して、俺は凛の腕を引いた。
学校を出て、2時間くらい。
さすがに足の裏がジンジンしてきた。
しかも、さっき走ってちょっとだるいし。
みんな、信心深いのか手を合わせると長い。
そんな言うことある!?と思いながら、黙って並んでいた。
「せっかちすぎんだろ。ちょっとくらい待てよ!」
「えー座りたい……」
「おんぶしてやろうか?」
「どういうこと?!」
「冗談」
「……」
まぶたを半分くらいまで下した。
賽銭箱の前には、男が3人並んでいたが俺の念が通じたのか、さっさと退いた。
「なー、なにお願いすんの?」
「秘密 言ったら叶わなくなるじゃん」
「いいじゃん。ちょっとくらい」
「悠希は?」
「俺? なににしようかなー」
「赤点回避だろ。」
「ガチなヤツ!」
うちの部活は、赤点を取ると参加停止されるという制度があった。
練習中、隅でずっと勉強しないといけないのだ。
当然、試合にも遠征にも連れて行ってくれない。
実は、いつも赤点ギリギリで、凛に教えてもらっていた。
同じような日々を過ごしてるはずなのに、こんなに差ができるのは、なぜなぁぜ?
ついでに明日英語の小テストあったの思い出して、空を見上げた。
鳩が5羽、本殿の屋根に停まっていた。
「……俺の願いなんて、わかるだろ?」
落とした声が隣から聞こえた。
常に自信満々の凛からは聞いたことない声だった。
1羽の鳩が飛び立って、その鳩を目線で追った。
遠くに飛んで行って、目線を落としたら、凛と目が合った。
自分たちの番まで、あと3グループというところだった。




