⑱
俺のスマホが鳴って、影は二つに分かれた。
スマホはぼんやりとした光を放って、バッキバキに割れた画面を映し出していた。
「あ゛ー!!」
スマホを拾い上げた。
線が入りまくった画面には母と表示されていて、まだ鳴っていた。
だめだ、やっぱだめだ。
凛のことも大事だけど、スマホも大事だった……
どうすんだコレ。ショックすぎる。
「悠希! 何時だと思って、って……凛君?!」
「こんばんはー」
母さんがスマホ片手に玄関ドアを持ったまま、立ち尽くしていた。
思いっきりパジャマじゃねぇか!
ちょっと待て、地獄なんだけど。
なんて言い訳するんだ。
俺、凛と至近距離でスマホ持ってる。
地面に上着と全開のリュック。
今度こそ、詰んだ。
凛と顔を見合わせた。
「じゃあな、俺帰る」
「お、おう。ありがとな」
凛が母さんの方に向き直した。
「夜分遅くすみません」
「いつもありがとね。遅いし、車で送っていこうか?」
「いえ、近いんで大丈夫です」
「そう? 気を付けてね」
「はい。失礼します。」
凛は小さく頭を下げると、俺に片手を上げて去っていった。
「悠希、さっさと家入りなさい!」
「うん」
母さんはさっさと家に入っていった。
俺は凛の背中を小さくなるまで見つめた。
それから、スマホをズボンのポケットにねじ込んだ。
上着を払って、腕にかけて、リュックを持った。
リュックが逆さに向いてしまって、中身が地面にがさッと落ちた。
一瞬固まった。
なにやってるんだ……
一つ一つリュックに詰め込んだ。
チャックはやっぱり閉まらなかった。
背負わないで、手に持った。
スマホをポケットから出して、萎えた。
メッセージ通知は来てなかった。
ん?って思ったけど、右上の数字を見て急いで家に入った。
翌朝。
朝練があるから、まだ少し早い時間。
俺は小鳥のさえずりを聞きながら、駅に向かって糸みたいな目で歩いていた。
寝れないかなって思ったけど、ベッドに入ったら、もう寝てた。
爆睡。でも、まだまだ眠い。
ほんと、一日30時間くらいにならないかな。
凛みたいな人か近づいてきたけど、夢かな?
「危ないぞ」
凛の声。
へ……?
目が開いた。
俺の横に並んで、駅に向かって歩き始めた。
ちょっと待って、合流地点もうちょい先なんだけど。
「なっ……! なんでいんの?」
「迎えに来た」
凛がふわりと微笑んだ。
手をおでこにかざして、仰け反った。
「眩しっ」
「太陽あっちだけど」
俺の方に凜が指差した。
確かに、俺の右頬が暑い。
「……お前鏡見たことある?」
「え、俺?」
「うん」
「なんかついてる?」
小首をかしげられた。
日の下だと破壊力が倍以上だった。
心臓が飛び出そう。
凛の顔なんて毎日見てたのに、昨日とは全然と違う。
なんだ、コレ。フィルターかかったみたいだ。
2割増しくらいでかっこよく見えるんだけど。
ネクタイを鳩尾あたりで握って、首を振った。
「変なの。あ、元からか」
「失礼な!」
二の腕を軽く拳で殴った。
「痛っ! だから、パワーがゴリラなんだって」
「そんなはずないだろ!」
大げさに腕をかばってよろけた。
めっちゃ笑顔だし。ふざけんな。
端が上がった口に目がいって、前を向いた。
なんで見た、俺。
心臓が過剰に仕事する。
「……昨日、ありがとう。助かった」
ちゃんとお礼言えなかったし。
言ったかもしれないけど、記憶ないし。
「うん。俺も……ありがとう。嬉しかった」
ちょっと歩調を早めた。
電車の時間まで全然時間あるけど。
手を前に振って、後ろに引くときに手を握られた。
ぶんぶん大げさに振られた。
「……やめろ」
「いいじゃん。だれもいないし」
周りをぐるっと一周見回した。
ほんとに誰もいない。
カラスくらいしか。
人いるから離せって言おうとしたのに。
「今日も来るだろ?」
「え?」
「断ったんだろ?」
凛の方に手をグッと引かれた。
距離が縮まった。
昨日、相談する前に帰ったんだっけ。
「断られた。テニ部やばいヤツ多いんだって」
「そこに悠希が加わったら、全滅だったな」
「俺、そんなやばい?」
まだ赤点取ったことないぞ。
入学して最初のテストで43点取ったけど。
あれ以降、凛に教えてもらって、最低でも60点は取ってるし。
「やばいやばい」
「ひどくない?」
「そんなことないって」
手が離れるまでブンブン腕を振ってやった。
なかなか離れないなこの手。しつこいぞ。
「ウソウソ。冗談じゃん」
「触るな!」
手を取られそうになって、払った。
パチンと音がした。
思ったより、強く当たってしまった。
手を顎の下まで上げたまま、下げられない。
すぐにごめんって言えばいいだけなのに、唇は引っ付いたまま開こうとしない。
ちょうど隣の高校名が入った、ジャージ姿の女の子が左の道から曲がってきた。
結構会う女の子で、目が一瞬合った。
興味なさそうに、俺らの前に入って歩き始めた。
唇が重くなって、なおさら言いづらくなってきた。
女の子のバックについてた、ぬいぐるみが歩くたびにゆらゆら揺れていた。
かわいい顔に似合わず、意地悪く笑っていた。
ーーやっぱ無理なんじゃん。
そう言われているような気がして、ムっとした。
腕を隣に伸ばして、手首を掴んだ。
駅に近づくたびに人が増えていった。
手首から下に指を滑らせて、凛の指の間に差し込んだ。
ぐっと握ると、握り返してきた。
女の子と俺たちの間に人が増えて、ぬいぐるみは見えなくなっていた。
ーーほら、無理じゃなかっただろ。
心の中で呟いた。
手に力が籠った。
「悠希……ちょっと痛い」
「ごめん!」
低い声でぼそりと囁かれて、ぱっと手を開いた。
凛が俺から顔を背けて、堪えるように笑い始めた。
「なんだよ」
「なんでもない」
「……笑うな」
「やっぱかわいい」
また、出た。違和感しかない。
口がへの字になった。
一回、チャッピーに聞いてみよう。そうしよう。
ちょっと、自分では答えを出せない。
返事に困るし。
「そろそろ離す?」
「もうちょっとチャージさせて」
指をそっと折った。
指先が凛の手の甲に触れた。
今まで気が付かなかったけど、吸い付くようで心地が良かった。
「凛の手もフワフワ……」
「そうか? 悠希みたいに肉厚じゃない」
口に出したつもりがなかったから、手が開いた。
「指が太いだけじゃん」
「それがいいんじゃん。ウィンナーみたいで」
「……全然嬉しくない。離して」
「グーしたら、クリームパンみたいな」
「……腹減ってんの?」
「別に? めっちゃ食ってきた」
凛の頭の中、どうなってんの?
ちょっと心配になってきた。
駅の前にやっと着いて、吸い込まれる人の流れに乗った。
こんな遠かったけ?
駅の時計を見上げて、針は早い時間を刺していた。
うそだ。もっと時間経ってるって思ったのに。
なぜだ?
改札を抜ける時は流石に話してくれたけど、すぐに手を差し出された。
手を伸ばせば、すぐに包まれた。
電車は、早い時間で座れるくらいだった。
敢えてドアの近くに立って、隠すように引っ付いた。
肩も太ももも触れていて、近い。
周りに倣って、スマホを眺めた。
凛のインスタにメッセージを送った。
『今日行っていい?』
『いいよ。なんでメッセ??』
即レスだった。
『近すぎ。』
一呼吸置いて、俺の寝顔の画像が送られてきた。
「ふぁ?!」
変な声がでた。
周りの視線が刺さった。
凛に近づいて、手を必死に隠した。
凛の尻に手が触れていた。
「痴漢」
「ちょっお前!!」
声を潜めて、繋いだ手で尻を叩いた。
凛の口が横に広がった。
「いつ撮った?」
「こないだの遠征」
「盗撮……」
よく見ると、背景がジャージっぽい。
しかも、俺の口角がちょっと上がってる。
なに、この顔。
「消せ」
「え、いい写真じゃん」
「いいから消せよ。記憶からも」
「コンビニで引き延ばして、印刷しようかと思ったんだけど」
「……本気で止めろ」
間違ってしまったのか……俺?
こめかみがツキツキと痛み始めた。
それでも、手は離れなかった。




