①
高校に入学して2回目の春。
学年全員が第一グラウンドにぞろぞろと集合していた。
全員が同じ体操服を着て、同じようなリュックを背負い、なにかに取りつかれたように並んだ。
学年主任が壇上で拡声器を持って、なにかを叫んでいる。
「あちー」
「ほんと。歩き遠足とか地獄だろ」
「なー」
俺、中野悠希がこぼした愚痴を、振り返った栗栖凛が拾った。
こいつとは、よくつるんでいた。
同じクラスで、同じバレー部だったから。
全体的に色素が薄くて、センターパートの髪が日に当たって金色に見えた。
女子なら好きになるような顔で笑っていた。実質、後ろがうるさい。
こいつも実は遠足楽しみにしていた質か、と目が細くなっていった。
スニーカーの先で、グラウンドの土を抉った。
蟻がちょろちょろと走り回っていて、山を作ってやった。
春なのに、夏のような日差しが皮膚を刺していて、風はあるけど、優しすぎて人壁に阻まれていた。
今日は、隣町の神社に行く予定になっていた。
そこは全国的に有名な神社で、外国人観光客も多い。
ただ、その神社は山の頂上にあって、石段が1,000段?くらいあるらしい。
うちの高校は部活に力が入っていて、2ヶ月前だけど総体前だし願掛けに行く習わしだった。
俺は地元だけど行ったことなくて、リュックがずしりと肩にのしかかっていた。
「今日の部活アップなしかな?」
「だったらいいな」
「去年どうだったっけ?」
「覚えてるはずないだろ」
「なー」
壇上では、校長がなんか喋り出した。こうなったら、長い。
学校の成り立ちとかいいから、さっさと出たい。
というか、帰りたい。
途中で帰ってやろうかと思ったが、先生が引率じゃなくて監視してるから無理かと口が尖った。
首に巻いていたタオルを頭に乗せた。
「悠希さ、日焼け止め塗った?」
「いやー?」
「塗れよ! 貸してやるからさ」
「めんどい……」
「俺ら日差しに弱いんだから、後で死ぬぞ?」
去年強制参加だった、野球部の甲子園予選応援。
スタンドは鉄板の上にいるようで、肌だけじゃなくて、本当に体力まで焼かれた。
その後の練習は皮膚は痛いし、身体が重すぎて、地べたを這うようだった。
実際、床がひんやりして気持ち良かったのもあった。
手を出すと、リュックの前のポケットから、ブルーのボトルを取り出した。
わざわざ振って、蓋を開けた状態で手の上に置いてくれた。
「塗ってやろうか?」
「一人で塗れるから」
「ほら、首の後ろとかさ」
「届くし」
遠慮なく、思いっきり液体を出してやった。
新品らしくて、掌いっぱいに出てしまった。
ボトルを凛に渡して、手に広げた。
そのまま顔に擦り付けて、首まで塗った。
「ここ、白くなってる」
凛が、指先で頬を何度か擦った。
「んー、ありがと」
「ここも。ってか、適当すぎんだろっ!」
今度は首筋を撫でられて、凛の掌を首に挟んだ。
「こそばゆい……」
「我慢しろ。自業自得だろ」
「自分でやるってば!」
「俺がやった方が早い」
俺が首を元に戻すと、凜が日焼け止めを手に足した。
「そんな塗る?」
「保険」
ベタベタと首と頬の高いところに塗られた。
こそばゆくて、何回か掌を首で挟んだ。
真剣な顔で塗るもんだから、ちょっと笑いそうになった。
急いで、壇上の校長を見た。
身振り手振り大きめで、まだしゃべっていた。
さすが、英語教師。
「終わったぞ」
「サンキュー」
「ジュースおごりな」
「えー!」
凛が歯を見せて笑った。
「栗栖くん、私おごるから塗ってよー!」
凛の後ろの女子が影から顔を出してきた。
名前の知らないクラスメイトだった。
「あー、もう日焼け止めないかも」
爽やかな笑顔でさらっと言い退けた。
リュックの前ポケットの中に入れて、さっさとチャックを閉めた。
嘘つけ! めっちゃ新品じゃねーか!
「えー! 私持ってるよー!」
俺の後ろの女子がピンクのチューブを持った手を伸ばしてきた。
「しゃーねーな! 俺が塗ってやるよ!」
「中野がやったらセクハラだから。訴えるよ?」
めちゃくちゃ嫌そうな顔されて、睨まれた。
頭のタオルを乗せ直して、深めに被った。
他の女子までギャーギャー言い始めて、校長の目がギロリと俺たちに向いたのが分かった。
凛は困り顔だし、目の端に学年主任が向かってくるのが映った。
「おい! 主任来たぞ!」
「「やばっ!」」
全員が手を身体の側につけて、前を向いた。
主任が途中で踵を返して、戻っていった。
小さく息を吐いて、凛の肩甲骨の間を見た。
こいつ肩ぐにゃぐにゃなんだよなーなんて思いながら。
「詰んだ……」
「それなー」
「しゃべるなよ」
「お前がな」
話が終わるまで、コートに立つと羽が生える背中を見ていた。
校長の話が終わった。
また学年主任がなんか叫んでいた。
俺たちは後ろの方のクラスだから出発はまだ先だった。
前が動くまで、土の山を作ろうと靴先を伸ばした。
「おい、見ろよ! アスリート走ってるぞ!」
「あー担任、山田先生だからな」
「アスリートじゃなくてよかった……」
「それなー」
顔を上げると、本当に1組アスリートコースの連中が走り出していた。
山田先生が先頭で高笑いしながら走っていて、『ついてこい!』なんて叫んでいた。
陸上の先生だけど、40代で若くはないはずだ。
弁当が寄らないといいけど、なんて思いながら、俺はバレー部の連中を探した。
3人が固まって走っているのが見えた。
一番背の高いのが西尾で、首から上がアイドルみたいなのが濱、頭一個小さいのが橋田。
俺はそれぞれに両手を振って見送ったが、ギロリとすごい顔で睨まれた。
「うわっ、こわっ!」
「お前、後でやられるぞ!」
「やべっ!」
急いで、手を腰の上で組んだ。
黒いリュックが揺れる背中を見送って、最後に副担任が死んだ魚のような目をしてついていった。
凛に注意されたばっかりだけど、合掌してしまった。
「だから、やめろって!」って、注意された。
アスリートコースの出発の後、しばらくして前が動き始めた。
進学クラスの俺らは、走ることはなくて、歩きだった。
ちょっとほっとした。
神社の麓に着くまで1時間くらいはかかるらしい。
凛がすぐに俺の横に並んだ。
「なー悠希」
「なに?」
「なんかしゃべって」
「体力温存」
周りは結構大声で馬鹿笑いしたり、うるさいくらいだった。
せっかくの遠足。
楽しくしたい気持ちも分かるが、部活のことを考えると、少しでも休みたかった。
桜の花が散って裸になった木々のアーチを潜って、校門を出た。
行進が延々と続いていた。
アスリートの奴らなんてもう見えなかった。
「えーかまってよ!」
「うざっ」
「ひどいな」
凛が機嫌よく笑った。
背も同じくらいで、もともと同じポジションだった。
けど、こいつはなんでもできすぎて、早々にポジション変えした。
元からそこだった?ってくらい、すぐに馴染んだ。
バネのような筋肉をしていて、ありえないくらい跳ぶし、ボールが走る。
一見、細身で心配になるが、脱ぐとバッキバキだったりもする。
俺は逆で、筋肉がつきやすいがっちりしたタイプで、なんでもパワーで押してしまう。
「悠希さー、さっきまじで女子に塗ろうとしてた?」
「さっきの?」
「おー」
「まさか」
「彼女欲しいんかなって」
「いやーないかな。今は」
「モテ男の言い方! そんなんじゃないだろ!」
「失礼な!」
随分先の山の頂上を見た。青々としていて、雲はかかっていなかった。
ないと言ったが本音は……欲しい。
ちょこちょこ声をかけてくれることはあっても、その先にはいかなかった。
なんとなく、違う気がして。それに部活が楽しくなってきてて、そっち優先になりそうで。
凛の顔を覗くと、笑ってた。
こいつ、なんで笑ってんの?
「凛は?」
「俺?」
「お前この前もサッカーの女の子に、なんかあったじゃん」
「あー……」
「お前なんなん?当てつけ?」
「ちげーよ! 好きな人いるんだよ!」
「へー初耳」
前を見ると、日焼け止め塗ろうとした女子が長い髪をなびかせながら3人で前を歩いていた。
俺たちの方には一切振り向かなかった。
「だれ?」
「教えない」
「ヒント」
「かわいいひと」
食い気味に返事された。
こいつは入学してすぐ彼女を作ったけど、夏前に別れてそれっきりだった。
凛でも付き合えない女の子ってどんな子だろうと想像した。
「……先生とか?」
「ちげーよ!」
思いついたことをポンポン投げたけど、凛が黙ってしまって話が途切れてしまった。
俺はうんうん唸りながら考えたけど、面倒になってやめた。
足を止めずに腕を上に伸ばしてから、肘を折ってもう片方の手で押さえた。
続いて、身体を傾けて脇も伸ばしていたら、視線を感じて横を向くとスマホが俺に向いていた。
シャッター音がして、ぎょっとした。
「やる気じゃん」
「いや、なんで撮ったし」
「……なんとなく?」
「消せよ!」
「後で送っとく!」
凛の肩に手を置いて、スマホに手を伸ばした。
もう少し、というところでひょいっと空に手を挙げられた。
急に凛が走り出して、距離を置かれた。
「後でみんなで撮ろうぜ!」
スマホを掲げたまま、後ろを向いて俺にそう言った。
「おい待て! 消せよ!」
「はは~♪」
凛の背中を追いかけたが、先頭の担任のとこで止まったので、スピードを落とした。
担任、俺には小言しか言わないから。




