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俺は、さっき解いた最後の問題から目が離せなかった。
これは凛のサポートでちゃんと答えが出た。
けれども、凛の想いへの答えは難問すぎた。
OKしたら、その先が想像できなさすぎて怖い。
なにするのか、どうなるのか。
変になりそうだし。
断ったら断ったらで、今までみたいにいられないだろうから無理だし。
絡みついている、腕を片手で握った。
こうやって自分から触れてしまうのは、好きってことなのか、ただ単に寂しいからだけなのか。
違和感はない。いや、熱いか……
判断材料はあるけど、どれを選択して判断すればいいかわからない。
うじうじ悩むタイプじゃないだけに、じっくり考えれば考えるほど迷宮の奥底に迷い込んだ。
「あーーー!」
「なに?!」
俺は奇声を上げながら、立ち上がった。
凛の腕は外れて、床に両手をついていた。
「ガツガツし過ぎたら、振られるんだぞ!」
しんと静まり返った。
なに、言ってるんだ俺は。
振る前提?
握った拳に力が入った。
凛は俺をしばらく見上げたまま、瞬きさえ忘れたようだった。
すくっと立ち上がって、同じ目線になった。
俺は一歩下がった。
真顔で何も言わないから、めっちゃ怖い。
「からかってんの?」
「そんなはず……ない」
「もう、帰る?」
「え?」
「ガツガツしたら、振られるんだろ?」
それでも強引に丸め込まれるって、思ってたのに。
肩透かしにあったようで、助けを求めるように目を見つめたけど、思いっきり逸らされた。
凛が開いたままになっていた俺の参考書をパタンと閉じた。
ルーズリーフと重ねて、座卓の上でトントンと端を揃えた。
シャーペンと消しゴムを筆箱に片づけられて、チャックを乱暴に閉められた。
教科書の上に置いて、流れるように一つに纏めると差し出された。
数学Bの文字が、凛に向いていた。
「はい」
「……」
腕が重すぎて、上がらない。
唇を噛んだ。
「早くしろよ」
冷たい声に胸がツキンと痛んだ。
腕は1ミリも上がらない。
凛が俺から目を逸らして、頭を振ると、俺のリュックに手に持った荷物を押し込んだ。
ぐしゃって音がして、チャックが途中で引っかかっても力技で端まで閉めた。
「壊れる、止めろ」って言うことろだけど、目で追うことしかできなかった。
それを俺の胸に投げつけるように押し付けた。
手をすぐに離されて、滑り落ちた。
俺は膝を曲げて、寸のところで抱え込んだ。
「出口、あっち」
膝を曲げたまま見上げると、無表情で出口を指さしていた。
キツイ。こんな態度取られたことなんてない。
指先が冷えて、感覚がない。
「……ごめん」
「なにに対して?」
一番最低な選択。
繕うことさえもできない。
視線が下がった。
「もう10時だし。帰って」
柔らかい声だった。
まだ吐き捨てるように言ってくれた方がよかった。
全然目が合わない。
俺はリュックを背負った。
リュックに付けてあるもじゃもじゃのキーホルダーが揺れて、肘に当たった。
「じゃあな」
返事はなかった。
凛の横を通り過ぎて、部屋を出た。
ドアを音も立てずに閉めた。
寒気がしてスニーカーから視線を上げると、俺の家の前だった。
ここまでの道中のこと、一切覚えていない。
袖まくりした腕に鳥肌が立っていた。
肩が軽くて、上着を着ていないことに気づいた。
ズボンのポケットに手を突っ込んで、血の気がさっと引いていった。
リュックを汚れるのも構わず地面に下した。
チャックを詰まりながら全開にして、手を突っ込んだ。
つるりとした質感の感触が全然当たらない。
なんかの紙が俺の手に押されて、中でぐしゃぐしゃになった。
座り込んで、サイドのポケットも、いつ開けたかもわからない前のポケットも開けて探った。
ない……? ない! ない!! スマホが!!
やばい、やばい、やばい!! 生きてけない!!
足元がヒヤヒヤする。
絶対凛の家だ。
今、何時だ? あ、スマホなかったんだ……。
凛の家今から行く?
遅い? 迷惑? でも、スマホなしとか……無理すぎる。
また凛と会うとか……
あの態度、また取られるのか?
無理。詰んだ。
空を見上げた。
結構早く流れてるんだな、曇って。
リュックのつまみを3本の指でつまんだ。
なんかを噛んでて、端から締まらない。
良く見えないし、リュックは開けたまま、立ち上がれない。
「悠希!」
聞こえないはずの声が聞こえた。
どんだけ願望が強いの?
がくっと頭を下げた。
リュックの影が俺の膝まで伸びていた。
そこに、大きな影が伸びてきて、リュックの影が無くなった。
顔を上げると、黒い大きな布が広がって襲ってきた。
視界を奪われて、布を掴むと固い生地が指先を押し返してきた。
腕を下げると、俺のスマホのアップが目に飛び込んで来た。
スマホを掴む腕を辿った。
「忘れ物」
暗がりで顔は見えなかった。
でも、声が求めていた凛のもので、あきれたような言い方もよく知ったものだった。
俺は掴んでいた制服を投げ捨てて、目前のスマホを無視した。
凛の首に、飛びついてた。
凛は後ろに半歩くらいよろけたけど、しっかりした胸で受け止めてくれた。
鳥肌だらけの身体が凛に温められていく。
足元からガシャって、音がした。
たぶん画面が割れた。
けど、そんなことはどうでもよかった。
「凛、凛」
「止めろ」
離さないと言わんばかりに腕に力を込めた。
「……楽しいか?」
首を振った。
「俺の気持ちとか、考えたことある?」
「……」
「期待させるだけ、させといて……」
胸に引っかかる想いを言葉にするのは難しかった。
失いたくない気持ちは確か。
一緒にいたい気持ちも確か。
ただ、認めたくなかった気持ちも確か。
「離せ」
凛の言葉を封じたかった。
微かに開いた唇だけが見えて、そこに自分の唇を押し付けた。
歯が下唇に当たって、痛みが走った。
答えを出すには充分すぎた。
一刻も早く伝えたくて、離した。
凛の唇はまだ開いていた。
「凛の言う通りだった」
「……ん?」
「ちゅーしたら、わかった」
「……」
凛の唇が閉じられた。
「俺、好き……」
言葉にしたら、一気に鼓動が早くなって熱が顔に集中した。
瞳から鼻に視線を下げた。
無性に恥ずかしくなった。
「……かも」
「かも?」
低い声で、首がすくんだ。
凛に腰をがっちり抱え込まれた。
影が完全に一つになった。
「もう一回、な?」
顔が近づいてきた。
目を閉じた。
鼻先に柔らかい感触を感じて、目を開けた。
凛のドアップがそこにあった。
一回瞬きする間に鼻先に感覚がなくなって、もう一回瞬きしたら今度は唇が温かみを感じた。
強引なのに、優しかった。
きゅーっと胸が締め付けられる。
目を閉じるタイミングを失って、合わない焦点を合わせようと目を細めた。
唇の感覚がなくなって、焦点が合うようになった。
隠された瞳が現れた時、吸い寄せられそうになった。
寸のところで、留まった。
「好きかもで合ってる?」
小首を傾げられた。
全然可愛くない。
可愛くないけど、好き。
ごめん、好きだったよ。凛の事。
言葉が詰まって出ない。
代わりに、凛の首筋に顔を埋めた。
「早く答えろよ」
「空気読め」
「難しすぎてわからない」
俺はニヤけて、弧に描いた唇に吸い付いた。
重なった俺たちの影は、雲が月を隠して見えなくなった。




