㉑
昼休みになった。
凛は放送委員で、弁当を持ってチャイムとともに教室を出ていった。
本城たちも食堂に行ってしまって、俺はポツンと一人になってしまった。
弁当を机に広げて、スマホを片手にモソモソ食べ始めた。
さっきまでAIにいろいろ相談してたから、凛とのことをちょっとだけ相談してみたくなった。
アプリを立ち上げて、プロンプト生成チャットで指先が止まった。
良い言葉が思いつかなくて、結局恋愛マスターって入れた。
ブロッコリーをそのまま飲み込んでしまって、喉に詰まった。
お茶を飲んで、胸を通って行った。
その間にプロンプトが生成させてしまった。
鮭を口に放り込んで、チャットを作った。
ーーどう、相談しよう……
画面を見つめていたら、凛の声が放送を通して教室に響いた。
一人、身体をビクつかせた。
すぐに音楽が流れ始めて、肩の力が抜けた。
ススッと指を滑らせて、入力した。
『同性のチームメイトに告白されました。キスしました。好きって言った方がいいですか?』
『本当にそう思った時に言うのが一番です……』
ーー言った方が……いいよな。
文字の羅列を3回目で追った。
指が勝手に動いた。
『付き合っては?』
『もう付き合っていることになっているので、改めて言う必要はありません』
ーーちょっと待て! 凛、付き合ってるって思ってる?!
スマホを机に伏せた。
結構大きめの音がして、何人かが俺の方に向いた。
弁当で視界をいっぱいにさせた。
一口二口しか減ってなくて、まだまだ弁当は残っていた。
呼吸を短く浅く繰り返した。
チラッと右上のスマホを見て、ひっくり返して、指を滑らせた。
『付き合ってるなら、次、なにしたらいい?』
『二人でゆっくりデートしたり、話したり、手をつないだりなど、お互いが心地いいことからで十分です』
ーーデート……心地いいこと……
今度こそ画面を落として、ポケットにねじ込んだ。
弁当箱を持って、ご飯をかき込んだ。
空になると、タオルを枕にして身体を倒した。
今日に限って、全然眠れない。
午後の授業は、一睡もできなかった。
ちゃんとノートも取った。
本城に帰り際「マジ雪降るって!」って笑われたけど、無視した。
部活では、凛をなるべく視界に入れないようにだけ気を付けた。
集中の質が上がったのか、皮肉にもめちゃくちゃ調子良かった。
帰り道。
最寄り駅を出て、暗い方に歩調を合わせて足を進めた。
歩くリズムに合わせて脈打っていて、その音が耳から離れない。
橋田たちと別れて、二人きりになった途端こうなった。
繕おうと思えば思うほどに口数が減って行って、ぽつぽつは話したけどすぐに途切れてしまった。
こんなこと、初めてだった。
こんなの、心地いいとはかけ離れている。
やっぱり、うじうじいろいろ考えるのは苦手だ。
身体の中の空気を吐き出した。
「緊張してんの?」
「……」
目線だけ隣に動かした。
「なにその顔」
「うっせー。生まれつきだ」
そんな変な顔だったか……?
頬を掌で撫でた。
「大丈夫だって。取って食わないから。……まだ」
『まだ』だけ低い声で言うから、漫画みたいに凛から飛んで距離を取った。
今、まだって言った! まだってなんだ? まだって!
「ははは! 今すぐして欲しい? ちょっと外はな……」
凛があたりを見渡して、後ろまで振り返って見た。
「……なにするつもりだ?」
口が勝手に動いてて、耳を手で塞いだ。
後ろに向いていた、目線が俺に向いた。
「なにそれ! おもしれー! 聞きたいの? 聞きたくないの?」
「……わかんねー」
「どんだけ可愛いの? 殺す気?」
「どこが!」
凛が詰め寄って来て、手首を取られた。
思いっきり引っ張られて、凛の胸に掌が触れた。
そして、俺の掌の上から凛の掌が重なった。
掌から、突き上げるような鼓動を感じた。
俺はそこ視線を下げた。
「……俺、かわいくないよ」
「これでも、信じられない?」
「だって、男だし……身体だってゴツイし」
俺って凛にかわいいって思われたいのか……?
凛の胸から腕を引いて、逆の手で抱えた。
「女の子みたいに、柔らかくない」
「悠希は、俺が柔らかい方がいい?」
「それは違う」
食い気味に即答した。
目が合うと、柔らく笑った。
「俺も一緒だよ」
耳に刻まれるているようだった。
腕が身体の横に落ちた。
「俺さ、好きって自覚してから、ずっと不安だった」
「……嘘だ。遠足の時、自信満々だったじゃん……」
「あれは、ああしないと言えそうになかったから」
凛が前を見据えた。
最近よく見る顔。
「てか、言うつもりなかった」
「……え?」
「溢れてしまって。人生で一番、後悔した」
二人の間に言葉が無くなった。
苦しい。
うまく息が吸えない。
分かれ道は、もうすぐそこまで来ていた。
このまま、付いて行ったらいけないような気がした。
もう距離が縮まらないような。
一回、全ての息を吐き出して、腹の奥底に力を込めた。
「凛」
思ったよりも大きな声になった。
静かに、顔がこっちに向いた。
長いまつ毛が揺れていた。
その顔を見てしまったら、喉の奥が絞まった。
親指を握り込んで、腕を震わせた。
「好き」
頬の一番高いところが焼けるように熱かった。
「……後悔しなくていい」
胸がスッとした。
手団扇で顔を仰いで、逆向いた。
凛からはなにも返ってこなかった。
数回足を前に出したら、分かれ道まで来てしまった。
俺は立ち止まって仕方なく、凛の方に向いた。
凛の目は大きく開かれていて、じっと俺を見ていた。
力が抜けたように、その場でしゃがみ込んだ。
「……凛?」
凛の手が伸びてきて、俺の手首を握った。
「あー、ヤバい」
「……なんだよ」
勇気出して告白したのに……
口の端が下がっていく感覚がした。
凛はというと、もう片方の掌が鼻と口を覆って、目を閉じていた。
「ちょっと待って。 記憶に刻んでる」
「やめろ!」
「動画撮ったらよかった……」
「もっとダメだろ……」
下がった口の端が元に戻っていった。
掴まれている手首をプラプラと振った。
「……もういい?」
「せっかち」
凛がのろのろと立ち上がった。
締まりのない顔で、別人のようだった。
「あー、帰ったら、もう一回言ってくれる?」
「嫌だ」
「シャトルラン勝ったんだけどな」
「卑怯だな……お前……」
「好きなんだろ?」
「……気のせいだった、かも?」
「かもなんだ。」
凛が噴き出して、俺も乗っかったように笑い声を重ねた。
「さっさと帰ろうぜ! 動画撮るから」
「撮るな! 絶っっ対嫌だからな!」
「恥ずかしがるなよー俺しか見ないから」
「そういう問題じゃない!」
凛の家の方の道に入って、駆けだした。
冷たい風が頬を掠めるけど、頬の熱は冷めない。
凛は叫んでいて、俺は笑った。
最初は凜が先を走っていたけど、足を早めて並んで走った。
シャトルランもあったし、部活もあったのに足取りは軽かった。
凛の家について、靴も揃えないまま2階に駆け上がった。




