⑯
山の様に盛ってあったごはんは、20分くらいですっかり消えてしまった。
ぱちんと手を合わせて、軽く頭を下げた。
「「ごちそうさまでした」」
「うまかった~」
「寝るな。さっさと片づけて勉強するぞ」
腹を撫でて、ちょっと横になっただけなのに、やっぱり凜はおかんだ。
卓上からかちゃかちゃと食器を重ねるような音が聞こえてきた。
さすがに食べるだけ食べて、何もしないのは悪い。
起き上がって、重なった食器を盆に乗せた。
「今回なにが一番ヤバイ?」
「数B」
「問題文読めばできる」
「記号ばっかで受け付けない」
「寝てるからだろうが」
「……ソウデス」
痛い。痛すぎる。
的確に抉ってきた。今のでとんかつのカロリー分は消費した!
凛が座卓を布巾で拭いて、最後に盆に乗せた。
「数学からするから、準備してて」
「了解」
凛が盆を持って部屋を出ていった。
リュックを立てると、上に置いてあった上着が絨毯に落ちた。
構わずリュックをチャックを開けた。
数学の参考書を出して開いた。
ざっと見た感じ、最初だけいけそうだけど、次から怪しい。
ヤバイ。本気でヤバイ。
コレ、できたところで、なんに役に立つんだ?
一応、テスト範囲の最後のページの角を折った。
おおぅ……結構分厚いぞ。
白紙のルーズリーフと筆箱を出した。
シャーペンを筆箱をから出して、カチカチと芯を出した。
秒で、シャーペンの芯が折れた。
解説は……何ページだ?
「お、珍し! 寝てないじゃん」
「いつも寝てるみたいに言うなよ」
「事実じゃん」
「ううっ……」
「最初から無理か」
真面目に参考書開いてたんだけど。
イタズラがバレた時みたいに肩を竦めた。
自分のヤバさ加減に、周りが見えてなかった。
「だ、大丈夫。……確認だから」
「真っ白だけど?」
「……できません」
凛が勉強机上のペン立てから、テーマパークのポップなシャーペンを取って俺の横に座った。
肩が触れていた。
凛のシャーペンのペン先が問題をなぞっていても、そっちに気がとられた。
シャーペンがめっちゃ濃いピンクでも。
「……近くない?」
「集中しろよ」
「いつもあっちじゃん」
さっきまで座っていた向かいを指さした。
「気にするな」
「気になるわ!」
凛から離れるように、身体をずらした。
停まっていたシャーペンの先が進み始めて、文末の。でまた肩が触れた。
「……わざと?」
「当たり前じゃん」
「なんで?」
「慣れるかなって」
「……バカなのか?」
「そうだけど?」
凛は笑って、全然離れてくれなかった。
むしろ寄りかかられた。
ちょっと重いし、熱い。
肩で押し返したけど、すぐ戻ってきた。
「もういい? nに数字を順に代入して~……」
俺が何か言う前に凛の解説が始まった。
俺が遊んでたみたいじゃん。
てか、ヤバい。全然耳に入ってこない。
テスト終わるまでこれなの?
無理無理無理!
「~だから、5項目なら?」
「……」
「悠希?」
「あ、うん。もう一回いい?」
「……やる気ある?」
「……集中できない」
「なんかいでも説明するけど、帰さないよ?」
「……頑張らせていただきます」
含みがあるように聞こえるんですが。
考えすぎでしょうか。
目を限界まで開いて、一言一句漏らさないように耳を立てた。
たぶん同じことを凛が説明し始めた。
体温とか、息遣いとか近すぎて気になった。
細かく首を振って、シャーペンを握った。
呪文みたいな問題を睨みつけた。
集中集中って自分に言聞かせて、ルーズリーフに他人が読めないような字を書いた。
「汚ったね!」
いいんだ、俺が読めるから。頑張ったら。
無視して、数式を書き続けた。
凛の説明力のおかげで、習ってるとこまでは進んだ。
いや、俺の集中力のおかげか。
角が折れたページは、すぐそこってところだった。
「ここまでにする?」
「あ~終わった!」
手を伸ばして、座卓に突っ伏した。
紙が俺の腹に押されて折れ曲がる感覚がしたが、構わない。
だって、今日の分は終わったから。
「やるじゃん」
「う~、頭パンクするっ」
「普段からやればいいのに」
「眠すぎて無理」
参考書で頬を冷やしつつ、ふと疑問が沸き上がった。
「凛いつ勉強してんの?」
「授業中」
「どうやって?」
「数学だったら先に解いて解説聞きながら、練習問題して答え合わせしてる」
「……器用すぎるだろ」
頭を起こして、凛を見上げると、首を傾げられた。
「そうか? でも、悠希に教えて落とし込んでる感じ」
「役立ってるじゃん、俺!」
「調子乗るな!」
凛が俺の背後に回って、脇をくすぐられた。
「ひゃはっ!やめろって!」
実は俺、くすぐられるのが弱点だったりする。
飛び上がった。
伸ばしきっていた腕を折り曲げて、凛の手を挟み込んだが、指はまだバラバラに動いていた。
くすぐったすぎて、身体を過剰なくらいくねらせた。
「謝れ!」
「ひぃいっー!ははっ!ごめっ、ごめん!」
「心から謝れー!」
「うひゃひゃっ! ごめんなさいー!!」
「まだまだ!」
「鬼! なんでもするから、止めて!」
凛の指が大人しくなった。
背中を丸めて、脇をさらに締めた。
「手抜いて、ダメ、マジでっ!」
くすぐったいとくすぐったくないの間を微妙に行き来してて、1ミリも動けない。
「なんでもする?」
「するする!」
「マジ?」
「マジマジ!大マジ!」
なんでもいい、早く抜いてくれ!
脇の下がじわりと湿ってきた。
絶対バレてる。最悪。
こうなったのも、凛のせいだ!
「脇開けて」
フェイントかけられたら、と思うと決心がつかなかった。
凛の掌の体温でされ、くすぐったく感じてきた。
「悠希」
優しく、子供に言聞かせるようだった。
それでも無理すぎて、小刻みに首を振った。
時計の秒針が動く音を聞き流していると、背中に凛が乗って来た。
重みまで襲ってきた。胸がきゅと締め付けられた。
「も、無理……」
「俺も無理かも」
耳元で囁かれて、息がかかった。
肩に耳を寄せた。
凛の手が引くんじゃなくて、強い力で押し込まれて脇に腕が通った。
「ひゃっ!」
胸の前で凛の手ががっりち組まれた。
「……変な声出すなよ」
「お、お前のせいだろ!」
「ばーちゃん聞こえるから、叫ぶの止めて」
「ごめんっ!」
なんで謝ってんだ、俺。
全部凜のせいじゃん。
いや、その前に……
「……なにしてんの、コレ?」
胸の前の腕を指先でツンツン突いた。
「頑張ったからチャージ?」
「今すぐ止めようか?」
「嫌」
離すどころか後ろに引き寄せられて、胸が潰れた。
ぐえって、またしても変な声が出た。
「なにしてもらおうかなー」
凛が早口で言って、左右に揺れ始めた。
俺も抗うことなう、凛に合わせて揺れた。
「……本気にするなよ」
「ひどいって。確認したじゃん」
「弱いの知ってて……!」
「そうだっけ?」
「とぼけやがって!」
「しー! ばーちゃん来ちゃうよ?」
お口のチャックを端までぴったり締めた。
「見られたら、お前も困るだろ?!」
「別に。むしろ、赤飯炊くんじゃない?」
「は?!」
「俺赤飯好きなんだよねー」
俺ももち米たっぷりのあつあつ赤飯にゴマ塩かけて食べるの好きって、違う違う。
そういえば、おばあちゃんに言ったって言ってたな。
赤飯炊くってどういうこと?
「俺、どんな目で見られてんの?」
「ん? そーゆー目」
頭を抱えた。
聞かなきゃ良かった。
どんな気持ちで迎えてるんだよ。
「ばあちゃんも待ってるからさー」
「……待たないでください」
「え? 待たないでいいの? じゃ、OKということで」
「ちげぇだろ」
後頭部に凛の頭が乗った。
「……凛?」
「リアルに待てない」
凛の体温が異常に熱かった。




