今日も残業
午後の現場は、最悪の展開を迎えた。
探索者登録をして早く帰りたくなった田中は、「得意の個人プレー」を爆発させたのだ。
周囲の安全確認や清掃手順、ラインの連携などをすべて無視し、自分の受け持ち部分だけを爆速で終わらせていく。現場は原材料の飛散や汚れでグチャグチャになっていった。
「よしッ! 今日の納品分の製品、作り終わったッス! 俺、定時なんで上がりまーす!」
「おい田中! 現場の清掃と機器のアセプティック洗浄がまだだぞ!」
「あー、そこらへんは佐藤さんよろしくッス! 後片付けも管理職の仕事でしょ〜!」
田中は清掃作業を完全にぶん投げ、市役所へ探索者登録に向かうため、あっという間に着替えて退社してしまった。
結局、グチャグチャに汚れた現場の掃除、機器の洗浄、さらには大岩課長から押し付けられた書類仕事の後片付けまで、すべて佐藤の肩に重くのしかかることになった。
「なんで……なんで俺がここまでやらなきゃいけないんだ……」
深夜近くまで残業し、誰もいない工場を掃除しながら、佐藤の胸の中でドロドロとした暗黒のストレスが渦を巻く。
(バットを振りたい……。あの『ドゴォッ!』という感触を……ゴブリンのあの顔面を粉砕した時の脳汁を……もう一度味わいたい……ッ!)
スライムのぷにぷに感でも、レッサーウルフの素早い動きでもない。佐藤の魂が求めているのは、理不尽な上司や無能な部下の顔を重ね合わせ、全力で殴り倒せる「ゴブリン」という最高のストレス解消相手だった。
会社を出た佐藤の足は、自然と例の路地裏へと向かっていた。
先日、自首して指導を受けた【侵略型ダンジョン】
——通称『ゴブリンダンジョン』だ。
侵略型ダンジョンは立ち入り禁止区域だが、入れないわけではない。入り口には暫定的なロープと簡易的な警告看板が立てられ、新人の自衛隊員が監視業務についていた。
「あの……すみません」
佐藤が声をかけると、若い自衛隊員が振り返った。
「ん?……あ、あなたはこの前の『初期討伐』をした探索者さんですね! どうしたんですか、こんな夜遅くに?」
「ええ、まあ……。侵略型ダンジョンの攻略って、今どうなっているのかなと」
「ああ、侵略型ダンジョンの攻略は、自衛隊の精鋭部隊を集めて『一点突破』でボスを倒すのがセオリーなんです。ただ、今は別の大型ダンジョンの攻略に主力が出払っていましてね。ここはまだ発生初期なので、攻略は後回しになっているんですよ」
隊員は気さくに笑いながら続けた。
「もちろん立ち入りは自己責任ですが、僕らとしても、中で魔物を間引きしてくれる探索者さんがいると凄く助かるんです。溢れ出しのリスクが減りますから、大歓迎ですよ!」
その言葉を聞いた瞬間——佐藤の瞳に、怪しい狂気の光が宿った。
(間引き……大歓迎……!?)
「そう……ですか。それなら、ほんの『ちょっとだけ』、間引きを手伝っていきますね!『ちょっとだけ』!」
「あ、はい! ご安全に!」
金属バットのカバーを外し、佐藤はウキウキとした足取りで漆黒の穴へと飛び込んだ。
第一層に足を踏み入れた瞬間、薄暗闇の中から緑色の醜悪な顔が姿を現した。
『キーーッ! キキキッ!』
錆びたナイフを構えたゴブリンだ。
その顔を見た瞬間、佐藤の脳内で何かが弾けた。昼間の大岩課長の怒号、田中の身勝手な態度、鈴木の無気力な顔——それらがすべて、目の前のゴブリンと完璧にオーバーラップする。
「……あぁ……やっぱりお前らだよ……。お前らが一番しっくりくるんだよぉぉぉおおっ!!」
ドゴォォオンッ!!!
「ギャバッ!?」
硬質ジュラルミンのフルスイングが、ゴブリンの頭部を正確に粉砕する。過酷なミート音と共に緑の肉片が飛び散り、光となって消滅した。
脳内を駆け巡るドーパミンとエンドルフィンの嵐。
「『指示されてないからやってません』だとぉぉっ!?(ドゴォッ!)」
「『俺の勘でいけます』じゃねえんだよバカ野郎ぉぉっ!?(バコォッ!)」
「全部お前の責任だとぉ!? 責任転嫁してんじゃねえぞクソ課長がああぁぁッ!!(ガシャアンッ!)」
ほんの「ちょっとだけ」ストレス解消して帰るはずだった。
しかし、溜まりに溜まった社畜の怨念は留まることを知らず、佐藤は理性を放り投げてバットを振り回し続けた。
右へ左へ、上から下へ。正確無比な精密スイングで、襲い来るゴブリンたちを片っ端から肉塊へと変えていく。
結局——佐藤はガッツリ2時間、深夜のダンジョンで狂乱のゴブリンヒャッハーを繰り広げ、最高の笑顔とドロドロの返り血(魔石)を抱えて帰路につくのだった。




