爽やかな朝(睡眠時間2時間)
ジーーーン、ジーーーン……
午前七時。スマホの目覚ましアラームが容赦なく鳴り響く。
「うぐっ……」
佐藤は顔をしかめ、重い瞼を開けた。たった二時間の睡眠だ。当然、体に疲労が残っていないはずがない。肩の奥にはずっしりとした重みがあり、睡眠不足特有のぼんやりとした感覚も確かに残っていた。
——しかし、おかしい。
「……あれ?」
起き上がってみると、昨日まで全身を押し潰していた「死にたくなるほどの激痛やだるさ」がない。昨夜、一時間ぶっ続けでバットを振り回したというのに、筋肉痛は最小限にとどまり、頭も「十分に仕事ができる」レベルにはハッキリと冴えているのだ。
通常なら欠勤を覚悟するほどの過密スケジュールだったはずだ。それなのに、体はしっかりと稼働状態に入っている。
「これなら……今日一日、余裕で乗り切れるぞ……? 一体どうなってるんだ?」
首をひねった佐藤は、数年前に世間を騒がせたダンジョン関連のニュースを思い出した。確か、魔物を倒した探索者は『画面』を出せるという噂があったはずだ。
佐藤は半信半疑のまま、空間に向かってポツリと呟いた。
「……ステータス」
シュンッ。
微かな効果音と共に、目の前のアパートの部屋の中に、青く透き通った光のホログラムウィンドウが浮かび上がった。他人の目には決して映らない、自分だけにしか見えない神秘的なインターフェースだ。
【佐藤健一】 Level: 1 / ジョブ: 魔物使い
HP 7
MP 12
身体能力 8
免疫 6
思考力 14
「これが……俺のステータス……!」
ウィンドウを食い入るように見つめ、佐藤は仕組みを理解した。
レベルアップとジョブ『魔物使い』
ダンジョンで魔物を一定数討伐したことで、昨夜の戦闘により佐藤は【レベル1】へと昇格していたのだ。そしてレベル1に到達したことで、初めてその人間に秘められた【ジョブステータス補正】が開放・付与される。
【基礎ステータス(一般成人平均: 10)】
HP(生命力): 0になると死亡する肉体の耐久値。
MP(魔力): 魔法等を行使するための源泉。
身体能力: 攻撃・防御・素早さを一括補正。高いほど身体がよく動く。
免疫: 風邪や毒への抵抗力。ストレス耐性を高め、鬱病の発症も抑える。
思考力: 頭の回転や記憶力。高速移動・戦闘時に身体の動きに思考を追従させる。
最終ステータスは【基礎ステータス × ジョブ補正】で決まる。
佐藤のジョブ補正は以下の通りだった。
【HP ×0.7 / MP ×1.2 / 身体能力 ×0.7 / 免疫 ×1.2 / 思考力 ×1.2】
世間一般において「魔物使い」は完全なハズレ職扱いだ。前線で戦うための【HP】と【身体能力】に「0.7」のマイナス補正がかかる上、わざわざ危険を冒して魔物を従わせるより、人間同士でパーティを組んだ方が圧倒的に強いからだ。
しかし、画面に躍る『魔物使い』という文字を見て、佐藤の唇が歪んだ。
「ふっ……『魔物使い』か……」
自嘲気味な、しかしどこか皮肉めいた笑いがこぼれ出る。
「まあ、当然か。職場にいけば理不尽な指示を撒き散らすモンスター上司に、話の通じないモンスター部下共……。毎日毎日、あのバケモノどもを何とかコントロールして使っているんだ。俺以上に『魔物使い』にふさわしい人間なんて、この世にいないだろうな」
【思考力】が×1.2に補正されたことで、頭の回転スピードが上がり、高まった【身体能力】の動きにも精密についていける。そして何より、【免疫】が×1.2となったことで、病原菌だけでなく職場環境からの精神的ストレスにも強くなり、睡眠不足の疲労回復速度まで底上げされていたのだ。
「ハズレジョブ……? 冗談じゃない。中間管理職にとってはこれ以上ない最高のアドバンテージだ」
スーツに着替え、鏡の前でネクタイを整える。疲れは残っている。だが、精神はどこまでも澄み渡り、エネルギーに満ちていた。
「よし……今日もあのモンスター共の相手をしに行ってやるか。夜になれば、またバット振りが待っているんだからな」
不敵な笑みを浮かべ、佐藤健一は静かにアパートのドアを開けた。




