②
それから一人でしばらく歩いて、やっと石段の前についた。
山の頂付近に木々の隙間から神社の赤い建物がちょこんと見えた。
あそこまで行かないといけないのか、と息が漏れた。
周りの会話から、ここからは1時間くらいで神社まで着くらしい。
みんな下を向いて、黙々と足を持ち上げていた。
先に行っていたはずの凛が待っていて、なぜかニヤニヤしながら俺の隣に寄ってきた。
「なー面白いことしようぜ!」
「急になに?!」
「いやー階段だから」
「関係ある?!」
「こんな時こそ、やっぱ楽しい方がいいかなって」
「だから、うざいって!」
俺は凛を置いて、先に登り始めた。
古い石段はところどころコケが生えていて、表面が凸凹していて手で削ったような跡があった。
段が高めで、本当に足を持ち上げないと上がれなかった。
そんな中、少し先を歩いていた隣のクラスの女子5人グループが異常な盛り上がりをしていた。
腕を大きく振ったり、大笑いしていた。
凛がそのグループを指さした。
「悠希、アレやろう?」
「あいつらなにしてんの?」
「胸キュンしりとり」
「は?」
凛の顔をまじまじと見た。
俺と目が合うと、笑みが深くなっていった。
「……まじ?」
「遠足は、楽しくだよ!」
「つか、どうやってやるんだよ!」
「んー、なんかね、推しのアイドルとかに言われたい言葉でしりとりしてるみたい」
「推しか……」
ふと頭によぎったのは、バレー漫画の主人公だった。
男だし、胸キュンとは違う。なんか、熱いみたいな。
ころころ頭の中で転がしてみたけど、ぱっとしなかった。
頭にかぶったタオルで顔を拭いて、隣を見た。
凛の瞳は一点の曇りもなかった。
言わないだけで、空気を読めということかと一人で納得した。
まだ1年の付き合いだけど、なんとなく読めた。
「じゃ、はじめるぞー!」
「お、おい!」
「筋肉すごいね」
「ちょっ! 推しに言われてもキュンとしない! ははは!」
俺は漫画の主人公でイメージしてしまって、最初から腹を抱えて笑った。
凛は口をとがらせて、ぶすっとした。
小さく「すまんすまん」といいながら、手を縦にして振った。
「次、悠希の番」
「えー? ん……ね、ねー、寝顔いいな!」
「寝顔見せるの?」
「な、なんだよ……!」
凛の視線が痛い。
汚いものを見るような目で、凍った。
沿道に立ち並ぶお店のおばあちゃんが、「今日は遠足?」って聞いてくれて、なんとか溶けた。
「いつも寝てるだろ!」
「あー、授業中? そうだね。いつも寝てる」
「だろ? 隣の席が推しとか最高じゃない?」
「男じゃねぇか!」
「現実はな!」
凛はくすっと笑って、前を向いた。
「な、かー……泣いてもいい?」
「こわっ! 全然胸キュンじゃない!」
「ある意味、胸キュンだろ」
にやりと笑って、親指を立てていた。
俺は足が上がり切ってなくて、階段の角に躓いた。
隣にちょうどいい高さの肩があったから、掴んで足を次の段に乗せた。
さっさと肩から手を離して、距離を取った。
「おまえ、なんかエロいぞ!」
「俺、そんなこと一言も言ってないけど。 なに考えてんの?」
「じゃ、なんだよ?」
「んー……好きすぎて泣く?みたいな?」
「重すぎんだろ……」
もう一歩分凛から距離を取った。
他人の距離になったと思う。
「次、い、だぞ」
「い? んっと……いつか、一緒になりたい」
「あーいいね。プロポーズ!」
「感心するな!」
凛に寄って、胸に手の甲で突っ込みを入れた。
ちょうど前にいた女子たちを抜いて、先に進んだ。
女子たちは息を切らして、もうしりとりはしてなかった。
首を後ろに捻って下を見ると、みんなおなじような顔でだれも喋ってなかった。
副担任なんか、どこで調達したのか杖まで持っていた。
「また、い、だね」
「おう。」
「いいよ、一緒になろう」
「は?」
凛が俺に言った。
まるで、トスが自分にアガった瞬間のような、そんな顔で。
胸が急に強く打った。
ゾーンに入ったときのように、全てがゆっくりになった。
あ、これ、正真正銘のガチだ。
どこからかソースの香りが漂ってきて、現実に引き戻された。
まぶたをなんども下して、凛の顔を細切れにした。
「……返事するなよ」
「なんで?」
「しりとりだろ」
「だって、プロポーズされたから」
「……恥ずいヤツ」
タオルで日差しを遮っているはずなのに、顔がじりじりと焼けるような熱を持った。
体操服の胸を掴んで、パタパタと2、3回引っ張った。
人生初のプロポーズを凛にしてしまうなんて胸がモヤついた。
しかも、成功してしまったし。なんだこのしりとり。
「あっちー……」
「悠希、胸キュンした?」
「うっせー! お前は何してもズルいな!」
「え? まじでキュンした?!」
「うぜーよっ!」
「ははは!」
リュックから、水筒を出して麦茶を飲んだ。
氷がまだ溶けてなくて、傾けるとカランと音がした。
冷たいお茶が胸を落ちていった。いくばくか、支えがとれた。
また水筒をリュックに戻してチャックを閉めていると、凛が首を傾げていた。
「人生初のプロポーズ?」
「そうだろ普通」
「いや、保育所とかで約束しなかった?」
「それもカウントする? ないけど……」
凛の目が半月になっていった。
俺はリュックを背負いなおした。
「初プロポーズ貰ってしまったな!」
「きっしょ!」
「悠希から言ったじゃん!」
「しりとりだろ!?」
「あはは!」
凛にリュックを思いっきりバンバン叩かれて、肩を組まれた。
壊れる。じっとりした目を見上げた。
同じタイミングで足を上げて、石段を一段一段上がっていく。
鳥居を一つ抜けると、急に場の空気が変わった気がした。
ひんやりしたような、張りつめたような。
すっと引き締まって、背筋が伸びた。
凛の腕が引いた。
「悠希」
「なに?」
「ここの神様、女の神様なんだって」
「へー」
「ラブラブカップルとか、嫉妬して縁切っちゃうらしいよ」
「そうなんだ」
凛が急に5段先まで駆け上がって、振り返った。
不思議と、他の奴らが近くにいなかった。
凛が足を止めて、俺も止めた。
「俺ら、まだカップルじゃないから大丈夫だね」
風がふいて、鮮やかな緑色の葉っぱが眩しい桜の木が揺れた。
サワサワという音だけが耳に入った。
頭に掛けていた、タオルが飛ばされた。
ふわりと凛の足元に落ちて、顔を見上げた口元がゆっくりと弧を描いた。
「帰るまでに、頷かせるから」
凛の後ろには、光が差していた。
俺は目に光が入って、ジワリと目の縁が濡れた。
「邪魔なんだけどー! 歩けー!」
女子が俺にキンキン声で叫んだ。
凛の背中は既に小さくなっていた。
タオルを拾って、汚れを払った。




