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リュックを背負って、挨拶した後にバスの前に並んだ。
練習が終わって今まで他のヤツとは話したけど、凛とは一言もしゃべらなかった。
そもそも、近くにもいなかった。今も俺が二年の先頭で、凛が最後尾。
表情も固くて、明らかに不機嫌そうだった。
調子悪かったのかな?と思ったけど、交代してなかったから、それはない。
さっき頭に負荷をかけすぎた。なにも浮かばない。
前に続きながらちょっとずつバスに近づいていたら、背中を突かれた。
「ケンカしたのか?」
橋田にこっそり耳打ちされた。
もちろんケンカした記憶はない。
首を振ったら、眉を寄せて難しそうな顔になった。
「痴話ゲンカだろ。つつくなよ」
西尾がボソッと言い放った。
全っ然違う! しかも、俺、なんもしてないし!!
頭に一気に血が上った。
叫ぼうとしたが、俺の首の後ろを掴まれて引っ張られた。
首が締まって、叫べなかった。
首を後ろに回すと、濱が、唇の前で人差し指を立てて睨んでいた。
後ろに並んでる一年と目が合って、身体を縮こまった。
濱に、小さく「ありがと」って言った。
最後尾の凜は俺たちのことは全然見てなくて、どこか遠くを見ていた。
俺だけ熱くなってるみたいで、胸のあたりがモヤっとした。
「西やん、ちょっと後で話しような?」
「俺もいいかな?」
「俺も!」
橋田の鋭い声が囁かれた後、濱が小さく上げた。続いて俺も。
「「お前はいい!」」
西尾以外の二人の声が重なった。
圧が強すぎて、頷いた。
試合以外で圧をかけないでほしい。
当の西尾は、ぶすっとした顔で、「なんでだよー」って言ったけど、濱がわき腹に拳をかましてた。
「お前もっとやることあるだろ」
「それな」
二人の視線が魔王みたいな凛に向いた。
黒いオーラがさっきより増していた。普通に怖い。
こんなヤツを俺がどうにかするの? 無理だろ……
二人には、合掌までされてしまった。
見なかったことにして、前に向いたら、ちょうど乗り込む順番になっていた。
先輩の後に続いて狭い通路を進んで、また窓際に座った。
俺の隣に濱が乗り込んだ。
通路挟んで向こうには、西尾と橋田が座った。
魔王の凛の隣じゃなくて、ちょっと安心した。
が、濱の真横で凛が仁王立ちして、俺たちを見下ろした。
穴が開くほど凝視するが、凛は座らない。
「変わって」
バスの中の空気が若干下がったように感じた。
後ろの1年が困り顔で後ろに立っていた。
「俺変わるわ」
凛の後ろで橋田が立って、前に座った。
一年が順に座り始めた。
でも、橋田のおかげで空席になったのにそこに座ろうとしない。
濱が困り顔で席を立って、凛の肩を叩いた。
「貸しな」
濱は通路挟んで向こう側に「ごめんなー」って言いながら移った。
凛はぶすっとした顔のまま、俺の横にどかりと座った。
「お前迷惑だろ」
完全に無視。
不機嫌そうな顔がこっちに向くこともなかった。
嫌なら一年の隣に座ったらいいのに。わざわざ……
俺は諦めて、窓の外ばかり見た。
しばらくして、バスが走り始めた。
バスの揺れが最高に心地いい。
目を閉じたけど、全然眠れない。
隣から流れてくる、重苦しい空気のせいで。
薄く目を開けると、凜は寝てなかった。
首を曲げてスマホの画面を眺めていた。
凛の奥に見える西尾は窓に寄りかかって、濱は西尾の肩を枕にして寝ていた。
みんなの寝息に紛れて、長く長く息を吐いた。
濱みたいに凛の肩を枕にしてやろうと思った。
俺が眠れないのは凜のせいだし。
背中をずらして、肩に頭を乗せた。
小さく押し返された。
めげずにもう一度乗せた。
今度は押し返されなかった。
「悠希?」
「……」
枕にしては固いけど安定感があって、すぐにでも眠りに落ちそうだった。
力を抜いて、体重を寄せた。
きっと重いと思う。
枕が動いて、押し返されるかもと身構えた。
頭にそっと手が置かれて、撫でられた。
ビクついてしまって、凜の手が止まってしまった。
起きてるのバレたかとヒヤリとした。
思いきって、もっと深く身体を寄せたら、手が動き出した。
それは優しい手つきで、方々からあがる、いびきと布ずれの音がだんだん遠くなっていった。
肩をグッと押された。
傾いていた身体がまっすぐになった。
目を擦って、あくびをした。
頭の芯が重い。まだ眠い。
少しだけ目を開けて、左右確認。
左は、学校に一番近いコンビニの前を通り過ぎた。
右は、凛。
結構厳しめの視線が俺を刺していた。
「重い」
「……ごめん」
結構前に頭乗せたような気がするけど。
利き腕じゃないから許して欲しい。
いや、こいつ両方利き腕だったような。
「痺れてる」
「まじか。ごめん」
さっきまで頭が乗っていたあたりを右手で撫でてやった。
凛は大人しかった。
肩だけじゃなくて、おまけで肘の先まで掌を滑らせた。
「俺の左肩が」
「ごめんて」
何回謝らせるんだ。ちょっとしつこい。
未だ魔王みたいだし。
俺の方が不利だから言えないし。
「後で反省会な」
「……わかった」
危険を知らせるように鳥肌が立った。
こうなったら、長い。
バレー馬鹿が炸裂する。
凛の肩越しに西尾と目が合った気がしたが、思いっきり目を逸らされて車窓の外を見始めた。
俺は目を細めて、濱、橋田、後でしっかり、十二分に話してくれと願った。
裏表ないところはいいんだけど、ちょっと素直過ぎる。
バスが緩やかに揺れて、止まった。
バラバラと各々が立って、順に降りていく。
凛に続いて俺も立ったが、眠いしだるい。
狭い通路を凛の背中を見つめながら前に進んだ。
今日の最後の試合を思い出した。
コートの中では、ものすごく大きく見えた。
バスから降りると春風がひんやりと頬を掠めた。
空が暗くなり始めていて、白い月が見えた。
体育館前に着けられたバスの影を踏んで、後ろに続いていく。
みんな黙ってて、無数の靴の音が重なった。
急に焦りを感じ始めた。
俺に足りないのはなに? 時間が足りない。
さっきまで疲労感で身体を動かすのも億劫だったのに。
練習したくてたまらない。
絶対、あそこに立たないといけない。
強くなりたいって気持ちは、もちろんあった。
もっとなんでもできるようにならないとって、意識はあった。
その今までの気持ちとは比べ物にならないくらい、燃え上がった。
勝ちたい。凛と。
腹ははっきり決まった。
目の前の背中を見つめて、こっち向けって念じた。




