⑳
女子が終わって、俺たちはスタートラインに立った。
みんな思い思いに固まった身体をほぐしていた。
凛は、右足を後ろに引いてアキレス腱を伸ばしてて、俺は膝を曲げ伸ばししたあとに、ジャンプした。
「そろそろ、いいかー?」
先生の声に、一斉に頷いた。
音楽が始まった。
最初はゆっくり。休憩できるくらいだった。
回を重ねるごとに早くなっていって、脱落者が吐けていく。
勝負はしてないけど、相原が最初に抜けて倒れ込んだ。
俺は息は上がってるけど、まだいけそうだった。
100を超えた。
のこりは俺たち4人だけだった。
誰も脱落しない。
身体が重くなってきた。
額から汗が噴き出した。
ラインを踏んで、方向転換した時に軸足が滑った。
床が近づいて来て、手を突きだした。
「あ゛ー!!」
他の3人は、先のライン近くまで走っていた。
膝をついて、立ち上がったて入ったけど、当然遅れた。
方向転換してダッシュしたけど、音楽には間に合わず……
脱落してしまった。
壁を背に、四肢を投げ出した。
息を整えつつ、額の汗を手を拭った。
先に脱落した相原が横に来た。
「ナイスファイト」
「サンキュ」
「早く脱落しないかな」
「黒っ」
「松下の顔見ろよ」
松下の口角が上がってて、イラっとした。
「あーわかる」
「な?」
願いとは裏腹に、本城がラインに滑り込んで脱落した。
床を2回拳で叩いて、立ち上がった。
俺の横に座り込んだ。
「お疲れー」
「負けた……悔しー!」
体操服の袖に指を指し込んで、腕を上げ、額を拭いてた。
ちらりと見えた二の腕は真っ白だった。
「……本城って色白なんだな」
「中野のエッチ! どこ見てんだよ!」
本城が腕を身体に巻き付けて、引いた。
「お前が見せたんだろー! しかも腕だし」
「え、見たい?」
体操服の裾を掴みながら、腹をちらっと見せてきた。
「うわっ、見たくねー!」
顔を背けて、歪ませた。
「おい、ぅおい!」
背後から松下に肩を強めに叩かれた。
振り返ったら、猛ダッシュしてる凛と松下。
松下が叫び声を上げながら、くらいついていた。
凛は前だけしか見てなかった。
汗が顎から滴り落ちた。
方向転換するときに目が合った。
胸を射貫かれた。
まさに胸キュン。
一拍置いて、キュンが加速した。
ーーやばい、落ち着いてくれ……!
叫び出しそうになって、膝を抱えて体育座りした。
視界の半分を膝小僧が占めた。
残りの半分で凛を見つめた。
拳を握って、小さく応援した。
松下が足を縺れさせて、壁に激突して止まった。
凛の優勝が決まったけど、まだ走り続けていた。
5回くらい一人で走って、間に合わなくなって脱落した。
俺の手が勝手に重なって、拍手したら、一斉に拍手が沸き上がった。
体育館の端を腰に手を当てて歩いて来る凛に、俺は駆け寄った。
「おめでと」
凛が嬉しそうに笑った。
また、キュンとした。
緩みそうになる顔を我慢して、頬に力が入った。
絶対変な顔になってたと思う。
肩を組むと、凛が俺に体重をかけてきた。
ちょっとよろけて、風が抜ける、入口近くで膝を折って、座った。
「あっち!」
腕を上げて、顔の輪郭を流れる汗を拭った。
折った膝の上に腕を置いて、頭を下げた。
呼吸が乱れていて、背中を擦った。
「お疲れ」
「勝った」
「見てた」
「約束守れよ」
湿度高めの目で見られて、ちょっと笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、必死だなって」
「当たり前だろ」
凛も笑った。
背中をポンポンと叩いた。
「栗栖ぅぅぅ!」
松下が俺たちの前に走って来た。
さっきあんだけ走ったのに、元気だな。こいつ。
ビシっと音がしそうなほどに人差し指を凛に差した。
「来年はぜってー負けねぇ!」
「クラス一緒ならな」
「きー!逃げる気か」
「勝手に決めれるもんじゃないだろ」
「俺からすれば、それだけ走れれば充分だろって思うけどな」
本城と相原も松下の横に歩いてきた。
二人とも苦笑いだ。
「栗栖って、やべぇな!」
「そりゃ、2年でメンバーだしな」
「中野、なんでお前が偉そうなんだ」
本城に突っ込まれて、笑いが沸き上がった。
「しゅーごー!」
先生が号令をかけたから、凛の背中から手を離して、腕を持った。
引き上げるようにして、立ち上がった。
「お前らいちゃつくなよ!」
「いちゃついてねぇよ!」
「「ぎゃはは……」」
松下に突っ込まれて、ドキリとした。
本城たちが笑ってくれたから、なんとか切り抜けた。
危ねー。あ、違う、俺らまだ友達だった……
凛は全然笑ってなくて、指先が冷たくなって腕が落ちた。
チャイムが鳴るまで少し早い時間だったけど、解散になった。
ぞろぞろと体育館から出ていく列について行った。
当然、隣は凛。
俺は負けたから、凛の言うことを一個聞かないといけなくて。
ヒヤヒヤする。
なんだ……もしかして……そうゆうことだったら?
いやいや、なに考えてるんだ俺。まだだって。
すり足になって、キュッキュと体育館シューズを鳴らした。
結構、この音好き。落ち着く。
「うるさいんだけど」
「あとちょっとじゃん。我慢しろよ」
出口はすぐ先。
日の光が強くて、外が白く見えた。
体育館を出ると、目に光が入ってきた。
「なにして貰おうかな」
「決めてねぇのかよ」
「家帰って決めるわ」
「さっさと決めろよ……」
今日一日悩むじゃないか。
さっさと指示してくれ。
あわよくば、簡単なヤツ。
「勝ったから」
「へーへー」
「2つダメ?」
「欲深っ!」
「勉強教えてるだろ?」
「うっ……卑怯だぞ」
2つとか。恐怖が2倍じゃないか。
無理無理。
「今度なんかで勝ったらな」
「えー。ケチ」
「テスト以外で……」
「うわっ、先言われた!」
それ、勝負にならないヤツ。
階段を登りながら、チャイムを聞いた。
手すりを握りながら、一歩一歩上っていく。
「楽しみすぎる……」
凛の顔を見ると、誰?ってくらい溶けていた。
目尻が下がり切っていた。
ぞぞぞっと、腰から悪寒が這い上がってきた。
「お手柔らかに……」
「なんでもって言ったの悠希じゃん」
「勝つつもりだったし……あーなんで滑った俺」
「日頃の行いじゃない?」
「……ちゃんとします」
「小学生か!」
凛が声を弾ませて笑った。
廊下の窓から運動場を見下ろした。
数人の生徒がサッカーボールやコーンを運んでいた。
そこで教室の前のドアから凛が入って行って、俺は後ろのドアから入った。
3時間目は奇跡的に起きていた。
グループワークで、寝れなかったが正解だけど。
AIに頼りながらプレゼン資料を作成していた。
5人グループで、男は本城と俺、女子は坂下、藤田、林だった。
そして、なぜか俺の前にパソコンがいる。
「なんかさー、中野がパソコンいじると小さく見えるよね」
「わかるー!」
「手も大きいよね」
「そういえば、遠足でフワフワって栗栖くんが言ってたよね?」
「俺さっき握ったけど、肉厚だった。肉球みたいな!」
「人間ですらない!」
「ぎゃはは」って、下品な笑い声が耳に入った。
俺は生成されたシートの修正で必死だから、スルーした。
ちょっとしたニュアンスが違うとこあるんだよな。
「中野ーパーしてー」
林が気だるそうに言った。
暇だから、適当に言ってるな。コイツ。
画面から目を離さずに左手を開いて、出した。
「ほい」
「でかー!」
藤田が手を開いて合わせてきて、女子が面白がって順に合わせていった。
なぜか最後には本城まで。
「でかっ!」
本城は裏声でついでに、俺の指の間に指を差し込んでぎゅって握られた。
女子が手を叩いて爆笑してた。
俺は思いっきり手を払って、ゴシゴシ太ももで拭いた。
「お前! 握るなよ!」
「ごめんごめん。ノリで。」
「うぇ~。」
吐くマネして、ついてにパソコンを本城の前に置いてやった。
目でなんか訴えられたけど、眼力で返してやったら大人しくいじり始めた。
俺がやるより、本城がした方が女子も文句ないだろうし。
つか、女子やれよ。絶対言えないけど。
授業の終盤になって、本城がシートを完成させた。
それは俺が作ったやつ、1ミリの跡形もなかった。
いつか絶対泣かすって、思った。




