あれ?俺なんかやっちゃいました?
「——おい佐藤、ニュース見たか!?」
朝礼室に入るなり、上司である理不尽課長が鼻息荒く寄ってきた。
「え? いえ、今朝はドタバタしていまして……何かあったんですか?」
「何かあったんですか、じゃないよ! 市内の路地裏で、未登録の『異世界侵略型ダンジョン』の初期反応が検知されたんだよ! 県の防災課と自衛隊が大騒ぎだ!」
「え……?」
佐藤の思考が一瞬フリーズした。課長が手に持ったタブレット端末の画面を覗き込む。そこに表示されていた発見現場のマップピン——それは、昨夜佐藤がバット片手に飛び込み、一時間ゴブリンを撲殺しまくったあの路地裏だった。
「侵略型ダンジョンは放置しておくと魔物が地上に溢れ出すんだぞ! 一刻も早く行政に報告して封鎖しなきゃいかんのに、誰かが第一発見者なのに通報せず放置してやがるらしいんだ! 警察も犯人捜し……いや、通報義務違反で探してるらしいぞ! まったく、どこの非常識な馬鹿だ!」
(あ、あ、あああぁぁぁ……っ!!!)
佐藤の背筋に、氷水を流し込まれたような激痛が走った。全身の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出す。
昨夜の佐藤は、過酷な残業と理不尽なストレスで精神が限界突破していた。目の前に現れた穴を「怪しい穴」としか認識しておらず、バットでヒャッハーして満足した後は「明日も仕事だ!」と慌てて帰宅してしまったのだ。
(俺だ……! その非常識な馬鹿って、完全に俺だあああぁぁぁっ!!)
【思考力: 14】に跳ね上がった頭脳が、超高速で現状のヤバさを演算していく。 自分が黙ってダンジョンに入り、1時間暴れまわって報告せずに帰ったことがバレたらどうなるか。公務執行妨害? 防災協定違反? 懲戒解雇? いや、下手したら全国に顔と名前が晒されて社会的に抹殺される——!
「さ、佐藤……? お前顔色が酷いぞ。どうした?」
「あ、いえっ! なななんでもありません! 睡眠不足で少しめまいが……!」
必死で引きつった笑顔を作る佐藤。しかし、その額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
午前九時三十分。工場内の第一会議室にて、各部署の役職者が集められた『緊急防災・安全管理会議』が開かれた。
工場長が神妙な面持ちでマイクを握る。
「近隣で侵略型ダンジョンが確認された件について、行政からの要請に基づき、当工場でも退避ルートの確認と原料倉庫の施錠強化を行います。特に夜間残業時の安全確保について——」
会議中、佐藤は生きた心地がしなかった。膝の上に置いた手がガクガクと震え、胃が雑巾のように絞り上げられる感覚に襲われる。
(どうする……!? 今から匿名で『夕べダンジョンに入っちゃいました』って通報するべきか!? いや、防犯カメラを追われたら一発で俺のアパートが特定される! でも放置したら魔物が溢れて工場も街も全滅……!?)
超高速回転する頭脳が、パニックを起こして空回りする。
そんな、冷や汗ダラダラで死にそうな顔をしている佐藤の様子を——長テーブルの斜め向かいから、じっと見つめる視線があった。
【製造部 米飯課 係長——白石 凛】
三十代前半の切れ者で、無駄のない業務手腕とクールな容姿から「米飯課の氷の女王」と恐れられている女性係長だ。米飯課はカレー部門にとっても米の炊き加減やライン連携で深く関わる重要部署である。
白石は、細いフレームのメガネの奥から、鋭い瞳で佐藤の異状を観察していた。
(……佐藤係長の様子がおかしい。ただの体調不良の汗じゃないわね。まるで……自分が犯罪の当事者だと知っているかのような、追い詰められた顔……)
白石は腕を組み、小さく息を吐いた。
(レトルト課の過酷さは噂に聞いているけれど……佐藤係長、あなた昨夜……一体何をしたの?)
会議室の重苦しい空気の中、自分の「ポカ」の大きさに戦慄する佐藤と、その異変を完璧に見抜いた白石係長。 二人の視線が一瞬だけ交錯し、佐藤の心臓は跳ね上がるのだった。




